第12話【溜め込んでいたもの】
「柊君、柊君。ちょっと話したいことあるんだけど、いい?」
パチパチと、やたら瞬きをしながら話しかけてきたのは、我がクラスの委員長だった。
気さくな性格で、クラスメイト全員と仲の良い彼女とは、俺もたまに話をするくらいには仲が良い。
「どうした?」
「この間、吉田君たちと話してるの聞いちゃったんだけど……篠塚君の妹さんと一緒に帰ってるってホント?」
「ああ」
「いつ一緒に帰るの? 今日は?」
今日はちょうど金曜日なので頷くと、委員長はずいっと顔を近付けてきた。その目はキラキラと輝いているように見える。
「お願い! 一目でいいから会わせて! 篠塚君と血を分け合った天使とお話ししたい!」
「お、おう……」
この発言から分かる通り、委員長は怜央のファンだ。
本人曰く、”あくまでファンであって、好きなわけではない”らしい。多分俺にとってのヒカルさんのような存在なんだろう。
「別にいいけど……本人を前に、天使とかそういうことはあんまり言わない方がいいと思う」
可愛いと言われることにウンザリしているらしい鈴音は、恐らく天使扱いもあまり好きではない気がした。
俺の発言に、委員長は力強く頷く。
「もちろん言わない! 極力ベタベタもしないから、ね? お願い!」
「まあ……話すくらいなら」
言い終えてから、そもそも俺が許可を与えるようなことでもないと気が付いた。
◆ ◆
というわけで放課後。委員長と共に教室を出ると、いつもと変わらず鈴音の方が先に着ていた。
校門に近付くにつれ、隣を歩く委員長のテンションが徐々に上がっているが、果たして大丈夫だろうか。
「あ、もしかしてあそこにいる子? あのセーラー服の子? え~可愛くない!? アイドルみたいじゃない!?」
「おお……」
元気だなぁと思っていると、距離が近付いたことによりこちらに気が付いたらしい鈴音が振り返った。
委員長を見て、一瞬真顔になった後、困ったような表情でこちらを見てくる。
「うちのクラスの委員長。たまたま帰るタイミングが被ったから一緒に来た」
「はじめまして! いつも柊君にはお世話になって……なってはないか」
「おい」
確かにどちらかと言えば俺がお世話になってる側だけど。
それにしても、流石に妹を前にして”お兄さんのファンです”とは言わないらしい。
委員長は無言で鈴音の全身を上から下まで眺めた後、俺の腕を引っ張って顔を近付けてきた。
「やばい! 近くで見ても超可愛い!」
小声でそんなことを言ってくるので、俺も小声で返す。
「よかったな」
「篠塚君の遺伝子を感じる!」
「そ、そうか」
委員長、普段は良い人なんだけど、怜央のことになるとちょっと恐いんだよな……。
彼女は俺の肩をペシペシと叩きながら、嬉しそうな笑顔で続けた。
「あー羨ましいー。私が柊君の立場なら、毎日あの妹ちゃんを拝み倒しちゃう」
「なんで鈴音の方なんだよ……怜央じゃないのか?」
「だって篠塚君に近付くのは恐れ多いというか……目が潰れちゃいそうじゃん」
「神聖化し過ぎだろ……」
そんな話をしていると、わざとらしい咳払いが聞こえてきた。
振り向くと、鈴音が俺を軽く睨むように見ている。多分怒ってるんじゃなく、気まずいんだと思う。
「ごめんな。別に変なこと話してたわけじゃないんだ」
「そうそう! えっと……今日の授業中に柊君が先生に怒られてた話を茶化してただけで!」
それは吉田の話なんだが……まあ、委員長も咄嗟に上手い嘘が思いつかなかったみたいだから、別にいいか。
「えっと……鈴音ちゃん? お兄さんにそっくりだね」
「……お兄ちゃんのことも知ってるんですか?」
「う、うん、お兄さんすごく有名だから」
「そうですか……」
答えながら、髪の毛をクルクルさせている鈴音。
明らかに気まずそうな顔をしている。
まあ、いきなりよく知らない年上が現れれば、この反応になるのも無理ない。
