第2話 神様、お願いを聞く相手を間違えています
2026年4月18日――午後11時47分、東京都。
「乾杯!」
「乾杯!」
「……乾杯」
三つのグラスが、テーブルの上で軽やかな音を立てた。
大学近くの居酒屋。
金曜日の夜ということもあり、店内は学生や会社員でにぎわっていた。
その一番奥の席で、黒瀬春馬は頬をほんのり赤く染め、グラスを両手で抱えていた。
向かい側には黒神蓮。
そして、春馬の隣には田代翔也が座っている。
二人とも、春馬にとって気の置けない友人だった。
「おい、春馬。お前、もう酔ったのか?」
蓮が呆れた顔で尋ねた。
「酔ってない……」
「じゃあ、なんでテーブルに向かって謝ってるんだ?」
「……こいつ、俺のこと、ずっと支えてくれたから」
「テーブルに感謝するな!」
翔也が吹き出した。
「はははっ! 春馬、お前、面白すぎるだろ!」
「うるさいな……。翔也だって、さっき店員さんに『お母さん、お水ください』って言ってたじゃん」
「…………」
翔也の笑顔が、ぴたりと止まった。
蓮がゆっくりと振り向く。
「お前、何したんだ?」
「いや、違うんだ! 実家のことを考えてたら、つい!」
「店員さん、お前と同い年くらいの女の子だったぞ」
「もう忘れろ!」
三人は笑った。
春馬も笑っていた。
けれど、その笑顔には、どこか無理をしているようなところがあった。
蓮だけは、そのことに気づいていた。
「……なあ、春馬」
「ん?」
「最近、ちゃんと寝てるか?」
「寝てるよ」
「嘘つけ。昨日、午前三時にお前からメッセージが来てたぞ」
「……あれは、目が覚めただけ」
「そのあと、五分おきに猫の動画を十二個も送ってきたんだけど?」
「かわいかったから」
「俺、犬派なんだけど」
「だから何?」
「いや、そこは気にしろよ!」
再び笑いが起こった。
しかし、笑い声が落ち着くと、春馬は静かにグラスを置いた。
「……なあ、蓮」
「何?」
「もし、お前の好きな人が、ほかの男とキスしてるところを見たら、どうする?」
蓮の表情が、わずかに変わった。
隣では、翔也がすでに酔いつぶれ、テーブルに突っ伏している。
蓮は春馬を見つめた。
「……お前、今日、見たのか?」
春馬は答えなかった。
それだけで十分だった。
蓮は小さく息を吐く。
「冴園だろ?」
「…………」
「駅前で見たんだな」
春馬は、グラスの中で溶けかけた氷を見つめた。
「……俺、もう忘れたと思ってたんだ」
その声は、驚くほど小さかった。
「本当に、もう何とも思ってないと思ってた。でも、あいつが笑ってるのを見たら……」
言葉が途切れる。
何かを言おうとしたのに、うまく言葉が出てこなかった。
「……なんか、駄目だった」
蓮は黙って聞いていた。
春馬は笑おうとした。
いつものように、冗談にしてしまえばいい。
そうすれば、きっと蓮も笑ってくれる。
いつもみたいに、何事もなかったことにできる。
けれど、その夜は、どうしてもうまく笑えなかった。
「俺、馬鹿だよな。二年も前のことなのに」
「馬鹿じゃねえよ」
蓮は即答した。
春馬が顔を上げる。
「……え?」
「本気で好きだったんだろ。だったら、そんな簡単に忘れられるわけないじゃん」
蓮は頬杖をついた。
「人間の心って、スマホの写真みたいに削除ボタンを押せば消えるわけじゃないんだよ」
「……お前、たまにはまともなこと言うんだな」
「たまには、って何だよ!」
春馬は笑った。
今度の笑顔には、ほんの少しだけ、本当の感情が戻っていた。
けれど、その笑顔も長くは続かなかった。
「……俺、疲れたよ」
ぽつりとこぼれた言葉。
蓮は何も言わなかった。
