第三章 其の五
来客があったと聞いて赴いてみれば、そこにいた人物はひらりと手を挙げる。
「久しぶりだな。」
予想だにしていなかった来訪に、驚きと呆れが入り混じる。
「いきなりどうしたんだ?」
「ここ最近、あまりゆっくり話せていなかったからな。」
中へと招いてやりながら問いかけた俺に、宗馬は手に持っていた瓶を掲げて得意げに笑う。その笑顔に、こちらもふっと笑いながら仕方のないやつだと許してしまいつつ、棘は刺してしまう。
「次からは事前に知らせてくれるとありがたいものだな。」
「それは、すまないな。唐突にお前の顔が浮かんだんだ。」
部屋へと案内して、腰を下ろしながら言われた宗馬の様子に首を傾げる。
「なにかあったのか?」
「まあな。」
肩をすくめてそう言ったきり、黙り込んでしまう。そういえば、新年のときもなにか言いたそうにしていたなと思い出されるも、まずは使用人たちへと食事を運んでもらえるように言付けていれば、そんな俺を見ながら宗馬がようやく口を開いた。
「あのとき......新年の宴でいた娘は今日はいないのか?」
唐突に出た鈴音の話に不思議に思いつつ、そういえばまだ紹介したことがなかったなと気づいて、鈴音も呼んでもらうように頼むことにした。
ほどなくして鈴音が姿を見せる。
「お待たせいたしました。どのようなご用件でしょうか?」
先ほどまでの気まずい様子は見受けられず、ひとまずほっとする。
だが、そんな安心も束の間。
鈴音が顔を上げたその瞬間に、宗馬はあろうことか刀を抜き放ち、その喉元に突きつけた。
「宗馬!!」
反射でその腕を掴むも、引くつもりがないようで微動だにしなかった。
対して、鈴音も動じずにただ静かに宗馬を見つめ返すだけだった。
「ほう。随分と度胸があるようだな。いや、それぐらい肝が据わっていなければ間者などできないか?」
冷たく見下ろしながら低く発された内容に、なぜそのことを知っているのかと驚いてしまう。いや、今は驚いている場合ではないと即座に己を叱咤する。
「やめろ、宗馬。その件は俺も知っている。」
「はあ!?」
とんでもない勢いでこちらを振り返り、とてつもなく驚かれる。
驚きたいのはこちらのほうだ!と内心で思いながら、刀を下げさせようと宗馬と揉めていれば、横から冷静な声が割って入る。
「あの、もうそろそろよろしいでしょうか?」
ふたりで視線を下に向ければ、宗馬から向けられた刀を素手で掴み、呆れたような顔をする鈴音がいた。
「宗馬、これ以上俺の屋敷で勝手なことをするな。」
冷静さを取り戻し宗馬の手首を強く掴めば、舌打ちをしながらも刀を鞘へと戻してくれた。そして、そのままどかりと元の場所に戻り、俺も鈴音を促して腰を下ろす。
「それで、どなたのご指示でここにいらしたのでしょうか?」
不機嫌です、といわんばかりのぶすりとした表情の宗馬に、俺がなにかを聞くより早く鈴音が冷たい声で問う。ふたりの間には冷ややかな空気が流れ、いつまた宗馬が刀を抜くか気が気ではない状況となっていた。それでも、宗馬は険しい顔をしたまま問いには答えなかった。鈴音はそんな宗馬を気にした様子もなく再度口を開く。
「大体の予想はつきます。柊の大名でしょうか?それとも.........」
一度口を閉ざして、じっと宗馬を見つめる。非難するわけではないその瞳は、相手のすべてを見透かすような怖さがあった。そして、わずかな笑みをその口元に携えてまさかの人物を口にする。
「帝、でしょうか?」
信じられない、という思いがありながらも俺も宗馬へと重ねて問う。
「宗馬、そうなのか?」
見れば、苦々しげな表情をしていて、そのことが本当であることがわかった。
「ここに来たのは俺の意思だ。」
「そうでしたか。それであれば、帝から私のお話でもされましたか?」
間髪入れずに投げかけられる問いに、宗馬もたじろぐ。こんな風に冷たく突き放すように接する姿は珍しく、初めてじゃないだろうかとさえ思う。それが他でもない宗馬に向けられている違和感が拭えない。
「すまない。先ほどの宗馬の無礼を許してやってほしい。きっと俺を心配してくれたのだと思うから...」
ひとまず、きちんと話し合いができないことには始まらないと思い、俺が鈴音に対して頭を下げる。そして、そうだろう?と宗馬を見れば、なぜか目を見開かれた。
「将軍様にとって、この人は信頼できる大切なお方である、ということでしょうか?」
「ああ、そうだ。数少ない友だ。」
鈴音からの問いに淀みなく答えれば、先ほどまでの冷たい態度を溶かし、口元にゆるりとした笑みを浮かべた。自分がなにを言ったのかに気づかされて、気恥ずかしさに目を逸らせば視界に宗馬が写る。しかし、その顔は背けられていた。もしかして、そう思っていたのは俺だけだろうかと不安になっていれば、そんな様子を見た鈴音が首を傾げながらも宗馬へと謝罪を述べ、丁寧に頭を下げる。
「先ほどまでのご無礼をお許しください。今は将軍様の下で仕えております、鈴音と申します。」
そして今となっても知る者は俺とじいやのみのその名で挨拶をした。




