第18話【デート当日】
家が隣同士なのにわざわざ待ち合わせなんて、とも思ったが、家族にからかわれる事態だけは避けたいという意見が一致し、現地集合ということになった。
当日、早めに来たつもりが、ショッピングセンターの前に鈴音の姿を見つけて急いで駆け寄る。
その途中、何度も前髪に触れているのを見て、以前ヒカルさんが女子にとっての前髪の重要さを語っていたことをふと思い出した。
「ごめん、待たせた」
「全然。私も今来たところだから」
鈴音の服装は、薄いグレーのパーカーだった。長い袖が、指先を半分くらい隠している。
中は白のTシャツで、下は黒の細身のパンツ。全体的にシンプルで、印象はいつもとあまり変わらない。
……変わらない、はずなんだが。
何故だろうか、やけに目につく。
恐らく新調したんであろうパーカーだとか、靴がやけに綺麗だとか。
髪も、多分気のせいじゃなければ、いつもより少しだけ整っている気がする。
「……あんまりジロジロ見ないで」
「あ、悪い……えっと、行こうか」
たとえば怜央なら、ここで「可愛いね」とか「似合ってるね」とか言うんだろうなと思うと、自分の勇気の無さが情けない。
「うん」
しかし鈴音は特に気にした様子もなく、ショッピングセンターの方へと歩き出した。
エレベーターを上がって少し進むと、甘いポップコーンの香りが漂ってきた。
休日ということもあり、周囲は人で溢れていた。
チケット売り場の前には人の列がゆるく伸びていて、とりあえずそこに並ぶことにする。
「後でポップコーン買う予定なんだが……何味がい」
「キャラメル」
すげー食い気味……よほど甘いのがいいんだな。
「あ、それと観終わった後にパンフレット買ってもいい?」
「もちろん」
今日観るのは、鈴音がこの前まで読んでいたらしい小説の実写版だ。
曰く、映像化は絶対に無理だと思っていたから楽しみ、だそうだが……
「すごいね。人ぎっしり」
「隅の方しか空いてないな……次の回にした方がいいか?」
「でも次だと結構時間あいちゃうし、いいよ。ここにしよ」
パネルを操作しながら、ふと気が付いた。
ネットで事前予約をしておけばよかったんじゃないだろうか、と。
全く思いつかなかった……我ながらバカすぎる。
せっかく鈴音が楽しみにしていた映画なのに、端っこで見ることになってしまった。
「先に私の分のお金入れちゃうね」
「あ、いや、俺が払うよ」
「いいよ、奢られる理由ないし」
「いや、俺年上だし」
「……年齢持ち出さないで」
不機嫌顔の鈴音が、さっさと投入口にお金を入れてしまった。
は、初デートで奢らない男に次は無いって書いてあったのに……スマートに奢ることすら出来ないなんて……。
その後、ドリンクとポップコーンを買う際もキッチリ割り勘になってしまった。
しかしいつまでも項垂れているわけにもいかない。
劇場内に入って自分たちの席に腰を下ろし、一息。
巨大なスクリーンはまだ広告も流れず、真っ暗な状態だった。
「原作の小説ってミステリーなのか?」
「んー……ミステリー半分」
「もう半分は?」
「見てからのお楽しみ」
鈴音はポップコーンを一粒つまんで口に入れた。そしてパクパクと食べ始める。
二人で食べる用に少し大きめのサイズを買ったんだが、足りるだろうかという勢いだった。
本当に甘いものが好きなんだなと思うのと同時、スクリーンに広告が流れ始めた。
人の声で騒がしかった周囲が、徐々に静かになり始める。
映像を眺めながら、俺もそろそろポップコーンをつまむかと手を伸ばした時、タイミング悪く指先と指先が軽くぶつかった。
「っ、わっ!?」
思わず変な声が出る。
静まりかけていた劇場内に、自分の声がやけに響いた気がして、一気に顔が熱くなる。
「ご、ごめん、今のはその……」
言い訳しようとして、咄嗟に言葉が出てこなくなる。
周囲の視線を感じる中、何を言っても恥ずかしさが上書きされていくようで気まずい。
