表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/7

トモダチはフウフに

 この耳を柔らかく食み、舌でなぞりたいという衝動をいったい何度こらえたか、もう覚えてはいない。


 想像していたよりもコリコリと弾み、とろりと甘い声が響く。

 そのまま、首筋に唇を這わせ、鎖骨の上まで舌でなぞる。きつく吸うと面白いように、赤い痕が散る。


 手のひらにピタリと吸い付く肌は、少し冷たい、けれども触れれば、触れるほど、熱を帯びてくる。


 彼女の息は、いつものような規則正しさはなく、乱れていて、静かに閉じられている瞳は、熱を宿して空を漂う。


「悪いな……、先に謝っとく」


「んっ……な、何?」


「今まで我慢しすぎたから、もう今日は無理、マジで」






「結婚しちゃえば?」

 

 ニヤニヤと口元を歪めながら、冗談混じりに言う大崎さんの言葉は、突拍子もなく、俺は含んでいたビールを吹き出した。

 とうとう、頭がおかしくなったのかとため息をこぼしながら、床を拭いていると、また大崎さんは言葉を吐く。


「お前、いっつも待ってないで、行けばいいのに。状況を変えるには、行動を変えるのがいいんだぞ?何か違うものが見えるかもしれないしな。……それにお前、あの子が他のヤツと結婚したらどうするや?お払い箱だぞ?」


 いつもくだらない言葉ばかり吐き出す大崎さんは、かなり酔っぱらっているのだろう。


 暗い夜は時間が経てば、必ず朝がやってくるけれど、変わらない状況はいくら待っていても明るくはならない。

 朝日が昇り明るくなるためには、何かをしなければならないのかもしれない。





 ピンポーン


 日曜日の夕方、インターフォンが鳴り響く。

 こんな時間に自分に用事のある客を思い浮かべられない。

 居留守確定で、モニターを覗くと珍しい人が小さく映ったいた。


「孝志?いる?」


「あぁ、今、開けるわ」


 ほどなくして、部屋のドアの向こうに人の気配がして、インターフォンが鳴る。


 ドアを開けるとそこには、姉の麻美がにこやかに立っていた。


「悪かったわね、急に来て。ちょっと近くまで来たから……」


「あぁ、うん。どうかした?」

 結婚後、近くに住んでいるにも関わらず、姉がここを訪ねてきたことはほとんどない。また、こうして事前の連絡がないことも、珍しい。


「ちょっと、上がっても大丈夫?」

「あぁ」

 麻美は奥の様子を伺うように、視線を遠くに飛ばし、キョロキョロと落ち着かない。

 廊下を進み、リビングのソファーに浅く腰かけると、キッチンでコーヒーを淹れる姿をじっと見つめてくる。


「……どうかした?」


「孝志、彼女できた?」


「……何だよ?いきなり」


「いや……、さっき友達と会ってて、あんたが女の子と歩いてるのを見たって聞いて。いてもたってもいられなくなっちゃってね」


「……」


「嬉しかったから。あんた、母さん、いなくなってから、離婚して。どうなることかと思ってたのよ?どんよりしてるし、イライラしてるし……。あれから、ずいぶん表情も良くなってきたとは思ってたけど、彼女どんな人?今日、会えるかもしれないって、ちょっと楽しみにきたんだけど、いないみたいで残念」

 麻美は肩をすくめて笑う。今からながらに、心配をかけていたことを知る。


「……彼女じゃないんだ」


「え?そうなの?手をつないで、ニコニコしてたって聞いたよ?……そうなの、彼女じゃないのか……。母さんも喜んでると思ったのに」


「……」

 俺は何と言えばいいのかわからない。けれども、母の若い頃にそっくりと言われている姉の下がった眉が、一瞬、母の姿と重なる。


 ーー母さん


「孝志?」


「あぁ、うん。……何か言った?」


「まだ、若いんだし、好い人見つけて楽しみなさいよね?……でもあんた、かなりマザコンだし、なかなか見つからないわね?」


「……うるさい」


 カラカラと笑って、さっさと姉は部屋を出ていく。

 旦那が子供みてるから、あんまりのんびりしてられないのよねと、冷たい風をもろともせず、ぶんぶんと手を振る。



 俺は一人キッチンに立ち、だし巻き卵を焼く。

 部屋に来る度に食べたいと言うニコニコ笑う彼女。

 もう二度と来なくなるかもしれない、彼女が結婚すれば。

 自分の思いを伝えても、もうここには来ない。

 明日かあさってか、でもいつかきっと、彼女は誰かのものになる。自分以外の誰かと結婚してしまう。


 ーーなら、伝えたい。


 俺は、スマホを手にしてから車に乗った。風は止み、空気がキンと張りつめるような夜、天気予報は雪だった。




 彼女の小さなアパートは、朝になっても陽は射し込まない。雪のせいかカーテンの隙間から漏れるぼんやりとした光が部屋全体を明るくする。

 部屋は寒く吐き出す息が白い、眠ったままの彼女の柔らかな肩をしっかりと抱きしめ、布団を引っ張る。彼女のほんの少し開いた唇を指でそっとなぞり、丸く柔らかな頬から耳を撫で、長い髪をすく。

  結局、もうダメと言う彼女の言葉を全く聞き入れることはできなかった。

  二度と彼女を離したくはない、他の誰にも触れさせたくはない。

 彼女の髪に顔を埋めて、耳元で呟く。


「もう、俺のいないところで酒は飲むな。絶対に」



これにて完結となります。

楽しんでいただけると嬉しいです。


思い付いて勢いで書きはじめ、かるーく終わるはずが、なかなか、かるーく書き終えられませんね……。


また、お会いできますように。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