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ランドフォール・パレード!  作者: 白樺セツ
カシュカシュ
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待って。オレは認めてない。そんなの認めてない。

お願いだから待ってくれ。勝手に決めないでくれ。

それがオレのためだと勝手に決めつけないで。

オレのためにって、オレは全然そんなの望んでないんだ。

このままでいいんだ。

このままで――

 

 

悲鳴が耳をつんざき、リクははっとした。

心臓がドクドクしている。嫌な汗を噴き出させて目を見開いた。

それからゆっくり、今自分が何をしていたかを思い出す。

落ち着いてくるのと同時に嗜虐心がまたあふれだした。


ああそうだった。

 

驚きに満ちた悲鳴と落ちる音を聞いた後、リクはたまらなくなってついに噴き出してしまった。


「ぶひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ! ばーかばーか落ちやがったばかでやんのばーかばーか!」


細い体を震わせ、リクは腹を抱えて笑う。

大理石に開いた大穴の底には、真っ赤な顔をしてただ睨みつけるだけしかない大臣たちがいた。


いつもいつも建前だけを言って、身分の低い者を見下してけなしてこき使う。

それでいて私腹を肥やすことに必死な彼らの今の姿を見ていると、リクはどうしても笑いが止まらなかった。

笑って笑って、笑いすぎたせいで、ちょっとよろけて落ちそうにもなった。


そこは客間だった。床は大理石で絨毯は赤くて職人が作ったソファーは柔らかそうで、木製のテーブルは磨かれ鏡のような艶を出していた。

壁だって悪趣味なほど趣向を凝らされて、見方によってはキラキラと光を反射する。

しかし今それらはリクの手によって全て踏みにじられていた。


リクは終始笑顔であった。まるで何かを祝うようにそれを行った。

古代の衣装を真似て長い布を体に巻きつけ、くるくると回った。


ひらひらと白い布が舞い、光を満たした長い金髪や露出したミルク色の肌は淡く光を放ち、その光はすぐに周囲のものに干渉する。

リクの強い強い生命力の源は、今だけリクの仲間になってリクに協力してくれる。


塗料を部屋中にぶちまけ、手足で伸ばし、なすりつけ、瞬時に温風と冷風を作り上げて小さな竜巻を呼び起こしてめちゃくちゃにした。

最後に部屋の中央へ大穴をあけると、リクが嫌っている大臣たちをおびきだしてそこへ落した。

大穴の底にはすでにソファーや磨かれたテーブルが無残な状態であり、そこに大臣たちはいた。 


「姫様!」


「姫じゃねーし」


たまりかねて声を上げた一人に、リクは側にあったバケツの水を上から浴びせた。

うわぁっ、という情けない声と仕草に、またまた笑いが止まらなくなる。


「なんだお前、それはただ雑巾を絞っただけの水だぞ? お前が奴隷に馬糞を浴びせても奴隷は動じなかったのに、お前はただ汚れただけの水でうろたえるのか! 傑作だな!」


「ぐっ……アンジェリク様!」


リクは体をそらして笑った。

天井には数万人の芸術家たちが文字通り命をとして描き上げた天井画があった。


高いのか低いのか分からないリクの声が宮廷内にこだまする。

もはや大臣達のことなど忘れている。

気に食わないもの。分からないもの。全てめちゃくちゃにしよう。


オレをオレでなくするものはいらない。

オレはオレでいるために全て壊すんだ。

それは何か? 

それは古いしきたり。

それは古い常識。

それは大きな流れ。

それは他人に決められた運命。


オレのこの体はオレでしかないのだ。


さあ次は何をしようか――と、そのとき後ろからリク、と控えめに呼ぶ声が聞こえた。

この声は知っている。

嬉しくて嬉しくて名前を呼んだ。


「××!」


勢いよくふり返ると、そこには背の低い黒髪黒目の東洋人の少女がやれやれと言った風に眉をハの字にして、


「……××?」


もう一度名前を呼んだ。でも誰もいない。


豪華絢爛な廊下が広がり、リクの声が虚しく反響するだけだ。

大穴があったあの部屋ではない。

装飾品として設置された壁一面にある鏡に映っているのは、リクしかいない。


急に不安になってリクは辺りをキョロキョロと見回した。

おろおろしているリクの姿は鏡に映っており、顔が泣きそうになっているのがよく分かった。


「××……」

 

リクがうつむいて自分の足を見つめると、そこへカラカラカラ、と。何かが転がってきた。


それは鈍く光を反射させた。

それは柄から刃まで全体に細かな装飾をほどこされた剣だった。

それはべったりと赤黒い液体がまとわりついていた。

わけが分からなくて、ぽかんと口を開けるしかなかった。


鼻孔に届いた血の臭いで我に返り、顔を上げれば周りはすでに火の海だった。


その日、その時。リクは大広間にいた。


黒と白の大理石が組み合わさった模様の床、転がっている誰かの靴や剣。

自分が落とした大臣はすでに大穴から出ており、隅っこで積み重なって、一番高いところで剣を一本深々と刺されている。


「……い、や」


パチパチとはぜる音が聞こえた。遠くで何かが崩れ落ちた音や、火の粉がリクに降り注いだりもした。


でも、熱くない。


「やだ、いやだ」

 

