第五章 其の三
「それで?どうだったんだ?」
俺の前で平伏した直影に、冷たい声で問いかけた。直影はそのまま申し訳なさそうに報告をする。
「それが...町で見かけた者もおらず、行方は掴めませんでした。」
「この地を出ていない可能性は?」
「...申し訳ありません。」
体勢を戻し、項垂れた様子になにも掴めなかったのだということを実感する。直影ほどの人物であってもその行方を掴ませないとなると、鈴音はそれを予想して動いていたということだろう。足跡ひとつ掴ませないとはどうなっているんだと眉間のしわを深くした。
こういうときのためにとつけていたのに、まったく役に立たないどころか、鈴音のほうが何枚も上手であることをこんな形で知りたくはなかった。
「仕方ない。」
俺は諦めて直影に下がるようにと手を振れば、すぐに頭を下げて音もなく立ち去る。その背中を見送った俺はじいやへと向きなおれば、こちらもさっと頭を下げた。
「甚に調べさせろ。」
「すぐに人を遣わせます。」
頷いた俺に、じいやもそのままさっと姿を消した。
そうしてひとりとなった空間で、最後に会ったときのことを思い返す。
とくに変わった様子もなく、いつものようにたわいない話をしていたはずだった。しかし、鈴音のことだから事前になにかしらの情報を掴んで動いた、という可能性もある。とくに、柊のこととなれば罪悪感を抱いてどうにかしようと思い詰めてしまった可能性が高い。
しかし、だとすれば余計に募るのは自分に対する情けなさばかりだった。
「また、なにも話しては、くれないのだな。」
ばたりと後ろに倒れこみ、顔に腕を乗せる。
今までも、聞きたくてもずっと聞けなかったことはたくさんある。甚と会った日のこと。ふとした瞬間に見せる苦痛に歪んだ表情の理由。柊があれほどまでに執着する理由。柊でいったいどんなことをしていたのか。聞けば遠のいてしまうとわかっていたから聞かずに我慢していた。ただ側にいてほしい。そんな愚かな願いを抱いていた俺は、そこにあればなんでもよかったはずだった。今となってはなにが正解だったのかわからない。
どうすればいいのか。
どうすればよかったのだろうか。
後悔するたびにそんな思いが浮かんでは消えていく。
今までは、ただ諦めてなにもしてこなかった。だが、こうなってしまった今、強く湧き上がるのは絶対に失いたくないという感情だけだった。そう思えるほどに大切でしようがないのだ。...ならば、行動しなければ。
よし、と気合を入れるように手のひらをじっと見つめて、握りこむ。
鈴音はきっと柊へ向かったのだろう。
確信にも近い俺の勘がそう告げている。これまでは、鈴音に柊をどうこうするつもりがないと思っていたために、こちらもなるべく穏便に済ませようと考えていた。しかし、逆に鈴音のいない今であれば事を構えようと一向にかまわない。
そこまで考えてしまってから、ふと心が軽くなったのを感じた。そうだ。それが一番手っ取り早いではないか。それに、そういった伝言を残していったということは、鈴音の意思でもあるということだろう...と自分に都合のいいように解釈をすることにする。
すくりと立ち上がった俺は、軽い足取りですぐに目的地へと向けて歩き出した。
そうして辿り着いた先で、俺は呆れた表情をした宗馬と向き合っていた。
「なんだって突然こんな夜更けに来たんだ?」
「帝に伝えてほしいことがあってな。」
さっきまで眠っていたのか、どこかぼんやりとしている宗馬に申し訳なく思いながらも、今じゃなければ伝えることができないと思い、手短に用件だけを伝える。
「これから柊と事を構えるつもりだ。最悪、柊の大名を斬る。理由は...そうだな、噓をついて俺を陥れようとした、とでも言っておいてくれ。」
伝え終わるや否や、くるりと踵を返した俺を宗馬が慌てて止める。
「待て!待て待て待て!自分がなにを言ってるのかわかっているのか!?なにがあったのか知らないが落ち着け!」
「俺は冷静だ。ああ、帝に告げるのは明日がいいかもしれない。」
「お前、それは事後報告にするつもりか!?」
強い力で腕を引かれて、仕方なく振り向けば眉を吊り上げた宗馬と目が合った。
先ほどまでの眠そうな雰囲気が消えて、どちらかというと怒りにも似た感情が窺える。
「急いでいるんだ。放してくれ。」
「だから、まずはその急いでいる理由とやらを話してみろ。」
行かせないぞ、と未だ強くつかまれた腕に俺は顔を顰める。しばらく無言での攻防が続くも、振りほどくことができずに諦める。しかし、こちらとしても譲りたくはなかったので、わざと嫌がることを言って見せた。
「わかった。だが、やらなければいけないことも山積みでな。俺の屋敷までともに来てくれ。」
「いいだろう。」
「いいのか?」
まさか即答で了承されるとは思わず、驚きのままに問えば真剣な表情で返された。
「それほどまでに切迫しているんだろう?ならば構わない。」
そういってするりと腕をほどき、俺より先に宗馬は歩き出した。




