第14話【それからのこと】
小さい頃から可愛いと言われることが多かった。
お兄ちゃんと一緒にいると、二人そろって可愛い可愛いと大人に褒めてもらった。
昔は嬉しかったその言葉が、苦手になってしまったことに、語るほどの大きなキッカケはない。
ただ、何をするにしても「可愛い」という言葉がセットのようについてきて、ウンザリしていた。
”鈴音ちゃんは可愛いのに何でも出来てすごいわね”
”可愛いんだから勉強しなくても困らないでしょ”
”その顔ならなんとかなるじゃん”
どんな失敗をしたって無責任に「可愛いから大丈夫」と言ってくる人たちが。私が努力して出来るようになったことに対して「可愛いしね」と訳の分からない理由付けをしてくる人が苦手になった。
「篠塚って可愛いよな」
いつからかクラスの男子にもそう言われるようになって、それを聞いた女子から陰口を叩かれるようになった。
曰く、私は「顔が良いだけのぶりっ子」らしい。
男子に特別愛想良くしたことはないし、むしろ距離を置いてるくらいなのに、理不尽な話だと思った。
「あんなの嫉妬してるだけだよ。鈴音は良い子なのに、みんなバカだなぁ」
現状を笑い飛ばしてくれる美咲がいなければ、私の性格は今よりも更に捻じ曲がっていたかもしれない。
それから、もう一人。
「すげー! 俺たちの学年のドリルもスラスラ解けるんだな!」
「国語は嫌いじゃないから、自分で勉強してるだけだよ」
「鈴音は運動も出来るし、好きなことに一生懸命で良いな」
「……」
今まで見た目を褒められることはあっても、それ以外の部分を褒められることはあまりなかった。
でも思い返してみると、啓太は全くの真逆だ。
幼い頃から一緒に過ごしている彼は、私の容姿に触れてくることがあまりない。
「あのさ……いきなり変なこと聞くけど、私のことどう思う?」
「え? 友達だと思ってる」
「そうじゃなくて……なんだろう、印象とか、そういうの」
「印象? んー……カッコいい!」
「カッコいい」
思わぬ返答に、オウム返ししてしまった。
こちらを見る啓太の顔は、冗談を言っている様子もなくて。
……多分本気で言っている。
「啓太って変わってるね」
「……どこがだ?」
他の人と違って面白いなぁって思って。
最初はただそれだけだったはずなんだけど。
きっと、この時から始まっていたんだと思う。
◆ ◆
朝、隣の家のインターホンを押す。
生まれてから何度も繰り返している行動なのに、今日はやけに緊張してしまう。
「……」
家を出る前に何度も確認したのに、もう一度前髪をチェックしてから、小さく息を吸う。
インターホンを押すと、ピンポーンと、聞き慣れた音が鳴る。
「ごめん鈴音、お待たせー!」
しばらくして開いた扉から出てきたのは、美咲だった。
不覚にもそのことに安堵してしまう。
今日は金曜日じゃないから、朝会わなければ啓太と会うことはない。
本音を言えば会いたいけど、色々と心の準備っていうものは必要だから。
あんなことがあった後だし、休日を挟んだとはいえ、まだ色々と整理が出来ていないというか……
「おい美咲、スマホ忘れてる……ぞ」
後を追うように家から出てきた啓太の姿を認識した私は、ズササッと、音が立つくらいの勢いで美咲の後ろに隠れてしまった。
我ながら過剰過ぎた反応に、啓太も美咲も目を丸くしていた。
「どうしたの? 虫でもいた?」
「いや……ちょっと、美咲の後ろに立ちたい気分で」
「なにそれ。あ、お兄ちゃん、スマホありがと」
「ああ。……」
美咲にスマホを手渡した啓太の視線が、こっちに向いたのが分かった。
けど俯いてしまった。
だって今確実に顔が赤くなってるし、啓太にはあんまりカッコ悪いところは見せたくない。
「えっと……二人とも、学校頑張ってな」
私が何も言わなかったせいか、いつもの啓太ならあまり言わないであろう台詞に、美咲が顔をしかめてしまった。
「なに急に……気持ち悪い」