とりあえず委員長には立ち去ってもらおうと思い、彼女に小声で話しかけた。
「なあ、そろそろ……」
「分かってる分かってる。もう行くから、最後に一ついい?」
「なんだよ?」
「こんなクールな風貌なのに”お兄ちゃん”って呼んでるの、可愛いよね」
「……そうか」
言っちゃ悪いが、どうでもいい感想だった。
「というか、鈴音ちゃんって柊君の彼女?」
「え、い、いや、別に」
「あっ……なるほどね、分かった分かった。もう何も言わなくていいよ」
一体何が分かったって言うんだよ……。
全てを察したような顔で俺の肩を叩く委員長が、少し恨めしかった。
結局委員長は、終始鈴音にキラキラした目を向けていたものの、直接「可愛い」という言葉は伝えずに立ち去った。
本当にただ妹に会いたかっただけなのか……すごいな、怜央への愛(恋愛的な意味ではない)が。
「……うちのクラスの委員長は真面目なタイプだから、ちょっと新鮮だったかも」
何故か無言で歩くこと数分。校舎が見えなくなった辺りで、鈴音がぽつりとそんなことを言った。
「いつでも元気全開って感じだからな」
「……仲良いの?」
「そうだな。けどあっちはクラス全員と仲良いから」
委員長のコミュ強っぷりを羨ましいと思っていたら、突然足を止めた鈴音。
自然と俺も立ち止まることになったのだが、彼女は顔を俯かせたままだった。
どうしたんだろう。もしかして突然体調でも悪くなったのか……と、心配し始めた時、鈴音が口を開いた。
「……おばさんって、今日お仕事?」
「ああ。いつも通り夕方には帰ってくると思うけど……何か用か?」
俺の問いに対し、鈴音は首を振った。
それから視線を地面に向けたり宙に向けたり、せわしなく動かしている。
「そうじゃなくて……あの、嫌だったら、素直に言って欲しいんだけど」
「? なんだ?」
「……家、行ってもいい?」
「家?」
家っていうのは、そりゃ、俺たちの家って意味なんだろうけど。
誰もいない家に鈴音が来ることを考えると変に意識しそうになったが、何を今更と思い直す。
前に鈴音の家にお邪魔した時も誰もいなかったし……色々あったとはいえ、俺たちが幼馴染であることに変わりはない。
幼馴染が家に来るのは普通のことだよな、うん。
「いいよ」
そう思って頷いたら、鈴音はパッと顔を上げた。
「いいの?」
「ああ、いいけど……普通に」
こちらを見る目が何だか妙に必死に見えて、不思議に思いながらも再度頷いた。
◆ ◆
家に帰ると、当たり前だが誰もいなかった。
美咲の部屋に入り浸っていることの多い鈴音は、勝手知ったる他人の家と言わんばかりに、キッチンで飲み物を吟味している。
俺はその隣で適当なお菓子の袋を引っ張り出した。
「何で今日は家なんだ? ゲームか漫画目当てか?」
「いや、二人きりで話せるかなって思って」
……ということは、何か大切な話でもあるんだろうか。
ポテチの袋に手をかけながら考えてみたが、全く思いつかない。
「……あのさ、前に高校楽しいって言ってたよね」
「ああ」
なかなか開かない袋に苦戦していると、不意に手を重ねられた。
思わず硬直する俺に対し、鈴音はいつもより淡々とした口調で続ける。
「黙ってたけど、私、啓太と同じ高校受けるつもりなんだ」
「え」
「あ、啓太がいるからっていうだけじゃないよ。美咲が一緒のところに行きたいって言うから」
つまり美咲も同じ学校に来るのか……他にもたくさん高校はあるのに、なんでわざわざ兄妹と一緒のところを選択するのか理解し難い。
「……一緒の高校だと、嫌?」
「あー……まあ、そうかもな」
小学校、中学校で慣れているとはいえ、高校まで妹と同じなんて、少しウンザリした気持ちになる。多分美咲側も同じことを思っていそうだ。
「……そっか……」
「?」
鈴音の声がやたら重々しく聞こえたけど、気のせいだろうか。
その様子を窺おうとした時、今まで触れていた手が離れていった。
「鈴音?」
