第13話【告白】
その日の夜、隣の家のインターホンを押した俺は、多分今までの人生で一番緊張していた。
本当はあの後すぐに話をしたくて鈴音の家まで行ったんだが、反応もなく、カーテンも閉め切られていて、誰もいないみたいだった。
うちを飛び出して行った後、鈴音はどこか別の場所へ行ったらしく、近所を探し回ったが見つけられず。
怜央に電話して聞いたら、その頃には既に家に帰っていた。
――というわけで、何の連絡もなしに遅く帰った俺は母さんに軽く怒られた後、遅めの夕飯を片付け、今に至る。
「…………はい」
ゆっくり開いた扉から、ひょこりと顔を出したのは鈴音だった。
てっきり怜央かおばさんが出てくるものとばかり思っていた。
「す、鈴音、ごめん、話があるんだ。こんな時間になんだけど……今いいか?」
「……うん。私も言いたいことあったから」
とりあえず拒絶はされなかったことに安堵する。
鈴音は一度家の方を見たが、少し考えた後、外に出て玄関の扉を閉めた。
「家で話すのもなんだし、公園行こうか」
◆ ◆
鈴音が提案したのは、いつの日かも来た人気の少ない公園。
今は時間帯の影響もあり、見渡す限り周囲には他の人の姿はなかった。
「……さっきはごめん。感情的になっちゃって」
ベンチに並んで座るなり、鈴音は開口一番そう言った。
「謝られるようなことじゃない……俺の方こそごめん。色々、曖昧な態度で」
「それこそ謝ることじゃないよ。だって啓太はもう答えを出してたのに……私がお願いして先延ばしにしてもらってたんだもん」
とはいえ、それを受け入れたのは俺なわけだから、やっぱり俺も悪い。
けどそれを言っても水掛け論になりそうだったのでやめて、本題を切り出すことにした。
「鈴音に言われて考えたんだ。年齢のこととか色んなこと」
「……うん」
「俺は年上が好きで、今まで好きになった人もみんな年上ばかりで……先輩のことも確かに好きだった」
たとえ俺の見ていた姿が演技だったとしても、先輩に好意を抱いていたのは事実だ。それを否定するのはきっと違う。
「鈴音が言ったことは正しいと思う。俺は馬鹿で単純だから、一緒にいて楽しかったりしたら、すぐ好きになって……玉砕して、何度もそれを繰り返してるのに学ばない奴なんだ」
「なら……やっぱり」
「だから俺は」
何か言いたげな鈴音の言葉をあえて遮り、言葉を続けた。
「今回も学ばずに、自分の気持ちに素直になることにした」
ベンチから立ち上がって目の前に立つと、先ほどまで不安そうな表情をしていた鈴音は、ポカンとした顔に変わった。
彼女が俺の言おうとしていることを全く予想していないのと同じで、俺もこれを言ったらどんな返事がくるか予想出来ていない。
けど、ここで迷うようなら一生伝えられないと思う。
「鈴音と一緒にいると楽しいし、もっと一緒にいたいと思った」
そう告げると、鈴音の肩が微かに揺れた気がした。
「俺にとって鈴音は大事な幼馴染で、親友の妹でもあるから、正直気持ちが曖昧なところはあるし……そもそも俺なんかが見合うか分からないんだが――」
どうしてもマイナスなことを言ってしまう口を一旦閉じて、思考を追い払う。
いくら自信がないからって、想いを伝える時に不安な思いまで伝えてどうするんだ。
「曖昧な態度とっててごめん。俺なりに精一杯考えたけど……鈴音のことが好きだ。俺と付き合って下さい」
言葉と同時に頭を下げると、しばらく無言の状態が続いた。
いつまで経っても何も言われないので、恐る恐る顔を上げた先に見えたのは、戸惑うような鈴音の表情だった。
「…………でも私、面倒くさいこと言っちゃったのに」
「驚きはしたけど、面倒だなんて思ってない」
それよりも不安の方が遥かに強い。既に鈴音は俺に愛想を尽かしているんじゃないかと思って。
「……私、啓太より年下だけど」
「そんなの分かってる」
「……すぐ不安になって、落ち込むかもしれないけど」
「極力不安にさせないようにする……というか、それについては多分俺も似たようなもんだから」
