第五章 其の七
「なんと、これはこれは!将軍様ではありませんか!まさか、このような場所までわざわざ出向いてくださるとは...手間が省けましたな。」
あくどい笑みを浮かべた大名を前に、手足の自由を奪われた俺たちはもはや睨むことしかできない。
有り体に言えば、あれから町中で鈴音を探していた俺たち三人は顔を知っている反帝派の者に見つかった。ここで刀を抜いてしまえば、こちらから攻めたものとして後々不利になると思ったのと、ちょうどいいと思ってしまったのが半々。ばれたのならば、そのまま大名のもとへと赴いてどういうつもりなのかを聞いてやろうと大人しくついてきた結果、この有り様である。
幸いなのは、甚たちとは別行動していたことだった。
「どういうつもりだ?」
「ここまで来ておいて知らないふりをされるのですか?」
「答えろ。どういうつもりかと聞いている。」
低い声で、威圧するように再度同じ問いかけをすれば、大名はすぐに怯んだように肩を震わせる。威勢がいいかと思えばこれだ。こんな様子ではこちらの調子が狂ってしまう...とため息を吐きかけたとき。がらりと横の戸が開かれて、幾人かが雪崩れ込んでくるのが見えた。
「おぉ!ようやくきたか!」
大名がすぐさまみっともなくばたばたとそちらへ駆けていったかと思うと、嬉々とした声を出してその両手を広げた。
そして。
「ずいぶんとご機嫌ですね。なにかいいことでもあったのでしょうか?」
聞こえた凛とした綺麗な声に、どくりと心臓が嫌な音を立てる。
なぜ...
いや、まさか......
こちらへと近づいてくる気配に顔を上げれば、その人物と目が合った。そして、その人は足を止めると顔を顰めた。
「大名様?なぜ将軍様がこちらに?」
「なに、こそこそと町中をうろついていたのでな。そこを捕らえてきた者がおったのだ。」
すぐに俺から視線を外した鈴音が問いかければ、大名が誇らしげに説明をした。しかし、鈴音はそんな大名に頭を押さえてため息を吐く。
「大名様の役割は、松の国と一線を交えて帝の視線を杉から逸らす...というものであったのですよね?ならばここで将軍様を捕らえてしまってはなりません。」
息が、できない。
「こうなってしまえば、もうどうすることもできません。杉の大名様に今すぐ遣いを送ってください。事情をお話しして計画を練り直していただきましょう。」
「なぜだ。どうせいずれは殺すのだから、今ここで殺してしまっても構わんだろう?」
「殺すよりも、生かす方がはるかに利用価値のあるお方です。大名様はよろしいのですか?いつまでも杉の言いなりで。」
利用、価値...
目の前で行われるやり取りは、俺の頭を素通りし続けた。
「将軍様をその手中に収めることができれば。松を大名様の配下に加えることができれば。あの杉すらも大名様には遠く及びません。」
にこり、と美しく笑うその顔に心臓は早鐘を打ち、意識は白く霞み始める。
「そうか、あの杉ですら...!よし、そうとなれば、おい!その者たちを牢へと連れて行け!」
あっさりと鈴音の言葉にのせられた大名が、その野心を隠すこともせずににたりとした笑みを浮かべてばっと手をかざして命令を下す。俺はそれに従う男たちにぐいと腕を引かれて無理やり立たされるも、うまく対応できずによろける。
そんな俺を見た大名は、殊更に喜色満面に溢れた。
そして、もはや俺たちに一瞥もくれることのない鈴音は、ああとなにかを思い出したかのように気だるげに大名へと進言をする。
「あの方たちは姫様にお任せになってはいかがでしょうか?」
「おぉ、それは妙案だ!あの子は将軍を好いておったしな、ちょうどよい。今後夫婦となるのであれば、早いうちから関係を築いておくのは悪いことではないだろう。」
これまた即座に大名は頷き返している。
歩け、と背中を乱暴に押された俺にはもはや二人は見えない。未だ後ろで続けられるやり取りは、成すすべなく遠のいていった。
そうして俺たちは、冷たい石造りの牢へと入れられた。
なぜか、監視の者がひとりもいない状態で。
「将軍様、お怪我はありませんか?」
同じようにして牢へと入れられたひとりが案ずるようにこちらを窺ってくる。それに俺は小さく笑って答えた。
「問題ない。お前たちこそ怪我はしていないか?」
「私たちも問題ありません。ですが、これからいかがいたしましょう?」
このような状況になってもなお冷静さを持ってやり取りができるふたりに、連れてきたのがこのふたりで正解だったなと気が抜ける。
肩の力も抜けたところで改めて状況を整理する。牢へと入れられてしまった以上、自分たちでどうにかすることは難しい。かといってこのままでいるわけにはいかないので、どうにか甚に状況を伝える方法はないかと考えていれば、柵の向こう側から光が見えた。
全員が押し黙り、近づいてくる人へと警戒をしていると、その人は無防備にも柵の前まで近づいてほっと安堵の笑みを浮かべた。
「ご無事でなによりです。」
あまつさえその場に腰を下ろし、明かりを床へと置いたその人はまっすぐにこちらを見据えた。
「あいにくと、牢から出すことは難しいのですが、代わりに私にできることがあればなんでもお申しつけください。」
そう言って頭まで下げた彼女に、俺は疑うことしかできずに冷たい声を返した。
「大名の娘である君を、どう信じろと?」




