第19話【デートの終わりと悪い噂】
その後、ショッピングセンター内の施設で昼食を終え、他の店を見て回っている間に、気が付けば時間は過ぎて行った。
行きは別々に来たものの、まさか帰りまで現地解散にするわけはなく。俺たちは二人で家路についた。
他愛ない世間話をしつつ、不意に映画館での自分のことを思い出し今日の反省会を始めたくなったりしつつを繰り返している間に、近所の公園まで戻ってきた。
元気に遊ぶ子供たちの声を微笑ましく思っていると、隣を歩いていた鈴音が公園の方を見ていることに気が付いた。
「……中学の時にさ、放課後に公園で話したの覚えてる?」
「ああ。鈴音が傘を忘れた時だろ」
確か俺が二年生の頃のことだ。
午後から雨の予報が出ていたのに、珍しく傘を忘れた鈴音が昇降口のところで佇んでいたので、声をかけて一緒に帰った。
……あの後、それを偶然見てたクラスメイトに、鈴音との関係をしつこく聞かれたっけな。
「あの時、本当は傘は忘れてなかったの」
「え?」
「朝持ってきたはずの傘が放課後になったら消えてた。で、後日壊れた状態で傘立てに戻されてた」
「それは……」
誰かが間違えて持っていたんだとしたら、壊れた状態になっているのはおかしい。
普通に考えると、悪意を持った人の仕業としか思えないけど……。
「ちょうどその時、クラスでちょっと浮いてて、嫌がらせとかされてたんだ。まぁ大した被害でもなかったけど」
傘が壊されてるのは結構な被害だし、そもそも大小の問題じゃなくて被害を受けてること自体が問題だと思うが……過去のことをツッコまれるのも嫌かと思い、上手く言葉を返せなかった。
「美咲は別のクラスだったから、そのことには気付いてなかったし……あの日も心配かけたくなくて、用があるって嘘ついて先に帰ってもらった。本当は雨が止むまで一人で待つつもりだったんだけど」
俺と鉢合わせてしまったのか。
確かにあの日、いつも鈴音と一緒に帰ってる美咲がいなくて変だとは思ったんだ。
「タイミング悪くてごめんな……ちょうど日直だったから、俺も帰るのが遅くなって」
「ううん。多分あのまま帰ってたら色々ふさぎ込んでたと思うから、啓太に会えてよかった」
公園から視線を外した鈴音は、地面を見つめて言葉を続けた。
「あの時、変なこと聞いちゃったでしょ」
「変なことってほどでもなかったけど……」
確か、雨なのに公園に寄りたいと言われ、何故かドーム型遊具の中で話すことになったんだ。
”啓太は私のことどう思う?”
ふと、あの時の鈴音の言葉を思い出した。
当時の俺は鈴音がそんな目に遭ってるなんて知らなかったから、なんでいきなりそんなことをと思いつつも、深く考えずに答えてしまった。
「なんて答えたか覚えてる?」
「……、…………忘れたな」
「明らかに覚えてる間じゃん」
まあ、そりゃ数年前のことだしな……物覚えの悪い俺でも流石に覚えてるさ。
「一緒にいて楽って言ったよね」
「すまん……楽ってのは、俺的には褒め言葉なんだ」
「私は嬉しかったよ。クラスで上手くいってなくて、自分って性格悪いんだろうなって悩んでた時だったし」
鈴音の手が俺の手に一瞬触れて離れた。
隣を見ると、視線から逃げるように俯いてしまった。
「相性とかもあるし……誰かと合わないからって、鈴音だけが悪いってわけじゃないと思うぞ」
「でも実際、私って普通に嫌な奴だから。啓太や美咲は小さい頃から慣れてるから気付かないだけだよ」
そんなことないと思うんだが……。
妙にマイナス思考なところがある鈴音に否定の言葉を言ったところで、笑って流されそうだ。
かといってこのまま話が続くのもモヤついたので、悩んだ結果、鈴音の手を握った。
「え、なに?」
「正直あの時は深く考えずに言ったけど、俺にとって鈴音はずっと大事な幼馴染だ。そのことに性格がどうとか関係ないから、あまり気にしない方が……、あの、つまり、そういうことだから」
なんてダサい返しなんだろうか。
もっとこう、スマートに元気づけられたらいいのに。
軽く落ち込んでいると、繋いだ手に力が込められたことに気が付いた。
「啓太って口下手だよね」
「否定は出来ない……」
「でも、だからこそ嘘は言わないんだろなって思うから。ありがとう」
にこりと笑いかけられて、俺の下手くそな励ましが少しは鈴音のためになっているのかと思うと、救われた気がした。
「……それにしても、大事な幼馴染、ね」
「ああ」
「でもそれだとお兄ちゃんも一緒だよね」
「? まあ、そうだな」
鈴音が急に立ち止まったので、強制的に俺の足も止まる。
「なんかお兄ちゃんと一緒は嫌」
「え?」
なんだ、ついに鈴音も反抗期か……?