「好きになって、期待して、勝手に傷ついて……。もう、そんなことを繰り返したくないんだ」
春馬は両手で顔を覆った。
「俺なんか、誰にも必要とされてないんじゃないかな……」
蓮の目が細くなった。
「おい」
「……何?」
「それ以上、自分を馬鹿にするな」
春馬はゆっくりと顔を上げた。
蓮は、いつもの軽い笑顔を消していた。
「お前が自分のことをどう思ってるかは知らねえ。でも、俺はお前が必要だよ」
「……蓮」
「それに、翔也だってそうだろ」
その瞬間。
テーブルに突っ伏していた翔也が、突然顔を上げた。
「……俺の唐揚げ、食べたの誰?」
「寝てろ!」
蓮と春馬が同時に叫んだ。
翔也は何事もなかったかのように、再び眠りに落ちた。
二人は顔を見合わせた。
そして、笑った。
今度は、春馬も自然に笑えていた。
「……なあ、春馬」
蓮が静かに口を開いた。
「明日になったら、少しは楽になるかもしれないぞ」
春馬はうつむいたまま答えた。
「……そうだといいな」
けれど、彼は知らなかった。
翌朝、自分の人生が、これまで経験したどんな不運よりも理解しがたい出来事に襲われることを。
*
2026年4月19日――午前0時36分、大学近くの駅前。
店を出る頃には、翔也は完全に眠ってしまっていた。
「……こいつ、どうやって電車に乗せるんだよ」
春馬が呆れた声を漏らす。
蓮は翔也の腕を自分の肩に回した。
「お前、反対側を持て」
「はいはい」
二人で翔也を支えながら、駅へ向かって歩き出す。
駅前の大きな交差点を渡ったところで、春馬はふと足を止めた。
少し離れた場所に、見覚えのある二人の姿があった。
一人は、長い黒髪の少女。
もう一人は、彼女より少し背の高い青年だった。
冴園美雪。
そして、彼女の恋人。
春馬は息をのんだ。
美雪は、青年の話を聞きながら楽しそうに笑っていた。
青年が彼女の頬にそっと触れる。
美雪は、逃げなかった。
二人の距離が、ゆっくりと縮まっていく。
そして。
唇が重なった。
その瞬間、春馬の胸の奥で、何かが音もなく崩れ落ちた。
二年前。
公園のベンチで泣いた夜。
もう二度と、誰かを本気で好きにならないと誓った夜。
あのときの痛みが、昨日のことのようによみがえった。
「……春馬?」
蓮の声が聞こえた。
春馬は慌てて顔を背けた。
「何でもない」
「お前……」
「本当に、何でもないんだ」
春馬は笑った。
いつものように。
何も感じていないふりをして。
「俺、もう美雪のことなんか好きじゃないよ」
蓮はしばらく春馬を見つめていた。
その言葉を信じていないことは、表情を見ればわかった。
それでも、蓮は何も言わずにうなずいた。
「……そうかよ」
「うん」
「じゃあ、帰るぞ」
蓮は、それ以上何も聞かなかった。
それが、彼なりの優しさだった。
*
午前1時18分――男子学生寮。
翔也を彼の部屋まで運び、蓮が鍵を開けた。
「……よし。ここまで来れば大丈夫だろ」
「本当に大丈夫かな。明日、目が覚めたら冷蔵庫の中で寝てた、とか言いそう」
「それはそれで見てみたいけどな」
二人は翔也をベッドに寝かせた。
翔也は布団に潜り込むと、満足そうにつぶやいた。
「……さくら……」
蓮がぴたりと動きを止めた。
春馬も止まった。
「……今、何て言った?」
春馬が小声で尋ねる。
蓮は、ひどく真剣な顔で答えた。
「聞かなかったことにしろ」
「え、何? 翔也、好きな人いるの?」
「知らない」
「いや、今、名前呼んでたじゃん」
「知らない」
「蓮、お前、顔が怖いよ?」
「知らないって言ってるだろ!」
春馬は目を丸くした。
蓮は慌てて翔也の布団を整える。
「……とにかく、帰るぞ」
「……怪しい」
「何が?」
