真実の国
決められた数だけ鳥の鳴き声を数えて、私は飛び起きた。
決められた歩数通りに歩いて決められた服を着て決められたタイミングでお母さんに挨拶をする。
「おはようお母さん!」
「おはよう。いい朝ね!」
決められたものと一寸も違わぬ笑顔でお母さんが微笑んだ。
決められた朝食を決められた手順でとって、私は決められた仕事に出かけた。
「行ってきます!」
「行ってらしゃい!」
すべては神様の秩序の上に。
私の決められた仕事は毎朝決められた人の家に決められた数のリンゴを決められた時間に届けること。
もちろんその間にすれ違う人も、挨拶する人も、それぞれの家までの歩数も、右と左どちらから踏み出すかも、全部全部決まっている。
そりゃ、毎日ちょっとずつの違いはあるけど、それだって長い目で見たら神様の秩序に従ったことなんだ。きっと最後の時にはすべてが丸く収まってそれはきれいな、一片のかげりもない完璧な世界が生まれるだろう!
決められたとおりのステップを踏みながら私は進む。
途中でリンゴを一つ落としたけれど、これももちろん秩序のうち。
私の落としたリンゴを拾う役目の人がいて、その人が周りの人にその話をして、周りの人の何人かがリンゴがほしくなって、私の新しいお客さんになって・・・・・・。私にすべてを理解することはできないけれど、きっとこんな感じで世界は回ってる。
すべては神様の秩序の元に。
一つ一つの行動に無駄なことなんて無い。みんなどこかでつながって、いつか私に返ってくる。そうして世界は回ってる。
この世界はそうしてずっと続いてきたし、これからもずっと続いていくだろう。
何故?それはもちろん、それが神様の『秩序』だから。
ずっと確信に満ちていた。
この日までは。
ことり、と小さな音がした。
ほんとにかすかな音だったのだけれど、たったそれだけで私のリズムはあっさり崩れた。
左足を踏み出すのが一瞬遅れた。ほんの一瞬でも、次に右足を出すのも一瞬遅れる!
「あッ・・・・・・!」
ふわりと体が宙に浮く感覚。真っ赤なリンゴが宙を舞う。
「いてて・・・・・」
あわてて立ち上がってリンゴを拾い上げた。
これも神様の秩序のうちだよね?そうなんだよね?
すべて拾って顔を上げると、
「・・・・・・!」
あきらかに『無秩序』な世界が広がっていた。
互いにぶつかる人々。呆然と立ちつくす人。
たった一つ、私がちっぽけな小石につまずいただけなのに、神様の『秩序』はあっという間に崩壊した。
「そんな・・・・・・」
私が?私が悪いの?私のせいなの?
そんな、そんなそんなそんなそんなそんなそんなそんなそんなそんなそんなそんな、
「私が・・・・・・?」
「ふう・・・・・・やっと仕事ができる」
この状況に似つかわしくないほど落ち着いた声がした。
「・・・・・・え?」
仕事なんてできやしない。私が小石につまずいたせいでもう秩序は崩壊した。それはすなわち、この世界の崩壊を意味する。
顔を上げると、そこには鳩をたくさんとまらせた老人が立っていた。
老人も私の方をじっと見ていた。
「どうだい?新しい世界を創ってみないかね?」
新しい、世界?
そう、と老人は落ち着き払って微笑んだ。
「この世界はもうだめだ。君の『世界』を君の思うままに作れたらいいと思わないかい?」
何を言ってるんだろうこの人?私に世界なんて作れるわけが無い。それに私は神様みたいに秩序を考えられる頭なんか持ち合わせちゃいない。だって私はリンゴ売り。だって私は秩序に従うだけだから。
そんな私の頭の中をのぞいたように、老人は心配ないさ、と笑った。
「君は、この世界がすべてだと思っているんだろう?それは違う、ここ以外にもたくさんの世界があるが、ここはかなり特殊な世界だ。秩序なんか考えなくていい。君の思うままに世界を作れるのさ。自由な世界だ!」
「・・・・・・おじいさん、何でも知ってるの?」
無い頭が混乱してきた。私やっぱり馬鹿だ。
ねえ、何でも知ってるなら、
「あの小石は何?どうしてこの完璧な世界に異物が混じったの?」
老人の笑みが若干変わったような気がした。
「さあ、ね。その答えを求めることができる世界、なんてどうだい?」
知りたい、強く思った。
知りたい。なんで私は小石につまずいたのか。世界を壊さなくてはならなかったのか。
「創るわ。世界だって、何だって」
今までで一番はっきりした意識で言った。
「そうこなくちゃね」
老人は変な顔をして、鳩が老人の肩や頭から一斉に飛びったった。
「あっ・・・・・・!」
次の瞬間、目の前が真っ暗になった。
一瞬見えた老人の目は、リンゴの蜜の色。
目を開いたら、そこにはもう混乱はなかった。
でもそれは神様の秩序の上でじゃない。全然違う秩序で作られた別の世界。
リンゴの中身の色と光を映す水の色に輝くリンゴみたいにまるいものがたくさん回っている。確かにそこには秩序があった。
鳩の羽音に振り返ると、さっきの老人が帽子を軽くあげておじぎをした。
「私は案内人のオルズ。君が世界を作るお手伝いをしよう」
「難しい説明はいらないわ。はやく、どうやって世界を作ればいいの?」
ちょっと落ち着き給え、と老人は苦笑した。だって、早くしなきゃ、早く世界を作って真実を確かめなきゃ!
「想像するだけでいいんだよ。それがそのまま『世界』になる。簡単だろう?ただ・・・」
最後まで聞いてられなかった。咄嗟に目をつむった。
想像した。
次々と想像していく。
世界の壁は丸。そこではすべての真実がわかるの。
すべてが本当の姿でしか存在できないの。
・・・・・・それが私の秩序。私にはこれくらいしか思いつかないけど。
次々と創造していく。
はっと目を開けた。
「これが・・・・・・!」
丸い世界。すべてが真実の世界。
きっとここなら、あの小石の真実もわかるわね!
「で、どうやって私の真実を確かめればいいの?」
「・・・・・・は?」
老人が首をかしげた。
「・・・・・・何よ、だって私は誰がどうして小石をあんなところにおいたか知りたくてこんな世界を作ったのよ?で、どうやるの?」
「・・・・・・ふ、ははははははははははは!」
一瞬の沈黙の後、老人は腹を抱えて笑い出した。
「な、何よ!何がおかしいのよ!」
「い、いや、ごめんごめん、でも君が悪いんだよ!人の話を最後まで聞かないから!」
え、どういうこと?え、え?
「いやぁ、君だけには事前にこの世界に『想像』以外で関与できないことを話してあげようと思ったのにね!君が聞かないんじゃ意味がない!」
なに?この人何いってるの?あれ?え?どうして?何で?
「・・・・・・ふう。この世界はちょっと危なそうだね。さっさと出て行くことにしようかな」
老人は鳩におそわれたように見えて、一瞬で居なくなった。
私はただ一人、意味のない世界を見つめていた。