怜央みたいな兄貴でも、妹は反抗的になる運命なのか。
「……今は幼馴染だけじゃないでしょ」
「え……、……あ、ああ、そういう意味か」
全く反抗期なんかじゃなかった。
俺が上手く反応出来ないでいると、手を軽く引っ張られた。
それから真っ直ぐに見つめられ、流石に誤魔化すことも出来ない雰囲気を感じて、周囲をキョロキョロと見回してから、鈴音の方に向き直った。
「えっと……俺はどんな鈴音でも、好きだから、あの、付き合ってるわけで…………つまり、そういうことだ」
「普通に好きだって言ってくれればいいのに、締まらないね」
「だって恥ずかしいだろ……」
「そうやって長々言う方が私は恥ずかしいと思っちゃうけど」
言いながら歩き出す鈴音。
人がせっかく勇気を出したっていうのに……。
「……なんか今でもちょっと夢みたい」
「何が?」
「啓太と付き合えてるのが。ずっと好きだったけど、ずっと叶わないだろうなって思ってたから」
「……俺はそんなに大層な人間じゃないだろ」
「でも私に全く興味なかったじゃん」
興味ないというか、年下をそういう目で見るという発想がなかったという方が合っている気がする。
「これからちょっとは意識していってね」
「……」
その言葉に、俺はどういう反応を返せばいいか分からなくなった。
意識なんてもう十分してるわけだが……そんなことを面と向かって言う勇気はない。
「……俺も愛想尽かされないように頑張る」
なのでまあ、結局こんなカッコ悪いことしか返せなかった。
俺の方を見た鈴音は、きょとんとした顔をした後、おかしそうに笑った。
「そんなの啓太が気にすることないのに」
「いや、自分の不甲斐なさに、――?」
言葉の途中で鈴音が近付いてきて、何を言う間もなく頬に触れて離れていく。
キスされたのだと気が付いた瞬間、顔が赤くなるのが分かった。
「私、何があっても啓太を嫌いになることないと思うから」
「……鈴音はカッコいいな」
「ふふ、なにそれ」
女子に言うことじゃない気もしたが、つくづくそう感じてしまった。
しかし"カッコいい"と評された鈴音は、なんだか妙に嬉しそうにしていた。
◆ ◆
翌日、学校でクラスメイトと適当な雑談をしていると、吉田が教室に入って来るのが見えた。
大股歩きでこちらに近付いて来た吉田は、挨拶をする間もなく、俺の肩を揺さぶった。
「お前! 俺はまた見ちまったぞ!」
「何をだよ……」
「昨日、例の妹さんとデートしてただろ!」
「あー……」
「やっぱ付き合ってんのか!?」
よく俺たちを目撃する奴だ。
素直に認めるのも恥ずかしかったが、友達相手にあえて嘘をつく意味はない。
「ああ、付き合ってる」
「まっ……じか、お前……! ぐっ……おめでとう……! 超羨ましい……!」
ガックリと項垂れる吉田。
そのオーバー過ぎるリアクションを見て、周囲のクラスメイトが首を傾げた。
「なんだよ、そんなに可愛い子なのか?」
「悔しいことにめっちゃ可愛いんだよ!!」
「へー、よかったじゃん、おめでとう。柊って顔も性格もさほど悪くないのにフラれてばっかだったもんな」
「ありがとう……」
高校に入ってからは一度しか玉砕していないのだが、いつの間にか俺の中学での失恋記録もバレているらしい。
恥ずかしいことこの上ないなと思っていると、吉田が再度顔を近付けてきた。
「でもそういうことならさ、佐藤には気を付けた方がいいぞ」
「佐藤って……怜央のクラスメイトの?」
「ああ。この間さ、帰りのHRの途中で窓から見えたんだけど……お前を待ってる妹さんに声かけてた」
似たような光景を俺も見たことを思い出した。
「怜央の友達なんだし、その妹に声かけることは……まあ、あるんじゃないか?」
「いーや、あれは狙ってる目だった。あいつ、女好きで有名だからマジ危ないぜ」
教室の窓からじゃ、絶対目なんて分からないと思うが……どうなんだろうか。
佐藤は怜央と一緒にいることが多い。
委員長曰く「目の保養コンビ」だそうで、そう言われるのも納得なほど顔立ちが整っている男だ。
「有名になるほどなのか」
「遊び人気質な上にあの面だからな……女子が入れ食いなんだよ。だから色々悪い噂が多いんだ」
「そうか……」
「だからお前も彼女とられないように気を付けろよ」
俺のことを思って言ってくれてるんであろう吉田には、とりあえず頷いておいた。
しかし、その悪い噂というのが全部本当かも分からないし……怜央の友達相手に、そこまで過度な心配をしなくてもいい気はする。
それより目下の心配事は、俺自身の失態で鈴音に愛想を尽かされないことだ。
先日のデートも全くエスコート出来なかったし、このままじゃいつ見限られたっておかしくない。
「……吉田、カッコいい男のデートってどんなんだと思う?」
「そりゃお前……相手を気遣ったり、スマートに手を繋いだり、キスしたりとか!」
「なるほど……」
それでいくと、カッコいいのは鈴音の方になってしまうな……。
続く