「いや、別に?」
春馬は小さく笑った。
そのときはまだ、翔也の恋愛が自分たちの人生にどれほど大きな影響を与えることになるのか、誰も知らなかった。
二人は寮の廊下へ出た。
「じゃあな、春馬」
蓮が言った。
「……おう」
「明日は朝から授業だぞ。遅刻するなよ」
「わかってる」
「あと、変なこと考えるなよ」
春馬は一瞬だけ黙った。
それから、いつもの笑顔を浮かべた。
「大丈夫だって」
蓮は、何か言いたそうな顔をしていた。
けれど、結局何も言わず、自分の部屋へ戻っていった。
春馬は一人になった。
静かな廊下。
白い蛍光灯。
窓の外には、東京の夜景が広がっていた。
春馬は自分の部屋へ戻ろうとした。
けれど、どうしても眠れそうになかった。
胸の奥に残る痛みが、少しも消えてくれない。
目を閉じれば、あの光景が浮かんでくる。
美雪の笑顔。
恋人と重なった唇。
自分の知らない、彼女の幸せそうな横顔。
「……くそっ」
春馬は小さくつぶやいた。
そして、上着を手に取ると、寮の外へ出た。
*
午前1時47分――大学構内の広場。
大学の敷地内には、古い時計台の近くに小さな広場があった。
昼間は学生たちが行き交う場所だが、夜になると人影はほとんどなくなる。
春馬はベンチに腰を下ろした。
空を見上げる。
東京の空は街の明かりに照らされ、星はほとんど見えなかった。
「……神様」
当然、返事はない。
「なあ、神様。俺、何か悪いことした?」
風が吹いた。
春馬は膝の上で両手を握りしめた。
「金持ちになりたいとか、世界一の男になりたいとか……そんなこと、言ってないじゃん」
声が震えた。
「ただ、好きな人と普通に話したかっただけなんだよ」
目の奥が熱くなる。
「一緒に帰ったり、くだらない話をしたり……そういう普通のことがしたかっただけなんだ」
春馬はうつむいた。
涙が一滴、地面に落ちた。
「……なんで、こんなに運が悪いんだよ」
誰もいない広場に、彼の声だけが響いた。
「俺だって……幸せになりたいよ」
その言葉を口にした瞬間、堪えていた涙があふれた。
ずっと我慢してきた。
誰かの前では笑っていた。
友達が困っていたら助けた。
誰かが泣いていたら、隣に座って話を聞いた。
自分が苦しいときでさえ、周りに心配をかけないようにしてきた。
けれど、本当は。
自分だって、誰かに助けてほしかった。
誰かに「大丈夫だ」と言ってほしかった。
誰かに、自分の存在を必要としてほしかった。
いつだって笑っている自分ではなく、笑えない自分のことも受け入れてほしかった。
「……神様」
春馬は顔を上げた。
「お願いだから、一度だけでいいから……」
彼は涙を拭った。
「美雪と、ちゃんと話せるようにしてください」
その瞬間だった。
風が止まった。
広場を囲む木々が、まるで時を止められたかのように静まり返る。
遠くの街灯が、一度だけ点滅した。
そして。
どこからともなく、声が聞こえた気がした。
――本当に、それでいいのか。
春馬は顔を上げた。
「……え?」
慌てて周囲を見回す。
誰もいない。
時計台の針は、午前一時五十分を指していた。
「……疲れてるのかな」
春馬は苦笑した。
「とうとう幻聴まで聞こえるようになったか……」
立ち上がった瞬間、頭がふらりと揺れた。
「……うわっ!」
慌ててベンチに手をつく。
少し飲みすぎたのかもしれない。
春馬は小さく息を吐き、何事もなかったかのように寮へ戻った。
その夜。
春馬は夢を見た。
見知らぬ、真っ白な部屋。
その中央に、一人の少女が立っていた。
長い黒髪。
静かな瞳。
少女は春馬に背を向けたまま、ぽつりと言った。
――あなたが望んだんでしょう?
