第四章 其の四
自分でも、すぅっと頭が冷えるのを感じる。
「なぜ、その見解に至ったのかを聞いてもいいか?」
「そ、れは...」
なぜかひどく狼狽えたその様子に、ある種の確信も相まって畳みかけた。
「あの地でなにを見、なにを聞いた。」
俯いてしまったその顔を、無遠慮に掴んで無理やり視線を合わせる。
眉を寄せ、固く結ばれた口は「言うことはできない」という意思の表れだろうか。
「鈴音。」
静かに、けれどもどこか強引さを含ませた声音で問えば、鈴音は観念したように瞼を閉じた。
「過去、将軍様のもとにいた男で蔵山という名の人物にお心当たりはありますか?」
鈴音が口にした名に、俺は愕然とした。
「なぜ...鈴音がその名を知っている。」
「あの方が今、柊の大名のもとにおります。他の者にも確認をとりましたが、間違いなく本人であるとのことでした。」
「じいや!」
言い終えるよりも早く、ばっと立ち上がり部屋を出ようとした俺の袖を鈴音が掴んだ。
「お待ちください!今動いたとしてどうなさるおつもりですか!?」
「捕らえるに決まっているだろう!あいつだけは生かしておけない!!」
「だからといって大名のもとへと赴いて、強引に探し回るというのですか?そんなことをすればあちらの思う壺です!」
「知ったことではない!」
「なりません!」
わあわあと言い合いをしていると、ばたばたとじいやが焦ったように現れる。そして、いきり立つ俺に縋りつく鈴音を順にみて目を丸くする。
「いったい何事ですか?」
「蔵山が柊にいるらしい。すぐに仕留めて...」
「事情はわかりました。ですが落ち着いてくださいませ。今、衝動のままに動いては逃してしまいます。きちんと、確実に捕らえられるように備えてからでないといけません。」
ぐっと肩を掴み、冷静になれと無理やり座らされる。ふたりの言い分もわかるが、かといってぐつぐつと煮立ってしまったこの心は落ち着いてはくれない。
「鈴音殿、いったいどのようなお話をされたのですか。」
俺に聞いてもまともな会話ができないと思ったのだろう。じいやは鈴音へと説明を求めた。
ひと通り事情を話し終えた後、じいやは鈴音に頭を下げた。
「そうでしたか、突然のことで驚かれたでしょう。旦那様が申し訳ありません。」
「いえ、私は大丈夫です。」
今だ心は落ち着かないものの、ふたりのやり取りには気まずさを感じてしまう。ちらりと鈴音を見やれば、ばっちりと目が合ってしまい申し訳なさで項垂れた。
「鈴音殿、蔵山をいったいどちらでお見かけになったのですか?」
「柊の地で開かれていた反帝派の集まりです。」
「...まさかとは思いますが、鈴音殿自身がその集まりに参加したわけではありませんよね?」
言い逃れは許さないと言わんばかりの気迫でじいやは鈴音へと詰め寄る。それに、鈴音はしばらく目を泳がせていたものの、逃げられないと悟ったのか小さく答えた。
「...............参加、しました。」
「なんてことを。」
じいやは額に手をやって、大きくため息を吐いた。
「今は表立って荒事を起こしたりはしておりませんが、あの者たちは元来気性が荒く、常に争いごとを望んでいるような者たちです。そんな者たちの中に紛れるなど、今後はいかなる理由があろうともされてはなりません。」
自身への諫言に、ふいっとそっぽを向いて視線を逸らした鈴音に、じいやは釘を刺した。
「鈴音殿、私は心配しているのです。今回のように自身を危険に晒し、いつか怪我を負ってしまうのでは...と。どうかお約束ください。」
「..................善処...します。」
肯定はできず、かといって否定もできなかったようで、なんとか絞り出されたそれに俺も苦笑するしかなかった。
「じいやが言ったことは俺も常々思っている。どうか自分を危険に晒すような真似は控えてくれるとありがたい。心配でどうにかなりそうだ。」
「それは、私も同じです。将軍様や実様が怪我をするようなことは願っておりません。どうかご自身を大切にしてください。」
俺の身を案じた言葉に、じいやとふたり目を見張る。
俺としてはだれよりも最前に立って動くことが当たり前だった。それは俺が将軍であることを知っている者は皆がそうであるし、そうあるべきなのだから怪我をしないことのほうがおかしいと俺も思っている。だというのに、普通の人たちではなにげなく交わされるそれを、鈴音は躊躇いなく俺にも差し出した。
そうして俺は顔をぐっと歪めてしまう。
これなのだ。このような場面に遭遇するたびに俺の心はいとも容易く落ちてゆく。
ごほん、と大きめの咳払いが聞こえてそちらを見る。
じいやがなんとも言えない表情でこちらを見ていたが、放っておけと念じればこくりとひとつ頷いて自身の意思を主張した。
「旦那様、ずいぶんと落ち着かれたようですので私はひとまず失礼いたします。おふたりできちんとお話をされた後に、必要であれば私をお呼びください。」
「...」
「なにか?」
「いや。そうだな、また後日でいい。」
いつからだろう。こういった場で自身が混ざることなく鈴音に任せてしまうようになったのは。
鈴音も初めのころは必ずじいやを伴うようにしていたというのに、今やなにも問題はないと落ち着いた表情で影に徹している。
しかし、気にしてはいたのかじいやが去った後に心配そうに聞かれた。
「よろしかったのですか?実様にも聞いていただいた方がよかったのではないでしょうか。」
「かまわない。まずは君と話をしよう。」




