『隣の芝生は青く見える』と言うが、国境を越えた先が『敵の本陣』なら、芝生の色を気にしてる場合じゃない
ルディはただ恐怖に戦慄く。
どうして姫も、ルゥもこいつを見て平気でいられるのか?
人の姿に近ければ近いほど、魔物は魔力が強く、高位の存在だ。
そして人に擬態する魔物は、大概人を騙し、弄ぶ。
「姫様、こいつから今すぐ離れて下さい」
「ルディ、話を聞いて」
ルミナが二人の間に間に割って入る。
それがルディには理解出来ない。
「姫様、こいつは魔物なんですよ? しかも高位の……こいつの目を見て分からないんですか?」
「ジノ様は勇者なのよ? あなたこそどうかしてるわ」
(おいおい、俺はどうしたらいい?)
ルディを支配下に置くことは簡単だ。
だが、魅了をかければ、ルディの言う、人を騙す魔物と変わらない。
「……姫様」
「姉さん」
とうとう痺れを切らしたルゥが声を荒げた。
「……いい加減にしろよ」
「彼は聖剣に選ばれた正式な勇者だ」
「ルゥ、お前は何も分かってない」
「分かってないのは姉さんの方だ」
「彼の出自がどうであれ、聖剣を使えるのは、この世で彼だけなんだよ」
ルディは言葉に詰まる。
「お前が俺を気に入らないのは知ってる。俺も別にお前と仲良くしたいとは思ってない」
「俺だって、やりたくてやってるんじゃない」
それがジノの本音だった。
聖剣から、勇者の運命から逃れる為、住んでいた村を、それまでの生活の全てを捨てた。
全力で拒絶したのに、受け入れるしかなかったのだ。
「姉さんが、この人を信用出来ないのは分かるよ」
「でも、僕達はなおさら彼の傍に居て、見守らないとダメなんじゃないかな」
「姫様の為に」
ルミナが不安そうに、ルディを見つめた。
いつまでもごねて、これ以上議論を伸ばすのは得策ではなかった。
仕方なくルディは溜め息をつき、ルミナに断りを入れる。
「……分かりました。ただ、姫様におかしな真似をしたら、私は容赦なくこの者を斬ります」
それが王女を守る使命を帯びた、聖騎士としての矜恃。
「あなたの気持ちは分かりました」
「私は自分の意思で、これからもジノ様についていきます」
しっかりとジノの腕を掴み、ルミナはそう宣言した。
当のジノはこの押し問答にとっくに疲れ、呆れていた。
(いっそ、こいつらと別れられたら、楽なんだけどなぁ……)
何となく場が収まったのを確認して、ルゥが明るく音頭を取った。
「では、当初の予定通り、首都アイゼンガルツを目指しましょうか」
帝国貴族にまで、魔物の手が伸びているなら、きっと事態はあまり良くない。
「さ、皆様行きましょう。馬車を待たせてます」
一同全員で馬車に乗り込むと、車内に何とも言えない空気が包む。
(姫様はジノ様にべったりだし……これ完全に惚れたよなぁ……)
完全に自分がこのパーティの調整役なのだと、自覚したルゥは、胃がキリリと痛むのを感じた。
「あっ」
ふと、ルゥはここで思い出す。
「ルゥ、どうしたの?」
「国境警備隊に、ジノ様の捕縛命令を出したまんまです……」
「撤回してないのか?」
「帝国に、秘密裏に侵入する事になったじゃないですか? 国王陛下に報告せずにって……」
「あぁ」
「一応、僕達は国から見れば、勇者様捜索を続行している事になります」
「つまり、捕縛命令を出したまんま、姫様と私達も消えている」
ルディが額に手を当てて、話を要約する。
状況が把握出来ず、ルミナがキョトンとした。
「どういう事なのです?」
「国では、こいつが、姫を攫って国外逃亡した可能性が高くなってる話だ」
「は?」
「元はといえば、お前が逃げたからだ」
「俺の所為なんかよ」
ルディとジノが再び言い合いになり、車内はヒリついた空気に包まれる。
「最寄りの町で、国に連絡を入れますから。喧嘩しないで下さいよ」
自分の失態で、招いた事態ではあるが──。
(そもそも姉さんは規律に厳しく、かつ姫様が絡むと度を超えるきらいがあるからなぁ……)
(独断型のジノ様と合う訳がない……)
そんな事をぼんやりとしながら考え、ルゥは車窓の外を眺めつつ、長い溜め息をついた。
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