春馬は手を伸ばした。
「待って……!」
少女が振り返る。
その顔を見た瞬間、春馬は息をのんだ。
冴園美雪だった。
――だったら、最後まで責任を持ってね。
「……え?」
少女は笑った。
その笑顔は、なぜか少しだけ寂しそうに見えた。
そして、世界が真っ白に染まった。
*
2026年4月19日――午前5時30分、男子学生寮。
ピピピピピッ!
「……うるさい」
春馬は布団の中から手を伸ばし、目覚まし時計を止めた。
午前五時三十分。
いつもより少し早い時間だった。
「……あと五分」
そうつぶやいて、再び目を閉じる。
しかし、すぐに目を開けた。
「……いや、トイレ」
春馬は眠い目をこすりながら起き上がった。
寝癖のついた髪。
ぼんやりした頭。
そして、昨夜の出来事を思い出し、胸の奥が少しだけ痛んだ。
「……最悪の夜だったな」
彼は洗面所へ向かった。
まだ眠気が残っていた。
だからこそ、最初は違和感に気づかなかった。
鏡の前に立ったときも、何も考えずに顔を洗おうとした。
しかし。
「…………ん?」
手が、妙に小さかった。
春馬は自分の手を見つめた。
指が細い。
爪の形も違う。
「……え?」
慌てて両手を持ち上げる。
手首も細い。
腕も細い。
そして、肩に何かが触れた。
さらり。
長い髪だった。
春馬は、ゆっくりと顔を上げた。
鏡の中に、一人の少女が立っていた。
長い黒髪。
整った顔立ち。
大きな瞳。
透き通るような白い肌。
そして、驚きで青ざめた顔。
「…………」
春馬は、ゆっくりと鏡に近づいた。
鏡の中の少女も近づく。
右手を上げる。
少女も右手を上げる。
頬に触れる。
少女も頬に触れる。
春馬は震える手で、自分の頬をつねった。
「痛っ!」
痛かった。
夢ではない。
「…………」
もう一度、鏡を見る。
そして。
「なんで美雪がここにいるんだああああああああっ!?」
悲鳴が、男子寮の廊下に響き渡った。
しかし、その声は、いつもの自分の声ではなかった。
高く、澄んだ、聞き覚えのある少女の声。
春馬は慌てて口を押さえた。
「……え?」
もう一度、声を出してみる。
「……あ、ああ……」
やはり、女の子の声だった。
春馬は鏡を見つめたまま、その場に座り込んだ。
「……嘘だろ」
自分の顔に触れる。
長い髪を握る。
何度も、何度も鏡を確かめる。
そこに映っているのは、間違いなく冴園美雪だった。
高校時代から、ずっと忘れようとしていた初恋の少女。
二年前、自分の告白を断った少女。
昨夜、恋人とキスをしていた少女。
そして今。
その少女の身体が、自分のものになっていた。
「……神様」
春馬は涙目になりながら、天井を見上げた。
「お願いを聞く相手、間違えてませんか……?」
当然、返事はなかった。
けれど、彼の人生はもう、元には戻れないところまで動き始めていた。
*
その頃。
大学から少し離れた女子寮でも、もう一つの悲鳴が響き渡っていた。
「きゃああああああああっ!」
冴園美雪は、鏡の前で固まっていた。
そこに映っていたのは、見覚えのある青年。
いや。
見覚えがあるどころではない。
高校時代、自分に告白してきた少年。
黒瀬春馬だった。
美雪は震える手で、自分の頬に触れた。
鏡の中の青年も、同じように頬に触れる。
「……嘘」
何度瞬きをしても、鏡の中の顔は変わらなかった。
「嘘でしょ……?」
美雪は震える手でスマートフォンをつかんだ。
連絡先を開く。
黒瀬春馬。
発信。
一回。
二回。
三回。
そして。
『……もしもし?』
電話がつながった。
二人は、ほとんど同時に叫んだ。
「何が起きたのよおおおおおおおっ!」
