第五章 其の四
「なるほどな」
屋敷へと戻り、じいやにも同席をしてもらいながら宗馬へと説明をすれば、苦そうな表情で頷かれる。
しかし、次に繰り出されたのは呆れてしまうほどにありえない問いだった。
「なあ、こうは考えられないのか?柊の間者としてここにいたが、柊と正面切っての対立になりそうだったから帰った...とか。」
「お前はまだ疑っていたのか?」
もはや頭が痛くなり、はあ...とため息を吐いて横目で宗馬を見やる。宗馬は肩を竦めながら、まあまあと俺を宥めようとする。
「怒るなよ。あくまで可能性のひとつとして、だ。あらゆる可能性を考えて動かなければ足元を掬われるぞ。お前はきちんと感情と物事を切り離して考えられる奴だっただろう。」
どうしてしまったんだ...とでも言いたげな瞳に、俺は苛立ち紛れに睨みつけた。
本当は今すぐにでも真実を確かめに行きたいのに、我慢して準備をしているのだ。それができるだけ冷静な方だろうと言ってやりたい。
「...言おうかどうか、迷っていた。」
そんな俺に、宗馬は言い辛そうに言葉を紡いだ。まだなにかあるのか、とがくりと俺は肩を落とす。
「帝に命じられて、鈴音殿について調べていた時があったんだ。あれは、お前が柊から帰ってきて......そうだ。新年の宴の後くらいだ。」
初めて知る事実に、俺は眉を顰めた。まさか帝が鈴音を調べていたなど思ってもみなかったからだ。
「理由としては、お前のそばに得体のしれない女がいたから信用できるかどうかを調べてほしい、ということだった。」
「お前、そんなことをこのように話していいのか?」
「かまわない。言いふらしたりしないだろう?それに、帝からもお前に言うな、なんて命令はされていないしな。」
心配になって尋ねてみれば、軽く返されてひとまず安堵する。
本当に大丈夫なのかどうかはさておき、帝も駄目なことなら駄目だときちんというだろうと適当に己を納得させる。
「その時に、まだ柊との交流があるように見えたんだ。」
こちらの胸中も知らずに続けられた言葉に、とくに疑念を抱くことなく頷いた。宗馬が言っている柊との交流、というのはあちらの動向を監視するために、柊に滞在している協力者とのやり取りのことだろうと思われたから。
そして、それらについてはある程度報告もなされていた。だから俺が今の話で気になったのはそこではなく、帝が鈴音のことを認識していることだ。
「俺としては、鈴音について調査をしたことのほうが気になる。鈴音のことを話したのか?」
「まさか。そもそも帝から聞かれたのは、新年の宴の後でそこで調査した結果、柊の大名のもとで仕えていたと知ってお前のところに確認に行ったんだ。」
宗馬が首を振りながら、あの日のことを覚えているだろう?と否定する。あの日、宗馬がうちに来た真相を明かされて、なるほどそういうことだったのか、と今さらながらに腑に落ちた。
「もちろん、その後に知ったことについては誰にも話してはいない。」
「まあ、そうだろうな。」
宗馬は一見、口が軽そうに思われがちだが、約束事などはかたくなに守り続けるような奴だ。そういった心配などしたこともない。
改めて、己の頭の中を整理する。
新年の宴の後ならば、あのとき帝が見ていた先は鈴音だった...ということだろうか。しかし、それまでに面識などなかったはず。声をかければなにもなかったかのように振る舞っていたはずだ。
あの日の記憶を細かく手繰り寄せようとして、俺は早々に辞めた。今は別のことが優先だ。もちろん気にならないわけではないが、やるべきことが多すぎてなぜ己の身はひとつしかないのだろう...と詮無いことを考える。
「じいや。甚からの返事は?」
「それが...」
俺からの質問にじいやが口を開きかけたとき、外からばたばたと騒がしい足音が聞こえた。そしてすぐに外から声がかけられる。
「なんの用だ?今は大切な話をしているから後にしてくれ。」
「申し訳ありません。ですが、鍛冶師の方がいらしています。」
早口で告げられた用件に、俺はすぐさま立ち上がって襖を開けた。そして、出迎えようと踏み出した足は、新たに聞こえた声にすぐに立ち止まることになる。
「主人からの命により、至急お伝えしたいことがありまして参りました。突然のご訪問となりましたこと、お許しください。」
視線を向けた先でゆるりと頭を下げて見せた男は、たしか甚のところで何回か見かけたことがある。丁寧さを装ってはいるものの、遠慮のなさも現れていてあの甚のもとにいる人間だとわかってしまう。
また今度、文句の一つでも言ってやろうと頭の片隅で思いながらも、俺はその人を迎え入れた。
「まったくだ。だが、今は歓迎しよう。俺からの便りについて返事を持ってきてくれたのだろう?」
報せてくれた者には下がるように命じながら、その男を中へと招く。
じいやはなにも言わずに突然の訪問者のために場所を開けたが、その瞳はやれやれ...といった呆れを物語っていた。反対に、宗馬は見知らぬ男が現れたことに目を瞬かせ、どうしていいかわからないというように肩を揺らしていた。




