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秩序ある国

今日は久しぶりに晴れた。

思いっきり背伸びをしてから道ばたのあめ玉の花を摘んで口に放り込んだ。

どうやら今日は僕らの神様の機嫌がいいらしい。ここ最近はずっと機嫌が悪かったようで、大雨が降り雷が落ち、猛烈な風が街を滅茶苦茶にしてしまっていた。

でも、僕らの神様は壊した世界をなんだかんだで元に戻してくれる。今日みたいな機嫌のいい日の世界はなかなかに楽しくていいところだと思うし。

口の中のあめ玉をかみ砕いて、今度はチョコに手を伸ばした。


今日はこの先の広場で『舞踏会』が開かれる。

盛り上がったときはとても楽しいお祭りなのだけど、僕らの神様の機嫌を損ねてしまうことも多いから、みんな考え抜いたオリジナルのダンスを全力で披露する。

それでも僕らの神様は機嫌を損ねてしまうことがあるから、神様はよくわからない。


道ばたのお菓子を減らしつつ歩いていると、あっというまに広場についた。世界が狭いというか、広場があまりに大きいというか。

とにかく世界中の人々があつまった広場では、あちらこちらでダンスが始まっていた。

僕も前の『舞踏会』の後からずっと考えていたステップを広場の片隅で披露する。

主流の流れるようななめらかなステップではなく、腕や足を切れよく動かしていく少しテンポの速いステップだ。ずれた眼鏡をステップの流れに合わせて直しつつリズムを刻んでいく。


僕らの神様の機嫌が悪くならないといいけど。


みんなそんなことを考えながら一心不乱にそれぞれのステップを踏む。

その時、

「みんな逃げろっ!」

突然の大嵐が吹き荒れはじめた。神様は今年もまた機嫌を損ねてしまったのだ!

でももうみんな慣れっこで、身をできるだけ屈めて這うようにして帰路に急いだ。

何が神様の機嫌を損ねてしまうのかわからないから対策の打ちようもない。だから毎年同じことが起こる。

でもみんな、もしかしたら今年こそは・・・・・・と一縷の望みにかけて、踊りを編み出すのをやめないのだ。

「・・・・・・やめられない、の方が正確かな」

思わず声に出てしまったけど、この嵐じゃきっと隣の人にも聞こえちゃいないよな。


無秩序だ。まったくもって無秩序だ!


きれいな花は根こそぎ飛び、目の前をあめ玉やら砂糖菓子やらが行き交う。

そこには秩序なんか欠片もありはしない。

こんな神様に比べたら、僕の方がうまく世界を作れるに違いない!


「ほう、大分自信があるようだね」

突然の声に顔を上げると、この嵐をものともせず一人の老人が目の前にたっていた。

この嵐で吹き飛ばされるどころか、にこやかな笑みさえ浮かべている。・・・・・・そういえば、声もはっきりと聞こえた。

・・・・・・まさか、僕らの神様じゃないよな?

さっきまでの神様に対する暴言の数々を思い出しながらおずおずと尋ねた。

老人はさも愉快そうに笑った。

「まさか。まあ、この世界の住人ではないけれどね」

「はぁ?」

まあ、私のことはともかく、と老人は話をそらして、

「そんなに自信があるのなら、君が世界を作ってみるかい?」

世界が、音を失った。


「・・・・・・はぁ」

「君の思い通りの世界が作れるんだよ。どうだね?『秩序ある世界』というのは」

・・・・・・秩序ある世界。なんて魅力的な響きだろう!

でも僕が神様になる?そんなの無理に決まってるじゃないか!

この世界に神は唯一僕らの神様だけなんだし。

「でも君の方が、うまく世界を作れるんだろう?」

確かにさっきはそう言った。・・・・・・でも、

「試してみたい気持ちの方が大きいね。いいよ、僕に世界を作らせて」

老人の瞳を見つめ返して僕は言った。

その瞬間、空から大量の鳩が降ってきてあっという間に何も見えなくなった。


視界が真っ暗になる一瞬前、老人の瞳が雷の色に見えた。


気がつくと、嵐はすっかりやんでいた。

・・・・・・その代わり、元いた世界では無いようだけれど。

雷の色と輝く砂糖菓子の色の、平たいあめ玉のようなものが規則正しく組み合わさってまるで踊っているようだ。

どの向きが上でどの向きが下なのか、どこがこの空間の果てなのかわからない。

・・・・・・確かにこの世界に秩序はあるようだけど。

「で、どうやったら世界が作れるんだ?」

気が早いよ、と老人が笑った。

「私は案内人のオルズ。新しい『世界』を作る子供を捜していたんだ」

「やっぱり、あの世界はいやだったんだ?」

「・・・・・・まあ、あの『神様』は少々・・・・・・かなり、我が侭が過ぎたからね」

老人は顔をしかめて見せた。相当いやだったのかな。

「まあ、そういうわけで君によりよい『世界』を作ってもらおうかと思ってね。・・・・・・君は思い浮かべるだけでいい。その通りに世界は形作られていくよ」

「なんだ、意外と簡単なんだね」

深呼吸して目をつむった。


次々と想像していく。

壁で閉ざされた世界。完璧に計算され尽くした街。

人々は決められた通りに決められた仕事を日々こなす。

決められた通りにしか世界は動かない。

嗚呼、なんてすばらしい秩序ある世界!

次々と創造していく。


大きく息を吐いて目を開けた。

「おお・・・・・・!」

思わずため息がこぼれた。

画一された街。そこで規律正しく動く人々。

そう、これこそ僕の求めていた世界!


これでどうだ、と老人を振り返ると、老人はちょっと困った顔をしていた。

「確かにすばらしい世界だが・・・・・・」

「?どうした?」

「・・・・・・いや、何でもない。・・・・・・どうせすぐ、な」

老人の言葉がどこか少し引っかかったが、僕の世界を見渡せばそんな思いは吹き飛んだ。

こんなすばらしい世界、ほかには絶対にない!


しばらく眺めていたら、老人が少し遠慮気味に声をかけてきた。

「・・・・・・なあ、ちょっとだけこの世界に手を加えないかい?」

思わずむっとして老人を睨み付けた。

「何いってるんだよ、この世界はこうでなくちゃいけないに決まってるじゃないか」

完璧だからこそいいのだ、この世界は。非の打ち所がない!

老人は深くため息をついた。

「・・・・・・まあ、いいさ。気長に待つよ。幸い時間は気にしなくていい立場だからね。・・・・・・もしこの世界に飽きてしまったなら、私を呼ぶがいいよ」

老人は背を向けてどこかへ消えていった。


僕は改めて僕の世界をみつめた。

「どうして飽きるんだよ、こんなにもすばらしいのに」

ずれた眼鏡を押し上げた。

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