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第2話:最前線の現実と旧文明の残骸

 ダルカスに率いられ、足を踏み入れたフォート・レムナントの内部は、外観以上に異様かつ殺伐とした空間だった。

 王都の洗練された石造りの街並みとは比べるべくもない。四方を埋め尽くす密林に聳え立つのは、先史時代の「地の民」が遺した数メートルの厚みを誇る超硬合金の防壁である。その鈍い銀色の表面には、幾層もの無機質な補強板が打ち付けられ、至る所に熱線や打撃で削られた生々しい痕跡が残されていた。さらに、ここから徒歩で一日ほど北方へ進んだ先にある砂漠の極地には、同じ先史時代の「天の民」に由来する巨大な遺跡群が点在しており、この基地はその攻略のための最前線橋頭保となっていた。


「これを見ろよ、坊ちゃん」


 ダルカスが壁の一部を指さした。そこには、太いケーブルがむき出しのまま這い回り、防壁の基底部に埋め込まれた不気味な金属塊へと繋がっている。


「地の民が遺した自動防衛システムの残骸さ。もっとも、中身はとっくにイカれててな。基幹回路を無理やり迂回させて、手動で騙し騙し動かしてる状態さ。出力も不安定でな、そんときゃ雷魔術の出番だ。だがこんなオンボロにも頼らないと、密林側から押し寄せる『生体兵器』の群れを食い止められん」


 ダルカスの言葉に、クリストファーは思わず生唾をのんだ。生体兵器――王都の講義や文献では、感情も意志も持たずただ殺戮と増殖のプログラムに従って動く、様々な形状をした「討伐対象」としか書かれていなかった。しかし、この現場においてそれは、四方を囲む密林の闇から絶え間なく襲い来る、生々しい死の脅威そのものだった。

 さらに、ダルカスは北方を顎でしゃくった。


「おまけに、北の砂漠極地にある天の民の遺跡群からは、時折『機械兵器』どもが放つ電磁波のノイズが届きやがる。そのせいで、せっかくの防衛システムが突然暴走したり、バグを起こして停止したりするのさ。一瞬の油断が即、基地の崩壊に繋がりかねない」


 言葉の端々に漂うのは、軽薄な口調とは裏腹の、過酷な現実に裏打ちされた冷徹な重みだった。

 移動するにつれ、クリストファーの視界には現場で働く人々の姿が映り込む。防壁の足場に身を乗り出し、火花を散らしながら溶接作業を行う冒険者。重厚な甲冑を纏い、目だけを油断なく密林へ向け続ける軍人の歩哨。誰一人として無駄口を叩かず、それぞれの役割を無言で黙々とこなしていた。


 その時だった。

 クリストファーたちから少し離れた、防壁のメンテナンス区画近くの茂みが突然激しくざわめいた。


「――来るぞ!」


 誰かの短い怒声と共に、密林の闇から黒い影が飛び出した。体長一メートルほどの小型の四足歩行型生体兵器が数匹、鋭い爪を剥き出しにして作業中の冒険者たちへと襲いかかったのだ。


「ちっ、またかよ」


 襲撃を受けた作業員の一人である屈強な冒険者は、表情一つ変えずに手元のトリガーを叩いた。連動して、壁面に残された防衛システムから低く重い駆動音が響き、数条の青白い閃光――魔力熱線が放たれる。直撃を受けた一匹が宙で弾け、残る生体兵器も間髪入れずに踏み込んだ別の冒険者の剣撃によって鮮やかに両断された。

 戦闘が始まってから終わるまで、わずか数秒の出来事だった。


「おい、左の配線に液が掛かったぞ。早めに拭き取っとけ」

「了解。……って、いてっ」


 撃退の際、冒険者のひとりが生体兵器の鋭い爪にかすめられ、腕の布を破られて浅い傷を負っていた。血が滲んでいる。しかし、当の本人は痛がる様子もなく、周囲の仲間も「お前、また引っかかれやがったのか」「消毒薬はそっちだぞ」と笑い飛ばすばかりだった。

 誰一人として慌てふためく者はおらず、恐怖に顔を歪める者もいない。それは彼らにとって、息をするのと変わらない「日常のひとコマ」に過ぎなかったのだ。


「……見たかい、坊ちゃん」


 ダルカスは腕を組み、冷ややかな、だがどこか親愛を含んだ眼差しを、目を丸くしているクリストファーに向けた。


「ここでは生体兵器の襲撃なんてのは日常茶飯事だ。驚くような事件ですらない。あんたが王都の安全な部屋で想像していた『最前線の英雄譚』なんてものは、ここには転がってねぇ。あるのは、ただ命を繋ぎ止めるための地道な作業と、それをこなす連中の日常だけだ」


 ダルカスの言葉に、クリストファーは返す言葉を見失い、ただ立ち尽くした。

 先ほど司令室で、彼は「現場の冒険者たちが私利私欲に走り、規律を乱している」と決めつけた。自分こそが甘え切った体制を正す改革者なのだと、心のどこかで誇っていた。

 だが、実際の現場はどうだ。怠惰に溺れる者など一人もおらず、全員が極限の環境下で、いつ起こるかも知れない死の襲撃を日常の一部として受け入れ、自らの命を削りながらこの橋頭保を支え続けている。彼らが守っているのは私利私欲ではなく、人の生活圏を守る防壁なのだ。


(僕が言っていた改革とは、いったい何だったんだ……)


「……クリストファー様」


 背後から寄り添うレイラの声も、どこか重く沈んでいた。


「……分かっている、レイラ。何も言うな」


 クリストファーは唇を強く噛み締め、両手を固く握りしめた。

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