隣を見ると、鈴音は一瞬きょとんとしたあと、くすりと小さく笑った。
◆ ◆
(嗚呼、俺は何てダメな奴なんだろうか……)
あの後、大声をあげてしまった恥ずかしさからしばらく放心し、同じことを繰り返すんじゃないかという恐怖でポップコーンをほぼ食べられなかった。
上映が終わった後も、普通に鈴音のお金でパンフレットを買わせてしまったし……。
良い席も確保出来ない、スマートに奢ることも出来ない、場内で大きな声をあげてしまう、ポップコーンすらまともに食えない。
俺の自信は、地の果てへと沈み込んでいた。
「なんかすごい顔色悪いけど、大丈夫?」
「……大丈夫だ」
とはいえ、いつまでも落ち込んだままでもいられない。
映画を見終えた俺たちは、五階に移動してきた。
目的はそこで開催されている、全国スイーツフェア。
ショーケースに並ぶ色とりどりのスイーツを目当てに、周囲はたくさんの人で溢れかえっている。
「それにしてもよく知ってたね。フェアがやってるって」
「ま、まあな。ラッキーだったよ」
実は事前に調べていて、これがあるからこのショッピングセンターに行こうと決めた。
とはいえ、そんなことを素直に言うのは恥ずかしい。
イートインコーナーも用意されているので、昼前ではあるが腹ごなししようということになった。しかし、何せ店の数が多くて迷う。
「見て、これめっちゃ可愛い」
鈴音が見ているのは、カラフルなミニケーキが並ぶブース。
目を輝かせながら、さっきからずっと同じテンションで歩いている。
正直、俺はそこまで甘いものに詳しいわけじゃないけど、鈴音が楽しそうなので何よりだ。
「ここにあるもの全部食べられたら幸せだろうな……」
「全部は流石に無理だろ……腹いっぱいになっちまう」
「甘いものは別腹だから」
それにしたって限度があると思うんだが……。さっき結構ポップコーンも食べてたのに、大丈夫なんだろうか。
「最初はさっぱりめのジェラートにしよっかな」
「いいな」
「あ。あとタルトとエクレアも」
「……昼ご飯食べられるか?」
「平気平気。別腹だから」
というわけで、いくつか買って、フードコートの席に座る。
鈴音は早速いちご味のジェラードを口にした。
「あ、美味しい! すごく美味しいよ、啓太も食べてみて」
一口食べただけで、分かりやすく幸せそうな顔になる。
好物でこれだけはしゃげるのは年相応で良いなと思いつつ、俺も自分の分を一口。
「キウイ味だっけ。美味しい?」
「ああ。ちょい酸っぱいけど」
「ん」
鈴音が何故かこちらにジェラートを乗っけたスプーンを差し出してくる。
意図が分からず首を傾げると、「一口」と言われて、ようやく理解した。
遠慮なくそれを貰うと、甘酸っぱい味が口に広がり、確かにとても美味しかった。
「俺のも」
「うん、ありがとう」
同じようにスプーンで一口分すくったものを差し出した。
それにしても、思ったよりサッパリしててお腹に溜まる感じじゃないから、俺も他に何か買おうかな。
そんなことを考えていたら、鈴音がこちらを見ていることに気が付いた。
視線が合った途端、軽く微笑まれる。
「間接キスだね」
「げほっ!? きゅ、急に変なこと言うなよ!」
「今更そんな照れなくても昔からよくやってるじゃん」
「いや、だって……」
昔と今とでは関係性が違うし、意識するのも仕方ないと思うんだが。
というか、幼馴染とはいえ、中高生にもなってこうして食べさせ合うのって傍から見たら変な光景なのかもしれない。
「そういえばさ、映画館でのことで色々凹んでたでしょ」
「な、なんのことだ?」
「やたら奢ろうとしてきたし、ポップコーンとか全然食べなかったじゃん」
「ぐ……」
何もかもがバレているようで、恥ずかしいというか情けない気持ちになってきた。
「……変にカッコつけなくていいよ。多分啓太はダメダメだと思ってるだろうし、否定もしないけど」
否定はしないのか……。
