第五章 其の九
そして、宣言通り娘は翌日に牢を訪れた。
「こちら、お預かりしてきました。」
昨日の伝言に対する返事だろうと差し出されたそれを受け取る。そこには状況の把握と、屋敷周りに兵が配置されているため忍び込むのは難しいとだけ書かれてあった。
まあそうだろうなと思いながら、蝋の火にそれをくべる。
外に仲間がいるとわかっているような状況で、なにも手を打たないほど馬鹿ではないということだ。
どうするかと悩んでいれば、娘殿が視線を俺の後ろへと向けて首を傾げた。
「先ほどから気になっていたのですが、それはなんですか?」
それと言われて指さされた先に俺も視線を移す。だが、そこにはなにもない。俺がなんのことだと疑問に思っていれば、ひとりが気づいたようににああと頷く。
「昨夜は助かりました。おかげさまで、このような牢屋の中でもしっかりと眠ることができました。」
そしてにこりと嬉しそうな表情を浮かべて、先ほどまで使用していたそれを軽く持ち上げる。それは、昨夜に見張りかなにかの男が『ありがたく思え』と持ってきた、やたらと質のいい夜具だ。
それに、俺もなるほどと頷いて首を前へと戻せば、なぜか眉を寄せた娘殿の顔がそこにあった。
「そう、ですか...」
それ以上はなにも言わないものの、明らかに不満があるといった表情と声だった。なぜそのような表情をと不思議に思っていれば、しばらくしてさらに深く眉を寄せた娘殿はすっと表情を正す。
「それで、返事はいかがいたしますか?」
「ああ。いや、ひとまずはいい。それより、昨日からなにか動きはあったのか?」
どうするかの算段もつかない状況でこれ以上伝えるようなこともなく、今は不要だろうと他に気になったことを聞いてみる。娘殿はこくりとひとつ頷いて昨夜からの外の様子を教えてくれた。
「予定通りであれば、本日兵を出立させる手筈だったのですが将軍様とのこともあり、まずは杉と計画を立て直すことになりました。」
あの後、俺たちが牢へと入れられるとすぐに杉へと報せが遣わされたのだという。すいぶんと迅速な対応だが、鈴音がそばにあることが思い出されてそれもそうかと納得してしまった。しかし、次に発された内容のほうが驚きが強くすぐにすべて頭から吹き飛ぶ。
「そして、こちらの動向は帝の知るところとなったようで、桜と松でも兵が動かされたとのことでした。将軍様がいないというのにこのように動けるなんて、ずいぶんと優秀なのですね。」
娘殿の言葉に、いやと内心で否定する。おそらく俺が帰ってこないから、あるいはなにかしらの情報を掴んで宗馬が警戒態勢を敷いてくれたと考えるのが妥当だろう。
ここに来る前の宗馬が思い出されて、後で感謝を伝えなければと心に留め置いていると、ひとりが顔を曇らせて唸る。
「兵が差し向けられなかったのは良いことではありますが、依然として状況は思わしくありませんね。」
「どうにかここから出ることはできないのでしょうか?見張りがいるような気配もありませんし、牢の鍵さえなんとかできれば、出ることは可能ではありませんか?」
もうひとりも、かちゃりと格子の扉部分に触れながらそんなことを言うが、そんな簡単にできればすでにここにはいないだろう。娘殿も牢から出すことは難しいと言っていたのだ。
「鍵はさすがにどなたが持っているのかわかりません。」
やはりというかなんというか、娘殿は困ったようにそう言った。わかりきっていたことではあるので、別のことを聞いてみる。
「ここの見張りはどうなっているんだ?」
「見張りはおりません。」
即座に返された否定に、全員が目を丸くする。そして今度は後ろのひとりが娘殿へと質問を重ねる。
「なぜつけられていない?それは君がここに来ていることと関係しているのか?」
「昨日のお話を聞いていなかったのですか?父は、私と将軍様を利用して松を手中に収めてすべてを自分のものとするつもりです。そのために、私に将軍様を篭絡させようとしているのです。」
「だとしても、見張りすらいないのはおかしいだろう。それともここではなくて、外にはいるのか?」
俺たちに次々に質問を重ねられた娘殿は、嫌そうな顔をする。それでも、じっと返事を待っていればやがて諦めたのか深くため息を吐きつつ答えてくれた。
「まず、外にも見張りはおりません。理由は私ひとりである方が、皆様の警戒を解けるだろうとのことでした。あとは単純にひとりでも多く兵として人員を割く、ということが方針でもあるからです。」
「兵力が少ないのか?」
話しぶりに的に、そうなのかと思い疑問を口にすれば娘殿はふっと笑う。
「もともと武力を持たぬ土地ですから。」
馬鹿にしたようなそれに、そういえば鈴音からそんな話を聞いたこともあったなと思い出す。そして、その中でひとつ聞いておかなければいけないことがあったこともついでに思い出した。
「話が変わって申し訳ないが、聞いておきたいことがある。ここに蔵山という名の男はいるか?」




