第3話:外回りへの同行と苦い背中
翌朝、フォート・レムナントの東側ゲート前。
使い込まれながらもよく整備された装備を点検するゲオルグとダルカスの姿を見つけ、クリストファーはまっすぐに歩み寄った。その後ろには、同じく身なりを整えたレイラが静かに従っている。
「ダルカス殿、そしてゲオルグ殿。本日の外回り警戒任務、僕たちも同行させてほしい」
クリストファーの凛とした、しかしどこか必死さの混じった申し出に、作業の手を止めたゲオルグはあからさまに顔をしかめた。
イラついた様子で鼻を鳴らすと、ゲオルグは吐き捨てるように言った。
「はぁ? 外回りだと? 冗談じゃねぇ。昨日の今日で、何を調子に乗ってやがる。お前たちのような王都育ちの坊主を連れて行くだけで、こっちの動きが制限されて足手まといになるんだよ。お断りだ」
明確な拒絶反応だった。しかし、クリストファーも引き下がらない。
「足手まといにはならない。現場を知るために、どうしても同行させてほしい」
「やれやれ……」
面倒くさそうに頭を掻いたゲオルグは、傍らにいたダルカスへと視線を投げた。
「おい、ダルカス。お前が面白半分で連れ回すから調子に乗るんだ。責任を取って面倒を見ろ。俺様は別のルートを回るからな」
「はいはい、分かりましたよ。そんなに睨まないでくれ、ゲオルグ隊長」
ダルカスは肩をすくめると、呆れたような、しかしどこか面白がるような笑みを浮かべてクリストファーに向き直った。
「そういうわけだ、坊ちゃん。今日もよろしくな。新人用のルートで行くが、それでも危険な密林だ。任務中は俺の言うことには従うこと。いいな?」
「承知した。……感謝する、ダルカス殿」
こうして、ゲオルグは別の部隊を率いて早々に出発し、残されたクリストファー、レイラ、そしてダルカスの三人が、危険度の低い外回り哨戒ルートを受け持つこととなった。
重厚な防護門を抜け、基地の外の世界へと踏み出す。
一歩足を踏み入れた途端、むせ返るような湿気と、植物の腐臭が鼻腔を突いた。王都の管理された空気とは異なる、剥き出しの自然と殺意の入り混じった空間だ。
「気を抜くなよ。――ああ、坊ちゃん。魔術での索敵はなしだ」
クリストファーの魔術適正は「雷」「水」「活性」。周囲の湿度の高さを見て、水の魔術「探索の霧」による索敵をしようとしたクリストファーは、ダルカスの言葉を聞いて魔術を止める。
王都で学んだ戦術は「まず索敵をして敵の布陣を知るべし」だったはずだが――
「奴らは魔力を感知する。魔術での索敵は不必要に奴らを刺激するんでな、やめときな」
軽薄そうな口調とは裏腹の真剣な表情を見て、クリストファーは頷くしかなかった。
しばらく鬱蒼とした木々の間を縫うように進んだ時だった。
「――来るぞ。二匹だ」
ダルカスの警告。直後、草むらが不自然に揺れ、低い唸り声が響く。
茂みの陰から現れたのは、鋭い鉤爪を発達させた犬型の生体兵器が2体。赤く爛れた目をこちらに向け、牙を剥き出しにして接近してくる。
「僕たちがやる! レイラ!」
「はい!」
クリストファーは焦りを抑え込み、迎撃態勢に入る。レイラが活性魔術で身体強化して前衛を務め、クリストファーが後ろから魔術攻撃をする布陣だ。
しかし、湿度の高さが災いして足元の地面はぬかるんでいた。
「っ……!」
犬型特有のサイドステップ。照準を合わせようとして、ぬかるみに紛れていた窪みに足を取られるクリストファー。
一瞬体勢が崩れかけるが、咄嗟に靴底が硬い地面を捉えて踏ん張ることに成功し――
「穿て!」
放たれた雷撃はしかし、狙っていた眉間からは逸れて足先に命中した。
それでも動きの鈍った生体兵器に対し、レイラが畳みかけてトドメを刺す。
もう一体はと向き直ると、生体兵器の残骸を前に大剣を納めるダルカスの姿があった。
(いつの間に…!? それに…)
クリストファーは自分の足を支えた硬い土の痕跡に目をやった。周囲のぬかるみに比べて明らかに不自然であり、何より魔力の痕跡が感じられる。