迷うように俯く鈴音。
やっぱり俺がハッキリしない内に愛想を尽かされてしまったんだろうか……と不安になっていたら、
「……でも啓太、私に同じ学校に来て欲しくないんでしょ?」
「え? ……いつそんなこと言った?」
「さっき」
言われて思い出したのは、鈴音の「一緒の高校だと嫌?」という問いかけ。
「あ、あれって鈴音のこと言ってたのか!? 俺はてっきり美咲のことかと……」
「え? ……なら、嫌って言ったのは……」
「妹と同じ高校になるのは、気まずくて嫌だなと思って……」
「……」
俺の言葉を聞いた鈴音は呆然とした表情をした後、両手でその顔を覆って俯いた。
明らかに沈んでいるその姿に、どう言ったらいいものか分からなくなっていた時、蚊の鳴くような声が聞こえてきた。
「ごめん……私、啓太に一緒の学校だと嫌だって言われたと思い込んで……勝手に落ち込んで、八つ当たりしてた」
「いや……俺も紛らわしい言い方だったから」
つまり、さっきあんな話をしてきたのは、このやりとりでショックを受けたからということでいいんだろうか。
てっきり愛想を尽かされたものだと思っていたんだが……。
「……あの、さっきの返事はいつでもいいから」
「なに言ってるの。時間なんていらないし」
「え」
視線が真っ直ぐに俺を射抜いた。
その表情は凛としていて、でも頬は暗がりでも分かるくらい赤く染まっている。
細い指が俺の服の裾をそっと掴んだ。
「……私も啓太が好き」
いつもより少し控えめな声量で放たれた言葉は、しかしハッキリと俺の耳に届いた。
その意味を理解して、思わず声をあげて喜びたい衝動に駆られたが、それはいくらなんでもムードをぶち壊しすぎる。
かといってクールにカッコ良く決まる台詞なんて俺には思いつかないし……黙り込むのは論外だし……。
「ふ、不束者ですが、よろしくお願いします」
「なんか啓太の方が女の子みたい」
ようやく絞り出した返しは、鈴音に軽く笑われてしまった。
ダサすぎる自分に辟易しつつも、とりあえず伝えたいことだけは伝えようと思った。
「色々不慣れなことばかりだと思うけど、大事にするから。何か不満とか嫌なことがあったらいつでも言ってくれ」
「啓太って……ほんと、いつだって真面目だね」
「も、もっとロマンチックなことを言うべきか……!?」
「ううん、なんかいつも通りで落ち着く」
服の裾を掴んでいた鈴音の手が離れたと思ったら、今度は俺の手に微かに触れた。
ぴたりと、指同士がくっつく感覚に少し驚く。
「立ってないで、座って話そうよ」
「ああ」
頷いて、先ほどと同じ位置に腰を下ろすと、隣から突き刺さる視線。
何故か目を細めてこちらを見ている鈴音が口を尖らせて言った。
「もうちょっとこっち寄ってよ」
「いや……あんまり近いと、緊張しそうだから」
「……ふーん」
「ちょっ、なんで寄って来るんだよ!?」
「そんな驚かなくても……普通寄るでしょ、そんなこと言われたら」
どんな普通なんだよ……俺は緊張するって言われたら近付かないようにするぞ。
俺と鈴音の考え方の違いを痛感していると、ベンチの上に置いていた手に、彼女の手が触れた。しかしすぐに離れていく。
「なんだよ」
「いや、手でも握ろうかなって思ったんだけど……」
そこまで言って、あちこちに彷徨う視線。
「……ごめん。私もちょっと……無理だった」
呟きながら、その手を自分の膝の上へと戻した鈴音は、先ほどよりも赤くなった顔を隠すようにそっぽを向いた。
「……なるほど」
この短時間で鈴音の気持ちが分かったような気がする。
俺は黙ってその手を握った。
途端、驚いたようにこちらを見て、それから視線を落とした鈴音が、俺の手と自分の手を見て固まっている。
「そんなこと言われたから、俺も握りたくなった」
「……なんか、啓太に先手とられるの、むかつく」
「慣れてくれ」
俺の言葉に、鈴音はムスリとした顔になったけど、手を振り払われることはなかった。
続く




