第四章 其の三
「遅かったな。」
門の前で待ち構えていた俺に、鈴音はわかりやすく狼狽えた。
「た、だいま...戻りました...。」
「無事なようでなりよりだ。」
くい、と顎でついてくるように示しながら踵を返す。これ以上向き合っていては、感情のままになにもかもを問いただしてしまいそうだった。もちろん後で聞くことはするが、感情のままにぶつけてしまってはいけないだろう...となんとか己を自制しながら無言で廊下を突き進み続けた。
途中でちらりと後ろを覗えば、長いこと外に出ていた影響だろうか。鈴音はどこか疲れているように見えた。
いつもの書斎へとたどり着き、鈴音を座らせてから俺も腰を下ろす。
「疲れているように見えるが、大丈夫か?」
「はい。問題ありません。」
「...そうか。ならばこのまま話を続ける。あちらでなにをしていた?」
三日で戻る、と聞いていたのだ。それなのに三日が過ぎても戻らず、毎日門前で待ち続けた。そんな俺に珍しくじいやはなにも言わず、ここ数日は仕事もほとんど手つかずとなってしまった。
そのことも相まってか、意図せず冷たくなってしまった物言いに、鈴音がぐっと拳を握りしめたのがわかった。
「あちらの...柊の屋敷に協力者がおりますので、その者から大名の動きや領地での出来事を聞いておりました。」
「よくない動きがあった、と言っていたそうだな。それの確認か?」
「はい。近頃武器を集めている、という報せは届いていたのですが、少し前に杉の大名とお会いになったと聞きましたので、それらの仔細を確認しに行きました。」
話してもらえないのではないか、という心配をよそにあっさりと明かされた内容に、驚きつつも頭の中で整理をする。
武器を、集めている。
たしかに妙ではある。とはいえ、もとはといえば俺とのつながりを欲していたのも兵力が理由だったために、そこまで警戒をするほどの内容ではないように感じられる。武器を集めている、というだけなのであれば、俺との取引が満足のいく結果とならなかったゆえに別の道を探していると取れるが、鈴音は「杉の大名」という言葉を口にした。
「杉の大名は、やはり反帝派なのか?」
質問、というよりかは確信を得るための確認に、鈴音は目を見張りつつ頷いた。
「ご存じでしたか。将軍様の仰る通り、杉の大名は表向きは中立ですが、裏では反帝派の中心人物のひとりです。」
「そうか。」
風の噂で聞いただけのそれが、今になって断定される形となり頭を抱えた。鈴音も言ったように、中立として確固たる立場をものにする杉は、帝とも親しくしていたためにまさかと笑い飛ばしていたのだ。それが、まさか反帝派の中心人物とまで言われる人だとは。かの地が敵対するとなるとかなり厄介なことになる。
「その情報は確かなものなのか?」
「はい、間違いありません。」
「わかった。だが、そうだったとしても杉の大名に会ったからといってそこまで警戒するのは早計ではないのか?」
俺の言葉に、鈴音は考える仕草を見せる。鈴音が懸念していることを理解できないわけではないが、わざわざ危険を冒してまで柊に足を運ぶほどだったのか、そこが疑問だった。
どう説明すべきかを悩んでいるのが見て取れたため大人しく待っていれば、問いに対する答えではなくまずは俺に質問をした。
「もともと、柊の大名が武力を持たない理由をご存じですか?」
その問いに、俺は首を横に振る。
考えてみれば不思議なことではある。豊かな土地であるのならばそれに伴った兵力を有していても本来はおかしくない。しかし、兵力を持つことなく俺を頼ろうとした。集めようとすれば困難でもないはずなのに。だが、それは今に始まったことではなく、先代大名の頃よりそういった話は聞いたことがない。
ふむ...と考え込んでいた俺に、鈴音はその理由を教えてくれる。
「理由としては、あの土地が豊かすぎるがゆえとなります。資源の潤う土地が武力を持てば必然と強くなります。それを先帝が危惧し、武力を持たないように密かに命を下されたのです。その代わり、有事の際は帝直属の兵たちが遣わされるという条件を出すことで、反発する柊を抑え込まれました。」
そう、だったのか。
先帝がどのようなお人だったのかは、あまり覚えていない。それでもなんとなくそういうことをしてしまえるお人なのだろうなと納得はできてしまう。実の息子でさえ己の駒としか認識していないようなお人だった。
「今の帝からそのことについてなにかお話があったのであれば、状況は変わります。ですが、そもそも現大名はこのことを知りません。ゆえに大名から帝にそのお話をすることはありえませんし、おそらく帝も武力を持たれることに良い思いはされないのではないかと思いましたので、どういった意図のもとで行われたのかを確認したかったのです。」
「そうだな。暁月はそもそもだれであっても武力を持つことにいい顔をしない。だから、帝から話をすることもないだろう、と。」
じっと鈴音を見て言えば、こくりと肯定される。
鈴音が言いたいことが理解できたところで、次に聞くべきことを口にする。
「それで、その意図とやらは知れたのか?」
その回答次第ではこちらも早急に動かなければと結論を促せば、予想外にも鈴音は首を横に振った。
「杉の大名と会ったこと、反帝派の集まりが頻繁に開かれていること...これらを思えば、帝への反逆の準備と捉えられましたが、話の内容から......。」
途中で口籠った鈴音は、迷うように揺れる瞳でこちらを見つめた。
「将軍様に対して仕掛けようと、動いている可能性があるのでは、と...。」