「気持ち悪くて悪かったな……」
「変なお兄ちゃんは放っておいて、鈴音、いこ」
さっさと歩き出した美咲の後を追いかけようとして、思いとどまる。
……このまま立ち去るのは、あまりにも印象が悪いんじゃないだろうか。それこそ、前髪が崩れてる方がまだマシなくらいに。
心の準備がーとか言ってる場合じゃない、こんなことで嫌われたら一大事だと、啓太の方に向き直った。
「啓太」
緊張のせいか、呼んだ声が少し震えてしまった。
けど、啓太の表情はパッと明るくなる。
こういう感情が分かりやすいところは、良いところだと思う。見習いたい。
「啓太も学校頑張って。また後で連絡するね」
「ああ。また後でな」
短いやりとりだったけど、当たり前みたいに返してくれたことが嬉しくて仕方なかった。
お隣さんだから、会おうと思えばいつでも会える私たちは、普段あまりスマホを使って連絡し合ったりしない。
けどこれからは、何の用がなくてもメッセージを送っていいのかなって思うと、なんか特別って感じがして嬉しい。
先を歩いていた美咲に合流すると、彼女は何とも言えない表情で私を見てきた。
「……どうしたの?」
「いや……鈴音、あたしに何か言うことがあるんじゃないかなーって」
「え」
もしかしてバレてる……?
美咲はよく「彼氏が出来たら一番に教えてね」ってことを言っていた。
なんでそんなに知りたがるのかはよく分からないけど……いや、でも私も逆の立場なら知りたいって思っちゃうな。
「えっと……」
でも、啓太的にはどうなんだろう。
私と付き合ってることを妹に知られるのは気まずいかな……なんて思っていたら、
「お兄ちゃんでしょ」
「…………う、うん」
ズバッと言い当てられて、咄嗟に嘘もつけなかった。
自分の機転の利かなさを情けなく思っていると、美咲が唐突に唸り声をあげた。
「あー……なんでよりによってお兄ちゃんと……本当にいいの? お兄ちゃんなんて……、お兄ちゃんだよ!?」
美咲の中で啓太の評価ってどれだけ低いんだろうと、少し心配になってきた。
「いいの。私の方がずっと好きだったから」
「ひぇ~……」
「なにその反応」
「複雑すぎるんだもん……鈴音の想いが叶って嬉しいって気持ち半分、お兄ちゃん憎たらしーって気持ち半分」
「なんで憎たらしいの?」
「だって鈴音にこんなに好かれて、あまつさえ独り占め出来るなんて……お兄ちゃんのくせに生意気」
独り占め……なんて、あの啓太がするんだろうか。
正直、まだ少しだけ疑っている。
啓太は優しいから、私を傷つけないように受け入れてくれたのかなって。
でもそれでもいい。
流石の啓太でも、今本当に好きな人がいるならそんなことはしないだろうし。
たとえ今は気持ちがないとしても、近くにいる内に何か変化が訪れるかもしれないし。
……訪れなかった時は、すごく嫌だけど、私が諦めればいいんだし。
「お兄ちゃんに変なことされたらすぐあたしに言ってね。グーでいくから」
「せめてパーにしてあげて。というか、啓太は変なことなんてしないよ」
「……ヘタレだから?」
「いや……まあ、うん」
まさか”私のこと好きか分からないし”なんて言うわけにはいかない。
そんなこと言ったら、美咲が怒るのは火を見るよりも明らかだ。
「それより、美咲にも気まずい思いさせてたらごめんね」
「あたしは全然いいよ。お兄ちゃんが彼女持ちになるのは気に入らないけど、鈴音が幸せなのが一番だもん」
「……美咲は良い子だね」
「でっしょー? もっと褒めて褒めて!」
頭を軽く撫でると、美咲は嬉しそうに笑った。兄妹揃って素直な反応で、愛おしくなってくる。
「……あ! そうだ、良いこと思いついた。あのさー」
手招きされたので美咲の方に近付くと、彼女はとある提案をしてきた。
「え……でも美咲は」
「あたしはいいからさ。これ絶対お兄ちゃん喜ぶよ!」
そう言う美咲は、なんだかんだ啓太のことを好きみたいで安心した。
続く




