第五章 其の五
「それで、どうだったんだ?」
「まず私からお話しする前に、こちらの方がいる前でお話をしてしまっても構わないのでしょうか?」
「問題ない。信用できる友だ。」
「それは失礼いたしました。」
おそらく、配慮ゆえにだろう。宗馬をちらりと見ながら内容を話してしまっても問題ないか、と確認してくれたその男に頷けば、すぐに謝罪をされる。むしろ、人に聞かれてはまずい内容なのかとこちらが気になってしまうくらいだ。
心配になった俺をよそに、男は話を始めた。
「まず、鈴音殿についてはお察しの通り、すでにここを出て柊へと向かわれております。」
「やはりそうか。いつ頃かわかるか?」
「この地を出たのは、昨日のお昼頃になります。」
思ったよりも直近で安堵する。少なくともまだ柊には着いていないだろう。そうは思えど、日付が変わったことに気づいて僅かな焦りは滲む。
「そして次に柊の動きですが、すでに兵は集められており、こちらへと向かう手はずも整えられております。」
「なんだと!?」
これには宗馬が反応した。
「例の件についての釈明をするようにと帝からのお達しがあったというのに、それをせずに兵を動かしたというのか...!?」
「そのようです。そして、それと同時に杉の地でも兵が動員されております。そちらの目的地はおそらく都かと。」
「だとすれば、ついに杉の大名が帝に反旗を翻すつもり...だということか。」
言いながら宗馬がこちらを見たので、同意するように頷いた。
「そして、それに乗じて柊はここを目指す、というわけだな。」
今度は、俺の言葉に男が頷いた。
「そのように推察されます。そして、この考えはおそらく鈴音殿も同じだったのでしょう。ここを発つ前になるかと思われますが、こちらに文が寄越されていました。内容の一部をお伝えいたします。」
宗馬がいる手前だからか、男からある程度ぼかされた状態で聞いた内容はだいたい「柊と杉が組んで戦をしかけるつもりであること」「柊にいたこちらの兵の消息が掴めないこと」「それぞれの狙いが帝と俺である」ということだった。
「そして最後には、できるだけ時間を稼ぐので将軍様と協力し、万全の状態で挑んでほしいとのことでした。それから...」
内容としてはこれで終わりかと思えば、男がなにやら言い辛そうに口籠った。
「まだなにかあるのか?」
「......私が、ここに至急遣わされた理由でもあります。鈴音殿からの文には『できる限りを持って止める努力はしてみるから、もしもの時は後始末を頼みます』と。」
それを聞いて即座に立ち上がった俺の前に、素早くじいやが立ちはだかる。
「お待ちください。本当に柊が戦を仕掛けるつもりであるならば、備えをせねばなりません。」
「わかっている。だが!!」
「行ってこいよ。」
後ろからの声に振り向けば、宗馬が立ち上がるのが見えた。そして、こちらへと近づくと俺の肩に手をとん、と置いた。
「まったく、しょうがない奴だな。だが、そんなお前を見るのは珍しい。...なにか、訳があるんだな?」
「なにを仰るのですか、宗馬殿。そんなわけにはいかないと、貴方様が一番理解しておられましょう。」
「ああ。だから俺がここも守ってやるよ。もちろん、兵はお前のとこのを借りるがな。」
ぱちりと片目を閉じて軽快に言われたが、軽快に言っていいことではない、と口を開けて宗馬を見つめる。だが、宗馬がこのような場面で冗談を言う奴ではないことはわかっている。
だとすれば、それは本気だということで...
脳内で「いやいやまさか」と「本気であるならばありがたい」がせめぎ合い、混乱をきたす。
そんな俺を見ながら、宗馬がふっと笑った。
「まあ、まだ戦が本当に始まったわけでもないし、今なら将軍がいなかろうと問題ないだろうよ。」
「いや、問題あるだろう。」
思わず正論が口をついて出てしまえば、肩をすくめられる。
自分でももはや頭と想いを統一することができていない。
「俺は準備をするのも、言ってしまえば前線に立つのも。指揮系統だってやろうと思えばやれるんだぞ?お前のほうが得意だろうから任せているだけで。」
それはそうだろうな、と宗馬の言葉に内心で頷く。言った通りで、宗馬はやろうと思えばなんでもできるのだ。そもそもそうでなければ帝の近侍なんて務まりはしない。
「だから、後悔する前に行ってこい。」
笑みさえ浮かべて言われてしまい、ぐっと胸が熱くなる。
なんて言えばいいかわからずに俯いていれば、宗馬が口の端をあげながら揶揄うような口調へと転ずる。
「なんて言いはしたが、お前が俺を信用して任せられる...というのであればの話だがな。」
今度こそ、にかりとした意地の悪い笑顔で言われ、思わず吹き出した。
「俺がお前を信用していないと思っているのか?」
「どうだか。お前は滅多に心を見せないからな。」
ぐっと胸を突かれて、どこか詰るようにも言われたそれに顔を見合わせて同時に笑いあう。
「わかっているくせに。」
「いーや、わからないね。いつも仏頂面のお前のことなんて。」
「ひどい言われようだな。」
肩を竦めた俺は、すっと笑みを消して真っすぐに宗馬を見つめる。
「無責任と言われてもしょうがない。責は後でいくらでも負うと約束しよう。どうか、戦が始まるまででいい。......俺に、時間をくれ。」
「大丈夫だ。お前なら戦が始まる前に終わらせられると信じている。」
頭を下げて懇願した俺に、なんの疑いもなく差し出されたそれに、ふいに泣きそうになってしまった。
それを誤魔化すように、ぐっと握った拳を前へと突き出す。
「その、期待を裏切らないようにするためにも、尽力すると約束しよう。」
満足そうに頷いた宗馬が、俺の拳へと自身もつくった拳をとんと重ねた。