「俺が聞きたいよおおおおおおおっ!」
数秒間の沈黙。
そして、美雪が震える声で尋ねた。
「……黒瀬くん?」
「……冴園?」
「これ、夢よね?」
「俺もそう思いたい……」
「どうして私があなたの身体にいるのよ!?」
「俺だって、なんでお前の身体にいるのかわからないよ!」
「ちょっと待って! 落ち着いて!」
「お前が落ち着けよ!」
「あなたが先に叫んだんでしょう!」
「いや、だって……!」
二人は再び黙り込んだ。
何が起きたのか、まったく理解できなかった。
昨日まで、二人は別々の人生を生きていた。
春馬は、美雪を忘れようとしていた。
美雪は、自分の人生を自分なりに歩んでいた。
それなのに。
今朝、目を覚ました瞬間。
二人の人生は、本人たちの意思とは関係なく、つながってしまった。
美雪は、深く息を吸った。
「……いい? まず、大学では絶対に変なことをしないで」
「……は?」
「私の友達の前では、いつもどおりに振る舞って。勝手に私のことを話さないで。私のスマホから、誰にも連絡しないで」
「いや、ちょっと待て。俺だって困ってるんだけど!」
「私だって困ってるわよ!」
「……それはそうだけど」
美雪は額を押さえた。
「あと、私の恋人から電話が来ても、勝手に話さないで」
春馬の表情が固まった。
「……わかった」
その返事は、思っていたよりも小さかった。
美雪は気づかなかった。
あるいは、気づかないふりをしたのかもしれない。
「それから、着替えや入浴のときは、お互いに気をつけること。勝手に身体を見たり、触ったりしないで」
「わかってるよ!」
春馬は顔を真っ赤にした。
「俺だって、好きでこんなことになったわけじゃない!」
「……そうね」
美雪の声が、ほんの少しだけ弱くなった。
「ごめんなさい」
春馬は驚いた。
彼女が自分に謝ったのは、いつ以来だろう。
いや。
そもそも、彼女は謝る必要などないのかもしれない。
悪いのは二人ではない。
二人とも、何が起きたのかさえわからないのだから。
「……とにかく」
美雪は、気を取り直すように言った。
「今日、授業が終わったら、人のいない場所で会いましょう」
「わかった」
「絶対に誰にも、このことを話さないで」
「……うん」
「それから、私の身体で変なことをしたら、絶対に許さないから」
「しないって!」
「本当に?」
「本当だよ!」
「……わかった」
美雪は小さく息を吐いた。
「じゃあ、またあとで」
電話が切れた。
春馬は、もう一度鏡を見た。
鏡の中の少女は、今にも泣き出しそうな顔をしていた。
「……美雪」
彼は小さくつぶやいた。
「俺、どうすればいいんだよ……」
答えはなかった。
窓の外では、朝日が昇り始めていた。
新しい一日が始まる。
ただし、春馬にとっては、これまでの人生で最悪の一日になるかもしれなかった。
彼はまだ知らない。
今日、美雪の身体で大学へ行くことになるのを。
美雪の親友に抱きつかれ、人生を変える知らせを受けることを。
そして、演劇サークルで与えられる役が、自分の人生を予想もしなかった方向へ動かすことを。
その相手役は――。
自分の親友、黒神蓮だった。
春馬は、再び鏡を見た。
「……神様」
長い黒髪の少女は、涙目で天井を見上げた。
「せめて、今日だけでも普通に生きさせてください……」
しかし、神様は答えなかった。
代わりに、スマートフォンが震えた。
画面には、大学からの通知が表示されていた。
『演劇サークル・配役決定のお知らせ』
春馬は、嫌な予感を覚えた。
そして、その予感は――。
残念ながら、驚くほど正確だった。
第2話 完




