第11話【赤い】
翌週、教室に着くなり吉田が話しかけてきた。
「柊! お前! 見たぞ見ちまったぞ!」
「ななななにをだよ」
肩を激しく揺すられて、答える声も揺れまくってしまった。
手を離した吉田が、ずいっと顔を近付けてくる。
「先週、めっちゃ可愛い女の子と帰ってただろ!」
「あー」
言われて思い当たるのは、鈴音の顔しかない。
見られてたのか……まあ、校門から堂々と一緒に帰ってるんだから、見られてても仕方ないか。
「誰なんだよあの子は!」
「えーと……」
怜央の妹だと言うのは簡単だが、言ってもいいものなんだろうか。
悩んでいると、後ろから声が聞こえてきた。
「僕の妹だよ」
「怜央……いつの間にそこに」
「なんか騒いでるのが聞こえたから、つい来ちゃった」
振り向いた先にいたのは、怜央と、怜央のクラスメイトの佐藤だった。
その言葉に吉田は目を丸くして、俺と怜央を交互に見てくる。
「篠塚の妹ってことは……あの子も柊の幼馴染ってことか?」
「ああ。だから一緒に帰ってたんだ」
「お前……勝ち組過ぎんだろ……」
空を仰ぐポーズをとる吉田に、どう返したらいいか迷っていると、佐藤が俺に声をかけてきた。
「怜央の妹って、最近たまに校門で待ってる中学生の子? 柊と付き合ってるの?」
「いや……付き合ってはいない」
怜央の前でするにはあまりに気まず過ぎる話題に、思わず返す声が小さくなってしまった。
「へー、そうなんだ。俺、声かけてみようかな」
「あいつ、好きな人がいるらしいから止めた方が無難だよ」
「え、マジか」
怜央の奴、鈴音に好きな人がいるって知ってたのか……あれ、まさかそれが俺だってことも知ってるんじゃないよな……?
チラリと怜央の方を窺うと、軽く微笑まれた。
なんだかその笑顔は、全部お見通しだと言われているようで、ちょっと恐ろしくなった。
「柊、お前さ」
「なんだよ」
いきなり近付いて来た吉田が小声で話しかけてきたので、同じくらいの声量で返した。
「篠塚の妹ってことは年下だよな? ついに年下デビューしたのか?」
「変な言い方するなよ……別にそういうわけでは、ない、と思うけど……」
「というか、篠塚の妹っていくつ?」
「一つ下」
「なんだ、なら全然アリか」
「え? でも年下は年下だろ?」
「中一とかならどうかと思うけど、中三だろ? 一年経てば高校生だし、ほぼ変わらねえじゃん」
あまりにアッサリと言われて、戸惑ってしまった。
吉田も俺と同じ年上好きだ。そんな彼が鈴音に対して「全然アリ」という表現を使ったことが驚きだった。
「吉田的にはアリなのか……?」
「アリだな。あんなに可愛いなら尚更」
「可愛い……」
言われて思い出したのは、先日の記憶。
俺は確かに鈴音の写真を見て可愛いと思った。
ただ、それをまだ本人には伝えられていない。
何故なら鈴音は”可愛いと言ってほしい”という言葉を告白の代わりとして用いたので、俺が鈴音に”可愛い”と言うことは、その返事になってしまうと思うからだ。
「柊は無しなのか? じゃ、俺に譲ってくれ!」
「いや、俺が譲るも何もないだろ……」
「冗談だって。相変わらずかてーな……でもあんだけ可愛いんだから、うかうかしてると誰かに取られちまうぞ」
「さっきから何コソコソ話してるのさ」
「あ、いや、何でもない」
怜央に声をかけられたことにより、吉田との会話は強制終了した。
