第五章 其の一
あれからまた時は過ぎて、季節は冬へと差し掛かろうかという頃。
事は起きた。
「鈴音がいない?」
「はい。しばし出かける、とだけ言いおいて未だ戻っておりません。」
深刻そうな顔をされて言われたからなにかと思えば、今までにも何度もあったことで安心する。
「今までにもそういったことはあっただろう。いつものようにそのうち戻ってくるさ。」
止めていた手を再度動かしながらなんだと脱力すれば、横にいたじいやが険しい表情を崩さずに首を振った。
「私も確認しましたが、鈴音殿にお与えになった部屋から物が消えております。それに、姿を消す前に他のもの数名に伝言のようなことをお話しされていたようです。」
「どういうことだ?」
今までとは異なる様子に、さしもの俺も問わずにはいられなかった。ようやくまともにとりあう姿勢を見せた俺に、じいやはひとつ頷いてから経緯を話してくれた。
話を聞けば、どうやら鈴音が厨房の女中にしばし出かける旨と、うちの兵のひとりに渡すようにと紙を渡していなくなったらしい。そして紙を受け取った兵がそのままじいやへとそれを報告し、内容を読んだじいやが慌てて確認をしにいけば、もぬけの空であった部屋を目撃したというわけだ。
今は、その紙が俺の手元にある。
そこに書かれた内容に、俺は眉根を寄せた。
「これは...」
「間違いなく戦への備え、でしょうな。」
必要になったら使ってほしい、と書かれたそれをざっと確認する。
どこに、どういった物資が保管されているのか。どこそこにいるだれに文を出してもらえればすぐに対応ができる人、そして柊が用いるであろう戦法...などなど。かなり詳細に記されたそれに指を這わせる。
ちらりとじいやを見れば、無言で頷かれて考えは同じであることを確かめる。
「消えた物、というのはすべてか?」
「消えた...と表現はしましたが、旦那様がお贈りになったものたちなど、こちらで用意されたものはすべて残っております。おそらく、こちらに来る際に持ち込んだもの、あるいは鈴音殿ご自身が購入されていた薬草などが消えております。」
それならば、いなくなったと結論付けるのは尚早ではないだろうかと悩む。
出先でそれらが必要だったというだけ、という見方も可能ではあるはずなのに、そういった見解に至らなかった理由が欲しいと俺が顔を上げれば、じいやは隣の男と顔を見合わせた。
「鈴音殿につけていた警備の者が、書斎にて眠らされておりました。」
「配下の者の不始末は、この身にて償います。」
がばりとひれ伏した男へと、気にするなとひらり手を振る。
甚とのあの日以来、鈴音は嫌がったが常にそばを守る者をつけるようにした。
学もあるので屋敷内では補佐として使えばいいし、外へと出るときは腕がたつので守らせればいいと説き伏せて、なんとか受け入れてもらっていたが、まさかこうも容易く離されるとは。
「なにをしているんだ、あいつは...」
思わず頭を抱えて唸る。これではなんのためにつけたのかわからないではないか。
しかし、そのことを今嘆いたところで現状が変わるわけでもなく、警備の者もきちんと己の役目を果たそうとしていたことはわかるために、責めるようなこともできない。
「最後に鈴音を見たのはいつだ?」
「厨房の者たちとの接触が最後のはずですので...おそらく、昨日の夕刻あたりかと。」
「ん?待て、昨日の?」
「はい。昨日です。」
「もっと早くに言ってくれ...」
そうは言ってしまったものの、今朝は俺が城内から呼び出しがあったために、そちらへと向かう準備で忙しくしていたのが原因だろうと思いなおす。
「馬は?」
「おりませんでした。」
鈴音がこちらに来た際に乗っていた馬は、そのままこちらで面倒を見るようになっていた。
行動範囲を探るためにした質問だったものの、これでますますその行先は見当が難しいものとなった。馬を使って一日走ったのだとすれば、かなり遠くまで行けるだろう。
「直影を呼び戻せ。おそらく鈴音はもう町中にはいないだろう。」
「承知致しました。」
男が即座に頷いて退室する。
ここまでくれば、さすがの俺でも深刻に捉えざるを得なくなった。その理由として、少し前に柊の大名によって行われた宣言があったからだ。
帝や各役職が集うような場で、「実は深鈴は無理やり俺に連れていかれ、脅迫されていたために今まで本当のことを言えなかったが、杉の支援もあって立ち向かうことにした」とのたまってくれた柊の大名を思い出すだけで苛立ちが募る。
当時、馬鹿げた茶番に鼻を鳴らすだけで相手にしなかった俺に、帝から『そうではないというのであれば、きちんと反論するなりその証拠を出すなりして身の潔白を示しなさい。』とめんどくさいお達しが出されてしまった。
そうして俺は話せない一部を除いて、わざわざ大衆に向けて一から説明をする羽目になったのだ。