耳を塞ごうとした手は震えていた。

リクは全身で『今』を拒絶していた。


「違う……オレ、こんな……やだ」

 

全てが壊れれば良いと思っていた。

そしたら何かが変わると思っていた。大きな何かに逆らえると思っていた。

だけどこんなのは望んだことじゃなかった。オレは本気でこんなこと、願っていない。

 

――いいや。ずっと思っていたじゃないか。


「ひ、ひぃやあぁぁ……」

 

リクの両手はリクの頬を引っ掻く。

ずりずりと爪を食い込ませたまま下へ下へと降りていく。

滲んだ血が爪を赤くする。


――思っていた。全部壊れてしまえって。××にいつも愚痴をこぼしていたじゃないか。オレが本気になれば、オレが魔法を使えば。


「×、××……××!」


たまらずリクは叫んだ。

火であぶられる痛みはなくとも、心臓は凍り付いてどんどん削られていくようだった。

 

××はリクの侍女だ。だけどリクはそう思っていなかった。×

×はリクの大事な人間。唯一こんな中途半端な自分を受け入れてくれて、いたずらしても、困った顔をして最後にはまた笑ってくれる。

そのままのオレを受け止めてくれる。


「××、どこにいる! オレのところへ来い!」


声が涙まじりになり、擦り切れ始めた頃だった。


「リク」

 

聞こえた。確かに聞こえた。後ろからだった。

 

すでに橙色の炎は高く燃え上がり、うねってリクの前を塞いだ。


払いのけようとして炎を手で払う。リクの手は炎に包まれて皮膚の色を変えたが、すぐに再生して元の色になる。傷は一つも残らない。

強すぎる魔力はリクを死なせない。

頬の傷はもう跡形もない。

 

揺らぐ炎の向こうに何があるのか気付いて、リクは目を見張った。

 

赤い絨毯が続いた先、階段の上に玉座があった。

火が燃え移り、誰も座っていない玉座は燃え始める。

その玉座の前に彼女はいた。

 

今まで決して贅沢な衣服を着たことがなかった彼女は、今このときだけ青い豪奢なドレスを着ていた。

レースが幾重にも重なって出来たドレスの裾は煤でわずかに黒くなっていた。

いや、煤だけではないかもしれない。

あたりの赤は何も炎だけではないのだ。

 

リクと彼女の間にあった炎が一瞬勢いを弱める。

わずかな間に見えた彼女の表情は穏やかだった。

むしろ喜んでいるようにも見えた。見間違いではない。

リクは彼女を他人と見間違えたりしない。

 

黒い髪、黒い目。漆黒と言えばいいのか。

彼女には中間色というものが見当たらない。

真ん中で癖がついた前髪はそのまま自然に分けられていて、耳の後ろから編まれ始めた横髪は後ろの方で結われている。

化粧は相変わらずしてはいなかったが、十分に綺麗だと思った。

目元は少し垂れていて幼さが目立ち、肌は滑らかでふんわりした肌はいまだ大人になりきれていない青さがうかがえる。

可愛らしい少女の顔だ。だけどどこか人形のような雰囲気を持っている。

 

やはり彼女は××だ。



ふいに映像がぶれる。見えているものに何かが重なって見えた。


赤茶色の制服を着て、暗い道を歩く東洋人の少女。周りには誰もいない。

リクは彼女を一目見て、一目見て――


炎は高く燃え上がり、すぐに向こうが見えなくなった。

ぐい、とリクの腕が誰かに引っ張られる。

見れば、それはアシルだった。

いつもきっちりまとめている金髪はバラバラにふり乱れており、服はところどころ焼け焦げ、破れている。

頬の汚れは血をこすったものであるとすぐに気付いた。

今までになく、彼はとても焦った顔をしていた。


「こちらです、早く!」


「アシル、××が、××が……」

 

リクの視界がぼやけた。

アシルの表情が変化した気がしたが、どういった顔をしたのかはっきりと思い出せない。


おそらく煙を吸い過ぎたのだろう。

もはや頭も朦朧としていた。

だから、何故××がリクのドレスを着ていたのか。

すぐに察することができなかった。

 

リクの教育係であった女性が道を示す声が聞こえ、アシルがそれに続いたのが分かった。

動けないリクは運ばれ、そのうちどこか小さな部屋へと押し込められた。


煙がしみて目が開けられなかったが、目の前にいるアシルの気配だけは分かった。


「リク様、今からあなたにはこの船で避難をして頂きます。お一人で長い間宇宙を彷徨うことになりますが、必ず私が見つけ出してお守り致します。どこか他の星へ着けばまた苦労があるとは思いますが、どうか諦めずに。しばし離れることをお許しください」


ガチャリと何か音がした後、リクは眠くなった。だから眠った。


眠って眠って、それからある星にたどり着いた。

だからもう、ずいぶんと時間が経っていた。

だからもう、ありえないことだと理解していた。

だからこそ、彼女なのだと信じたかったんだ。



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