それにしても、取られるか……。
確かに鈴音はいつ誰に好意を持たれたっておかしくない。美咲によると、実際告白もされているみたいだし。
いつか良い相手に巡り合って、俺よりその人を好きになるっていうのも、全然ありえることなんだ。
そんなことを考えて、なんともいえない気持ちになった。
◆ ◆
俺は年上が好きだ。
何か特別なことがあったわけでもなく、初恋からずっとそうだから、多分純粋な好みの問題。
あえて言うなら、やはり美咲の存在だろうか。
小さい頃は、年子とは思えないほど甘えん坊でワガママな奴で、俺が面倒を見る機会が多かった。
だから俺にとっての年下は、面倒を見る相手というか、どうしても妹とかぶって見えてしまう。
その影響で、年下を恋愛対象として見ることが出来なかったんだと思う。
「……どうしようか」
土曜日、近所の本屋で買う漫画を吟味する。
電子書籍もいいが、たまに紙でも読みたくなるのが漫画の魅力だ。
とはいえ、使える小遣いは限られているので慎重に選ばなくてはならない。
「漫画買うの?」
「ああ。……って、いつの間に……」
「小説見たくて」
見慣れたパーカー姿の鈴音は、俺が見ていた漫画を指差した。
「これ好きなの? 私も買ってみよっかな」
「そうだけど……俺が持ってるの貸すから、買うのは気に入ったらでいいんじゃないか」
「確かに。お小遣い使い過ぎると後が大変だしね」
そんなことを話しながらふと視線を外すと、少し離れた通路を歩く怜央の姿が見えてギョッとした。
向こうはこちらに気が付くことはなく、別の本棚の方へと歩いて行く。
「怜央と一緒に来たのか?」
「うん。本屋で買いたいものがあるって言ってたから、ついてきた」
「常々思ってたけど、本当に仲良いんだな……」
俺と美咲とは大違いだ。
そう思っていたら、鈴音は「まあね」と呟くように言った。
「私たちの場合、仲悪くなったら家で話す相手いなくなっちゃうし」
鈴音と怜央の両親は共働きで、昔から家にいない時間が長い。
「啓太もたまには昔みたいに泊まりに来てよ。お兄ちゃんも寂しがってるし」
「怜央が? ……想像つかないな」
「顔には出さないだけだって」
意外だが、そういうことなら、たまには遊びに行くか。
そんなことを思った時、俺たちに気が付いたらしい怜央が近付いてきた。
「あれ、啓太も来てたんだ」
「おう。……怜央、今度お泊まり会やろうぜ」
「なに急に……気持ち悪いな」
あまりにも唐突過ぎて普通に引かれてしまった。
隣で鈴音にまで、バカじゃないのと言わんばかりの目で見られてしまい、なんとも居心地が悪い。
どうせ会ったんだから遊びにでも誘おうかと思った時、後ろから急に肩を叩かれた。
「ひ、柊くんじゃん! 久しぶり!」
「え、……あ、高岡先輩……」
久しぶりに会った高岡先輩は、初めて見る私服姿だった。
あのゴタゴタ以来、俺から会いに行くことも、彼女が声をかけてくることもなくなった。
まあ、あんなことがあったんだし当然といえば当然なんだけど。
「……」
鈴音と怜央の表情が厳しいものに変化したのを見て、少し焦る。
「ど、どうしたんですか、こんなところで」
「いや、たまたま買い物に来て……、あの……」
チラチラと怜央の方を見ている先輩。
……もしかして、怜央の姿を見つけて追いかけてきたとかじゃないよな……?
