第17話【手作り】
金曜日の放課後、校門へと向かう途中で気が付いた。
いつもと同じ場所で待ってくれている鈴音に話しかけている奴がいる。
「あれって……佐藤?」
怜央のクラスメイトだ。
そういえば前に吉田と鈴音の話をした時、あいつもその場にいたことを思い出した。
何の話をしているんだろうかと思いながら近付くと、俺に気付くより前に、佐藤は立ち去って行った。
「鈴音」
「あ、啓太」
「今、佐藤と話してたのか?」
「うん。お兄ちゃんのクラスの人なんでしょ? なんか話しかけられた」
「へー……」
友達の妹だから挨拶を、的な感じだろうか。
話の内容は気になったけど、詮索するようなことは気が引けた。
「帰ろっか」
「ああ。どこか寄って帰るか?」
「いや、今日はいい。なんかまっすぐ帰りたい気分」
夕方の通学路を並んで歩く。
ふと気が付くと、鈴音が俺の歩幅に合わせていることに気が付いて、少しだけ歩幅を狭めた。
お互いの学校での出来事などを話していると、鈴音がリュックの肩ベルトを触っては手を離し、という動きを繰り返していることに気が付いた。
「リュック、どうかしたのか?」
「……あー、あのね。料理を作るのってハードル高いし、お弁当とかそういうのって重いかなって思ったの」
「ほう……?」
何を言いたいのかさっぱり分からず、首を傾げる。
その間に鈴音はリュックを下ろし、中から何かを取り出した。
「だからまずは、お菓子から始めてみようかなって……、はい」
そう言って手渡されたのは、水玉模様の袋。
中には……なんだろうか、チョコレート的なものが入っている。
「ブラウニー。味見はしてもらったけど……味の保証はあんまりない」
「え、手作りなのか?」
「うん」
女子の手作り……まさかそんなものを貰える日が来るなんて――と、感動して黙り込んでしまったのを見て、何を思ったんだろうか。
鈴音は髪をくるくるといじりながら少し早口で話してきた。
「口に合わなかったら全部食べなくてもいいし、捨てるのが忍びなかったら私が食べるから」
「捨てるわけないだろ。誰に何言われたって俺が一人で食べる」
「……砂糖と塩間違えてても?」
「当たり前だろ。……え、間違えてるのか?」
「間違えてないと思うけど」
リュックを背負い直した鈴音は、落とさないよう両手で袋を持つ俺をジッと見てきた。
菓子一つで内心大喜びしていることをからかわれるかと思ったら、何も言わずにそっぽを向いた。
鈴音らしくない反応だったが、それを指摘するよりも、今日の俺には大事な課題がある。
「あのさ……今週の日曜日って何か用事とかあるか?」
「ないけど」
「なら、一緒に映画でも行かないか」
そう、デートの誘いだ。
畏まった感じではなく、あくまで世間話の延長線のようなトーンで誘うべし。
これは先日ネットで調べた際に得た知識である。
「それってデート?」
「そ、そうとも、言うかもな」
直球で”デート”という単語を出されるとは思わず、つい返事がつっかえてしまった。
今のはダサかったか……と一人で落ち込んでいると、鈴音は想像以上にあっさりと頷いてくれた。
「いいよ」
「ほんとか!? やった! なら、えっと、細かいことは後で連絡する!」
「うん。……なんか今の反応、子供みたい」
「悪かったな……」
デートの誘いを断られなかったんだから、そりゃ嫌でも喜んでしまうってものだ。
「啓太らしくていいと思うよ」
「俺らしい……?」
子供っぽいのが俺らしさであると……?
微妙に納得出来ない気持ちのまま、気が付いたら家についていた。
◆ ◆
いつもより控えめに夕飯をとった後、自分の部屋で鈴音から貰ったブラウニーを食べた。
「美味い……美味すぎる! 天才か!?」
渡す時にもっと自信満々でもいいくらいの美味しさだった。
いくつか明日に残しておこうかとも思ったが、手が進み過ぎて気が付けば完食していた。
鈴音に味の感想と感謝の意を含めたメッセージを送った後、ふとデートのことを思い出して検索してみる。
果たしてどういう服装で行くべきだろうか。
そもそも洒落た服なんて持っていないんだが、せめて不格好じゃないものを選んでいきたい。
「……なるほど、清潔感が大事なのか」
「あのさー」
「うわぁっ!?」
何の前触れもなく開いた扉と、かけられた声に、冗談みたいに飛び跳ねて驚いてしまった。
その拍子に俺の手から落っこちてしまったスマホが、床を滑っていく。
「み、美咲、お前、だからノックしろって言ってんだろ!」
「ごめんなさーい」
軽い調子で謝りながら、俺のスマホを拾い上げる美咲。
しまった、と思った時には既に遅く。
開きっぱなしだった画面をしっかり見られてしまった。
「”失敗しないデート服選び”? あー……へー、デートするんだ?」
突き刺さる視線が痛かったので、顔ごと逸らしながら頷いた。
美咲は俺にスマホを返した後、何故か立ち去らずにそのまま俺を見下ろすように見ている。
……あ、そもそも何か用があるから部屋に来たのか。
「お兄ちゃん、もうブラウニー食べた?」
「え……ああ、食べたけど……何で知ってるんだ?」
「鈴音から聞いた、というか味見役させられた」
そういえば、味見をしてもらったって言ってたな。
「ほんっと、お兄ちゃんには勿体ないくらい健気だよねー」
「まあ、勿体ないのは同意だけど……」
「……ところで、鈴音が何でお菓子作ってきたか、ちゃんと分かってる?」
「え? ……作りたい気分だったから――ったぁっ!!」
頭を思い切り叩かれてしまった。
訳が分からず戸惑っていると、美咲は大きな溜め息をついた。
「やっぱ言わなきゃ伝わらないと思った。お兄ちゃん激ニブだし」
「失礼な……そう言うお前は知ってるのかよ?」
「見てれば分かるもん。この間、一緒に夕飯食べた時に言ったじゃん。お兄ちゃんが小さい頃、料理上手だからお母さんと結婚するーとか言ってた話」
「……それがどうした?」
美咲の手が再び俺を叩こうとしたので頭をガードすると、諦めたように再度溜め息をつかれた。
「だーかーら、お菓子作りから始めてるんでしょ。料理上手になるために」
俺は、母さん――というか、料理上手な人と結婚したいと思っていた。
そして鈴音は料理上手になりたい。
流石にここまで言われたら、どういう意味か分からないわけもなくて。
「お兄ちゃんさー、そんなニブニブで、デートでダサいことして鈴音に愛想尽かされないといいね」
「…………善処する」
赤くなった顔を誤魔化すように項垂れる俺を見て、美咲はやっぱり溜め息をついた。
続く