おそらくは土魔術。だが、レイラの魔術適正は「光」「活性」「生活」だ。となると――
「……今の、貴方が?」
「あぁ。足場がグラついてたからな」
助けられた形となったが、クリストファーの胸に去来したのは激しいプライドの反発だった。
「……余計な手助けは不要だ。僕は自分の力で対処できる」
「はいはい、頼もしいこって」
ダルカスは苦笑いを浮かべるだけで、それ以上追及はしなかった。
だが、その慢心はすぐにかき消されることとなる。
再び、別の生体兵器の群れが奇襲をかけてきた。周囲の植物に擬態し、異常に発達した蔓を鞭のようにしならせる『植物型』の生体兵器。密林に紛れて正確な数がわからない。
「――気をつけて、クリストファー様! 足元から!」
レイラの警告が届くよりも早く、地中から這い出た強靭な緑色の蔓が、クリストファーの足首を絡め取った。
「っ……!」
引きずり倒されるように、クリストファーは地面へと転倒した。手をついた拍子に武器を取り落とし、魔術の構築が完全に途切れてしまう。
上空から、別の生体兵器が枝を伝って覆いかぶさるように落下してきた。必死で身を捩り直撃こそ免れたものの、目の前で鋭い棘の生えた蔓が踊るように振るわれる。
(しまった……!)
死の恐怖がよぎった瞬間、風を切り裂く音が響いた。
――ズバッ!
ダルカスが踏み込み、目の前の生体兵器を一刀両断にする。返す刀で蔓を断ち切り、クリストファーを見下ろした。
「っとと、危なかったな。余計じゃない手助けはさすがに必要だろ、坊ちゃん?」
「くっ……!」
クリストファーは顔を真っ赤に染め上げたが、言い返す言葉が出なかった。
ダルカスは残る生体兵器の群れへと単身で踏み込み、瞬く間に無力化していく。
その戦いぶりを間近で見たクリストファーに、言葉にし難い戦慄が走った。
あまりにも速い。無駄な動作がなく、魔力の消費すら最小限に抑えられている。それは戦闘というよりも、日常のルーチンワークのようだった。
藪をかき分けて奇襲を仕掛ける生体兵器に対しても、まるで予見していたかのように的確に対処していく。
何とか立ち上がったクリストファーが援護しようとは思えないぐらい、完璧な「処理」だった。
(嘘だ……。なぜ、あんなに……)
動揺を隠せないクリストファーは、息を整えるダルカスに震える声を向けた。
「……ダルカス殿。貴方の……キャパシティは、いくつだ?」
不意の質問に、ダルカスは片眉を上げた。
「ん? 俺のか? 別に隠すようなもんでもねぇが……俺のキャパシティは『6』さ。活性と土がそれぞれ3ずつの、どこにでもいる凡庸な配分だよ」
その答えを聞いた瞬間、クリストファーの思考が停止した。
キャパシティ『6』。それは従者のレイラと同じ数値であり、自分の『8』よりも二段階も低い。平民ならともかく王都貴族の基準で言えば中堅程度の凡庸な才能に過ぎない。
そんな才の者など、例え目上であっても自分を畏れ敬うだけの存在であるはずだった。――少なくとも王都では。
(僕の『8』は一体……何なのだ……?)
才能の差ではない。そこにあるのは、圧倒的な「場数」と、過酷な最前線で生き抜いてきた者だけが持つ途方もない経験の差だった。自分が誇っていた才覚など、この現実の前では薄っぺらなハリボテに過ぎなかったのだ。
「おい、どうした坊ちゃん。顔色が真っ青だぞ」
ダルカスの声が遠くで聞こえる。
「……なんでもない。……行こう」
「――いや、今日はもう引き上げ時だな。戻るぜ」
どこかトーンの下がったようなダルカスの声に、思わず顔を上げるクリストファー。
だが、ダルカスの表情を見て、言葉が何も出なかった。
「俺の言うことには従うって話だろ? さ、撤収撤収。ま、初心者にしちゃあよくやった方だと思うぜ、坊ちゃん」
クリストファーは泥まみれの服を払うこともせず無言のまま項垂れ、重たい足取りで踵を返した。




