第四章 其の九
話題に上ることもなく、改めて聞くほどに気になっていたわけでもなかったため忘れていた。だが、今こうして刀をその手に持つ姿を見て頭に浮かんだ疑問をそのまま投げつければ、鈴音はその肩をぴくりと震わせた。
「どの、程度...」
言いづらいことなのか、言葉は続かずに沈黙が流れる。
「そんなもの、実際に振ってみればわかるだろう。」
急かすこともせずにじっと待っていた俺の後ろから、唐突に声が聞こえて振りかえる。
いつの間にかそこには甚がいて、その手には刀が握られていた。
目敏くそれに気づいて警戒した俺に、甚は見透かしたように言い訳を口にした。
「いつまで経っても戻ってこないから、様子を見に来ただけだ。まだ夏の終わりとはいえ、ここの夜は冷えるからな。」
言われて俺は、肌を刺す冷たい空気を認識した。俺からすると寒さなんて慣れきってしまっていたから気づかなかった。
それを思い出した俺は、慌てて鈴音へと確認する。
「すまない。いつまでも話し過ぎた。冷えていないか?すぐに中に戻ろう。」
さあ、と促そうとした俺を甚は止めた。
「ちょうどいいじゃないか。動いていれば暖かくなるだろうよ。」
「駄目だ。そんな危ないことをさせるわけにはいかない。」
「旦那、なにも殺し合えとまでは言っとらん。ただ兵と模擬戦をするように刀を交えればいい。」
呆れたように言う甚に、それでも俺は頷かなかった。手合わせだろうとなんだろうと、鈴音にはそんなことをさせたくはない。そもそも、先ほどは勝手に聞いてこいみたいに俺を送り出しておいてなんなんだと心はささくれ立つ。
睨みあうように牽制をしていれば、鈴音が口を挟んだ。
「どうして、そこまで気になるのでしょうか?私が刀を扱えても、扱えなくても、守隆様には関係がないことではありませんか?」
「関係あるさ。旦那は将軍という役割を担っている。命を狙われることなんざざらにある。そんな旦那のそばにいる鈴音殿が、自分の身も守れずに旦那の足手纏いになってみろ。それで旦那が命を落とすようなことがあってはならん。」
甚のその言葉に痛みを覚えたのは、鈴音ではなく俺だった。
この地位についていれば、自然と恨みを買うことは多くなる。それほど多くないと思ってはいるが、命を狙われたことだって幾度となくあった。それは、俺のまわりにいる者たちへももちろん被害は及んでいる。
ゆえに、あの屋敷に置いている者はごく少数で、腕の立つものやそれでもと覚悟を決めて頑として去らなかった者たちだ。俺は、そのことを忘れてなにも考えずに鈴音をあそこに置いた。
そのことが、今になって鋭い矢となって俺の胸を抉る。
「甚、それは俺が軽率だった。なにも考えずに、鈴音をそばに置いた。」
「鈴音殿は旦那をきちんと将軍と認識している。それなのに、それに考えが至らなかったとは言わせん。」
「甚、落ち着け。鈴音、すまないが先に中へ戻っていろ。俺たちは話をしてから...」
このままではきちんと話ができないだろうと、なんとか甚を落ち着かせようとした俺を、言い終わる前に鈴音が首を振って止める。
「かまいません。......愛されておいでなのですね。」
勝手なことを言うなと怒ってもいいはずなのに、なぜかふわりと微笑む。そして甚へと向き直り、真正面からその剣呑な瞳を受け止めた。
「将軍様の御身が、常に危険と隣り合わせであることは承知しております。もし、足手纏いになるようなときがあれば迷わず自決致しますので、どうぞご安心くださいませ。」
「ふざけるな。そのようなことを俺が許すとでも?」
鈴音の言葉に、ばっとその手首を強い力で掴んでしまう。しかし、ちらりと自身の手首を見た鈴音は、毅然とした態度で俺のことを跳ね返した。
「許す、許さないの問題ではありません。それに、私は将軍様のもとでお世話になると決めたときから、絶対に足手纏いになるような存在にはならないと、覚悟を決めております。」
がん、と頭を殴られたかのような衝撃に眩暈を覚える。
なにも考えていなかった俺とは違い、鈴音はここにいることで生じるであろう出来事についての覚悟を、とっくに持っていたという。口を震わせて顔を歪めた俺に、鈴音は困ったように苦笑した。
「勘違いなさらないでください。将軍様にいっさいの非はございません。ただ、私がそうしたかったのです。それに、あのお屋敷で皆様と過ごしているうちに、その思いは強くなりました。」
俺の手に、そっと自身の手を重ねてあくまで柔らかに言葉を続けた。
「将軍様は、私が役に立つと思ったから連れてきてくださったのでしょう?それならば、如何様にも役立ててくださいませ。私はそのためだけに、ここにいるのです。」
そうして外された手に、俺はただ茫然と立ち尽くすしかなかった。
ずっと、そう思われていたのだろうか。役に立たなければいけない、役に立てなければここにいる意味はないと。それも、自身の命を使ってでもという覚悟を持って。
「たいしたもんだな。だが、口だけではなんとでも言えよう。」
「信じていただかなくともかまいません。この覚悟が伝わらずとも、私はそう致します。それとも、安心できるなにかが欲しい、ということでしたら...そうですね、今ここで毒でも煽りましょうか?」




