第四章 其の七
「なぜそんな化け物に遭遇したかのような目で見る。」
「すまん。旦那が気持ち悪くて...」
「おい。」
謝りながらもさらに失礼なことを言われ、思わずじとりと睨む。
さっきからなんなんだと応酬していれば、横からくすくすと笑う声が聞こえた。
「なんだ?鈴音も俺のことが気持ち悪いとでも?」
「いえ、申し訳ありません。ずいぶんと、守隆様と仲がよろしいのだと思いまして。」
なおもふふっと笑いながら言われたそれに、俺と甚が顔を見合わせる。
「まあ、それなりに付き合いは長いからな。」
「そうだな。旦那のことはこれくらい小さな頃から知っとるからな。息子のように可愛いもんだ。」
同時に答えるような形となったが、俺の耳はしっかりと甚の言葉を聞き逃さなかった。
甚、お前もか。じいやといい、甚といい、俺の周りはいくつになっても俺を子ども扱いして困る。
ついには「旦那の若い頃は~」なんて幼い頃の話をし出してしまい、頭を抱える。
俺としてはたまったものではないのだが、楽しそうにその話を聞く鈴音に止めろということもできず。いい関係を築けそうだという思いと、本当にこれでよかったのだろうかという後悔がせめぎ合い、俺はため息をそっと吐き出すことしかできなかった。
「もうそれぐらいでいいだろう。」
いつまでも話を続ける甚に、さすがにこれ以上は俺がいたたまれないと止める。
「まだまだ旦那の可愛いところはこんなもんじゃないぞ?」
「やめてくれ、恥ずかしい。だいたい鈴音も興味ないだろう。」
「どうしてですか?私はもっと守隆様のお話を聞きたいと思っております。いつも将軍様には困っているのです。ですので、将軍様に対抗できるようなお話であれば、なお嬉しく思います。」
「はははっ、そうかそうか。さっきまでのこともそうだが、旦那はずいぶんと鈴音殿のことを好いているらしい。どうか致し方ない、と受け入れてやってくれ。」
好き勝手言ってくれる甚にとうとう耐えられなくなり、顔の半分を手で覆う。
「ほんとうに、やめてくれ...」
消え入りそうな声に、鈴音が満足そうに笑うのがわかった。
「本日はとてもよいお話が聞けましたので、近頃の将軍様のことは水に流そうと思います。」
「ああ、それはどうも...」
嬉しいはずなのに手放しに喜べず、味方のいない俺は遠い目をしながらそう言うことしかできなかった。
「旦那、今日は泊まっていくか?」
あれから話題は別へと移り、飯まで厄介になっているとそう聞かれる。
「今から山を下りるのは大変だろう。それに、鈴音殿もなにやら話したいことがありそうだしな。」
長く居すぎて外はすでに薄暗く、さてどうしようかと考えていれば、甚がちらりと鈴音を見ながら付け加えられた言葉に、俺も鈴音を見る。
「よく、お分かりになりましたね。以前の柊の地での共有と、今後のご相談をさせていただきたいと思っておりました。」
ふたりに見つめられた鈴音はひとつ頷いて肯定する。
どうやら相談をしたい、と思えるほどに信用してもらえたようでほっとする。
「ならば世話になるとしよう。」
俺もそれに頷き返した。
すると甚は嬉しそうに、にやりと口角を上げる。
「なら、ここには足りないものがある。」
「なにを言っている。別に話し合いに足りないものなど...」
「それは酒だ!」
どんっと、どこから出したのか酒瓶が打ち付けられて、呆れて声も出ない。鈴音も呆気にとられてぱちぱちと瞬きを繰り返す。
「夜は長いんだ。少しぶっ飛んでるくらいがちょうどいいさ。」
とくとくと枡に注ぎ込んでぐいと傾ける。豪快なその様は、見ていて気持ちいいものではあるが、今から真剣な話をしようとしているような者がする行為ではない。鈴音の話を聞くつもりがないのでは?と思うほどだ。
「おい。」
「そんな怖い顔をせんでくれ、半分は冗談だ。だが少しは飲むといい。堅苦しい話なんぞ生真面目に話したところで光明は見えんよ。」
馬鹿にするわけでもなく、不真面目なわけでもなく、ただ本当にそう思っているのだという声音に、それ以上なにかを言う気にはなれなかった。鈴音も思うところはあったのか、なにも言わずに「それでは」と静かに話を始めた。
そこからは夜遅くまでこれからのことについて話し合ったりした。
ある程度話し終えたかという頃に、甚は徐に立ち上がり「ちょっと待ってな」とだけ言って隣の部屋へと姿を消す。
「...鈴音。今後は俺が居なくとも甚とやり取りをしてもらって構わない。」
「よろしいのですか?将軍様にとって不利益となるようなことに利用するかもしれませんよ?」
「そんなことはしないとわかっている。」
はっきりと、即座に否定すれば居心地悪そうに視線は逸らされる。
まさか本気だったのだろうか?と狼狽える。そんな反応をされると思わずにただ困惑していれば、甚が戻ってきた。
「...なんだ、どうした?」
「いや、なんでもない。」
瞬時に俺たちの間に漂う異様な空気に気づいて首を傾げられるも、俺はそれよりその手に握られていたものに気を取られた。じっとそれを見つめていれば、座りなおした甚が鈴音をまっすぐに見据えた。
「これを、鈴音殿に。」
そう言った甚は、小柄なそれを鈴音の前にそっと差し出した。