「私は啓太のダメなところも含めて、割と全部……あの、好き、だから」
「……アリガトウ」
「なんでそんな棒読み……?」
普通に照れたからだ。
飄々と「好き」と言われるのもアレだけど、恥ずかしそうに言われると、尚更居たたまれない気持ちになる。
「あ、そういえば映画どうだった?」
「ミステリーからあんな本格的なホラーになるとは思わなかった……」
「驚いてほしくて言わなかったの。映像の迫力が加わってすごかったね」
「でもただ怖いだけじゃなくて……序盤にあったあの伏線の部分とか」
映画を見て感じたことを話していると、鈴音の表情が少し驚いたものに変化していった。
「……俺の感想、変だったか?」
「いや、想像以上にちゃんと見てくれたんだなって」
「当たり前だろ。鈴音も楽しみにしてたし、ちゃんと見ないと語り合えないし」
まあ、自分の情けなさとか、ポップコーンを食べるタイミングとか、雑念がなかったと言えば嘘になるけど。
それでも俺なりに映画と向き合っていたんだが……そんなに意外だったのか、鈴音はますます目を丸くした。
何もそんなに驚かなくてもと思っていたら、次第に表情が柔らかくなっていく。
「啓太のそういうとこ、いいね」
「……どういうとこだ?」
「んー……言語化が難しい」
「何だよそれ……」
まあ、褒められてるっぽいから別にいいけど。
ジェラートを食べ終えた鈴音は、ロールケーキに手を付けつつ、思い出したように言った。
「そういえば体育祭の練習が始まったんだけどさ、美咲が練習の度に泣き喚いてるの」
「あいつ、筋金入りの運動嫌いだからな。二人は何の競技に出るんだ?」
「美咲は玉入れ。私はリレー」
玉入れの練習で泣くってなんだよ……と思いつつも、気になったのは鈴音の方だ。
「リレー任されるなんてすごいな」
「任されたっていうか、ほぼ押し付け合いだったよ。うちのクラス、運動好きな人あんまりいないから」
また押し付けられたのか……歓迎会の劇といい、何だか気の毒になってきた。
まあ、鈴音は運動が得意だから、リレーはそれほど嫌ではないだろうけど。
「しかもトップバッターだから責任重大」
「それはまた……胃がキリキリするようなシチュエーションだな」
「ほんとプレッシャー半端ないから、応援しててね」
「ああ、心の中でな」
中学の体育祭は基本平日開催なので応援には行けない。
去年は怜央が大活躍していたことを思い出して、兄妹揃って運動神経が良くて羨ましいと思っていると、鈴音の視線を感じた。
「……あとさ、もう一つワガママ言っていい?」
「なんだ?」
「勝ったらご褒美ちょうだい」
ご褒美……鈴音のことだから、甘いものとかだろうか。
「ああ、いいぞ」
「やった。頑張ろ」
微笑んだ後、鈴音は一口大に切り分けたロールケーキを俺の前に差し出してきた。
「これも美味しいよ」
「ああ、ありが――」
普通に食べようとして、先ほどの”間接キス”という単語が脳裏を過り、動きが止まった。
そんな俺を見て、一瞬キョトンとした顔をした鈴音だったが、すぐに理解したらしい。
「さっき言ったこと気にしてるの? 意外にウブなんだね」
「……俺が慣れてるわけないだろ」
「だって普段年上ぶってるから」
「そんなに年上アピールはしてなくないか」
「今日もされました」
「……」
そういえば奢ろうとした時、年齢のことを持ち出してかわされたことを思い出した。
もしかして、結構根に持ってるのか……?
謝るべきか考えていると、いきなり口にスプーンを突っ込まれ、強制的にケーキを食わされた。
「……いきなり口に入れないでくれ」
「ごめん。でも間接くらいで照れられたらこの先困るから」
「は?」
「何でもない。ほら、ジェラート早く食べないと私が食べちゃうよ」
そんな理不尽な……。
何故かパタパタと手で顔を扇いでいる鈴音を謎に思いつつ、俺は取られない内にジェラートを片付けた。
続く