「ちょっといい?」
手招きされたので、少し悩んだ後、先輩の方に近付いた。
別に彼女に対して未練があるとかではないが、流石にここであからさまに無視するのは気が引ける。
「ごめん! マジで助けてほしいの……!」
「助けるって……何をですか?」
「篠塚くんのこと! あの一件以来、ロクに話もしてもらえなくなって……」
「ああ……」
怜央は誰にでも優しい奴だけど、だからこそ家族や友達をバカにされることを激しく嫌う。
そう考えると、その態度も無理もない。
「お願い……協力してくれたらなんでも言うこと聞くから!」
「すみません……それは出来ません」
「なんで!? あたしが酷いこと言ったから……? 柊くんもあたしのこと嫌いになったの?」
「いや、それは別に……俺も俺で、距離を縮めない内に告白してしまった非がありますし」
ただ、俺はあの時、怜央と鈴音が怒ってくれたことに、安堵感のようなものを感じた。
いや、自分のせいで先輩と二人の仲が拗れているのだから本当は申し訳なく思うべきなんだが……二人が味方になってくれたことが嬉しかったというか、なんというか。
だからここで先輩の協力をしたら、あの時の二人の思いを否定するようで、気が進まなかった。
「でも怜央は真剣に謝ってる相手を無視するようなタイプではないので――っ!?」
話している最中に、いきなり手を引っ張られて強制的に先輩と引き離された。
見ると、俺の手を握りながら不機嫌そうな顔で睨みつけてくる鈴音。
そしてその隣で苦い笑いを浮かべる怜央。
「啓太……僕たちを放ったらかしにして密談かい?」
「あ、いや……悪い」
「まあ、なんとなく内容は分かるけど……そういうお人好しなところは治した方がいいよ」
どうなんだろうか……本当のお人好しなら先輩の頼みを断らない気もするが……いや、それは単なる馬鹿か。
「先輩、僕に話があるんですよね」
「う、うん! あの、あたしずっと謝りたくて……」
「謝るのは僕に対してじゃないと思いますけど……まあ、それじゃ場所を改めましょうか」
そう言って、怜央は先輩と共に本屋を後にした。
俺たちの元を離れる直前、意味ありげに目配せをされたが、何を伝えたかったのかは分からない。
「……なんかごめんな。変な雰囲気にして」
鈴音に謝ると、彼女は未だ不機嫌そうな顔のままだった。
「別に。声かけてきたのは向こうだし」
「……」
ところで、この手は一体いつになったら離してもらえるんだろうか。
なんとなく聞き辛くて、出来るだけ気にしないように努めた。
「…………なんの話してたの?」
「えっと……」
これは言ってもいいものなのか?
……いや、いいわけないか。流石に先輩のプライバシーに関わることだし。
俺が言葉に悩んでいると、
「……ごめん……やっぱ、なんでもない……」
蚊の鳴くような声で、鈴音がそう言った。
その眉はさっきとは正反対に、困ったように歪んでいる。
そして瞳からは若干涙のようなものが見え、慄いた。
「な、なんで泣いてるんだよ」
「泣いてない。……泣きかけてるだけ」
それは同じ意味では……。
呆然とする俺の隣で、鈴音はこぼれかけていた涙をごしごし拭った。
「……前に啓太に、あの人のこと無理して忘れることないって言ったでしょ」
「ああ」
「それを今になってすごい後悔してるから……ただの綺麗事言っちゃったんだなって思ったら、自分が情けなくなってきた」
「後悔って……なんでだ?」
分からなかったから馬鹿正直に尋ねたら、鈴音は自分の髪の毛をいじりながら、口をつぐんだ。
そしてしばらくの沈黙の後、聞き逃してしまいそうなほど小さな声で言った。
「…………啓太がまだあの人のこと好きなの、すごい嫌」
「――」
「……」
「……」
「……だ、黙らないでくれる?」
「あ、すまん」
想定外の台詞過ぎて、つい何も返せなくなってしまった。
真っ赤な顔で睨みつけてくる鈴音に対し、俺は腕を組みながら必死に返事を考える。
そもそも俺はもう先輩のことをちゃんと諦められてるとは思うんだが……。
「えっと……綺麗事かどうかはさておき、あの時の俺は鈴音の言葉に救われたよ」
「……でも今は、啓太があの人のこと好きだった事実に腹立ってるけど」
「それは……俺が悪いから――いたっ」
俺の腕を軽くつねった鈴音は、そっぽを向いた。
「非がない時も自分のせいにするの、やめた方がいいよ」
「そう言われてもな……」
先輩が怜央のことを好きだと薄々分かっていた状態で告白した俺にも、全く非がないわけじゃないし……と思っていたら、鈴音がこちらを真っ直ぐに見てきた。
「いつかあの人より好きだって思わせてみせるから。私が……啓太にとっての一番に、なりたい、から……」
徐々にしりすぼみになっていく言葉に合わせ、逸らされていく視線。
微かに震えているその姿を見て、俺は何も言うことが出来なかった。
自分で言っておいて照れるなよとか、そんな軽口でも叩いた方が鈴音にとってもよかったのかもしれないけど。
俺は俺で、明らかに熱を持ち始めた自分の表情を隠すのに必死だった。
続く