「……私、ちょっと勘違いしてたかも」
「勘違い?」
袋をキッチンに置いて鈴音の方に向き直ると、俺の視線から逃げるように顔を俯かせた。
「何だかんだずっと一緒にいたし、仲良かったし、もしかしたら私でも……って思ってた。でも、やっぱり無理なんだよね」
鈴音が何を言いたいのか分からない俺は、黙って話を聞いているしかなかった。
「……だから、もう大丈夫。この前の告白、全部忘れてほしい」
「え……何言ってんだよ、急に……」
「今日、友達と話してる啓太、楽しそうだった」
友達というのは委員長のことだろう。
なんでこの流れで委員長が出てくるのか分からなくて、俺は動揺しながらも答えた。
「それは普通に同じクラスだから――」
「うん、同じ学校だし……同い年だしね。……私まだ中学生だし、高校生にはやっぱり勝てないよ」
「勝てないって何だよ」
「だってそうでしょ」
顔を上げた鈴音は笑っていた。でもその笑顔は、明らかに無理しているように見える。
「同じ学校で、毎日会って、同じ時間を楽しく過ごして……そういう子の方が良いに決まってる。私は啓太よりも年上になれないどころか、同い年にだってなれないんだし」
そんなこと、鈴音だって俺だって初めから分かり切っていたことなのに。
なんでそんなこと今更――そう言おうとしたけど、上手く言葉にならなかった。
「それに……あの先輩のことだって……」
「え? いや、先輩のことはもう……」
「今はもうなんとも思ってないとしても……好きだったのは本当でしょ」
鈴音は一瞬言葉を選ぶような間を開けつつも続けた。
「私はあの先輩のことロクでもないと思ってる。……だから、あの人にも劣る自分のことが嫌になって……嫌いになりそうなの」
「鈴音、俺は――」
その時、ガチャリと玄関の扉が開く音が聞こえてきた。
父さんや母さんの仕事が早く終わるなんてこと、今までなかった。
となると、残る可能性は一人しかいないわけで……
「……え? 鈴音の靴あるけど鈴音来てる?」
ドタバタという足音の後、そんな声と共に現れたのは、やはりというか美咲だった。
「美咲……お前、部活は?」
「今日は人数集まらなくて早めに解散になったの。というか、なんで鈴音がウチに?」
「えっと……」
「ちょっと用事があったの。でももう済んだし、帰るね」
答えに詰まる俺の代わりにそう言って、鈴音は横を通り過ぎていった。
呼び止めようとしたが、美咲がいる状態でさっきの話の続きなんて出来るわけがない。
「あたし暇になっちゃったし、一緒に遊ぼうよ」
「ごめん、今日はパス」
「ちぇー……じゃ、玄関まで送るよ」
「ありがと」
二人が出て行くのを見ながら、俺は何も言えないでいた。
なんでいきなりあんな話になったのか――いや、鈴音は最初からそういう話をするつもりで家に来たのか。
でも、なんだか誤解されている気がする。
「……俺が曖昧な態度取ってるせいだよな」
鈴音がどれだけ勇気を出して俺に告白したか、アピールしてくれたか、分かってたはずだったのに。
「……情けねぇ」
「なにが情けないって?」
「うわっ!? 美咲……戻ってたのか」
「ついさっきね。……で? 二人で何してたわけ?」
「いや、何も……話してただけだ」
「ふーん……」
美咲はつまらなそうな返事をよこした後、「そういえばさ」と続けた。
「最近の鈴音、なんか楽しそうに漫画とか読んだり、アイドルの曲聴いたりしてたんだよね」
「……」
「好きなものを共有出来るのが嬉しいんだって。健気で可愛いよねー」
そう言った後、何も返せないでいる俺を睨むように見てくる。
「泣かせるようなことしたら許さないからね」
「……分かってるよ」
鈴音が何を考えてあんなことを言ったのか、正直よく分かっていない。
けど、これ以上中途半端な真似をして悲しませるようなことはしちゃいけない。
俺は自分の中にあったモヤモヤした感覚に決着をつけることにした。
続く




