第5話 怪談の正体
月曜日。
ぼくは、いつもよりちょっと早く学校に着いた。ランドセルを背負ったまま、しばらく校門の前で立ち止まる。金曜日の夜、この門をこっそりくぐって、くすぐり幽霊……麻衣先生にくすぐられたんだった。
階段をのぼっても、もう怖くはない。あっという間に教室についた。
授業が終わって、給食が終わって、掃除の時間が終わって、やっと放課後になった。
今日は、図書室に行くつもりだった。麻衣先生が「好きな本を一冊貸してあげる」って言ってくれたからだ。それに、あの歌のことも……もっとちゃんと聞いてみたい。「一本橋こちょこちょ」の本って、あるんだろうか。図書室の司書の先生なら、知っているかもしれない。
図書室に着くと、ドアが半分開いていた。中から、ひそひそ話す声が聞こえる。どうやら、まだ他にも生徒がいるみたいだ。ぼくは、なんとなくそのまま入る気になれなくて、廊下の壁にもたれて待つことにした。
なぜだろう。麻衣先生と二人きりになるのが、ちょっとだけ恥ずかしかった。金曜日の夜のことを思い出すと、わきの下がむずむずしてくる。あの、すごいくすぐり。耳の後ろをこしょこしょされて、変な声が出ちゃったこと。倒れ込んで、先生の胸に顔をうずめるみたいになっちゃったこと。
思い出したら、顔が熱くなってきた。
だめだだめだ。今日はただ、本を借りに来ただけなんだから。
「ゆーうとくん」
いきなり耳もとで声がして、ぼくは飛び上がった。
「うわあっ!」
ふり返ると、千夏ちゃんがいた。いつの間にか、ぼくの真後ろに立っている。あいかわらず、足音を立てずに近づくのが上手い。
「な、なに、千夏ちゃん!」
「なに、じゃないよ。図書室の前で、なにボーッとしてるの?」
千夏ちゃんは、いたずらっぽい目でぼくを見上げてきた。
「べ、別に。ちょっと本を借りようと思って」
「ふーん。あ、もしかして、くすぐり幽霊の本?」
千夏ちゃんが、声をひそめて言った。ぼくは、あわてて千夏ちゃんの口をふさごうとしたけど、手を伸ばす前に、千夏ちゃんがひょいっと身をかわす。
「やっぱり!ねえ、金曜日、ほんとに夜の学校に行ったの?」
「……行ったよ」
「で、どうだった?幽霊、いた?」
千夏ちゃんの目が、好奇心できらきら輝いている。これはもう、ごまかせないな。ぼくは観念して、かくかくしかじかと話しはじめた。
「幽霊は、いたんだ。階段をのぼってきたら、後ろから足音がしてさ。『かいだんのぼって、こちょこちょこちょ』って歌が聞こえてきて……」
「え、ほんとに!?」
「うん。それで、ぼくは踊り場のロッカーの影に隠れたんだけど、見つかっちゃって。そしたら、幽霊が飛びかかってきて、こちょこちょって」
「きゃー!それで、どうなったの!?」
千夏ちゃんが、両手を口に当てて、目をまんまるにしている。
「それがさ、すごかったんだよ。千夏ちゃんの特訓より、もっともっとすごいくすぐりでさ。指がすごい速さでモミモミ、こちょこちょって動いて、くすぐったいツボを全部狙ってくるんだ。わきの下とか、わき腹とか、お腹とか、耳の後ろとか……」
「耳の後ろ!?ゆうとくん、そんなところまでくすぐられちゃったの!」
「うん……。幽霊に見つかっちゃって、そこを集中攻撃されて、もう大爆笑で、立てなくなっちゃって」
「へえー!その幽霊、くすぐりのプロなんだね!」
千夏ちゃんは、なぜかうれしそうに言った。
「それで、そのあとどうなったの?朝までくすぐられたの?」
「いや、実はね……」
ぼくは、声をひそめた。まわりに誰もいないことを確認してから、千夏ちゃんにささやく。
「幽霊の正体、わかったんだ。あれ、司書の麻衣先生だったんだよ」
「ええっ!?」
千夏ちゃんが、大声をあげた。
「麻衣先生が、くすぐり幽霊だったの!?」
「そう。先生、すごく怖がりで、夜の見回りが嫌で嫌で仕方なくて、それで一本橋こちょこちょの歌を歌いながら見回りしてたんだって。そしたら、夜に忍び込んだぼくを幽霊と間違えて、くすぐっちゃったんだ。幽霊を笑顔にさせて、成仏してもらおうと思ってたみたい。颯太先輩も、ほんとは先生がくすぐってたんだよ」
「なにそれ!おもしろすぎる!」
千夏ちゃんは、お腹をかかえて笑い出した。
「それでね、ぼくも幽霊と間違えられて、さんざんくすぐられちゃったんだ。でも、ぼくが倒れ込んじゃって、先生に触れたら、あったかくてさ。それで気づいたんだ、幽霊じゃないって」
「それで、麻衣先生はなんて?」
「すごく謝ってた。あとでお詫びに本を一冊貸してくれるって。だから今日、図書室に来たんだよ」
千夏ちゃんは、うんうんとうなずいて、それからにんまりと笑った。
「そっかー。じゃあ、ゆうとくんは、麻衣先生のくすぐりの虜になっちゃったんだね」
「な、なに言ってるんだよ!そんなんじゃないって!」
「だって、顔が真っ赤だよ?」
千夏ちゃんに言われて、ぼくは自分のほっぺたを触った。たしかに、なんだか熱い。
そのとき、ぼくたちは気づいていなかった。
図書室の中が、いつの間にか静かになっていることに。
そして、ぼくの背後で、誰かが立っていることに。
「そのことは、秘密にしてほしかったんだけどなあ~」
声がした。
ぼくは、心臓が凍りつくかと思った。
おそるおそる振り返る。
そこには、麻衣先生が立っていた。にこにこ笑っている。でも、その目は笑っていない。そして、両手を胸の前でわきわきさせながら、ゆっくりと指を動かしている。
くすぐるポーズだ。
「ゆ、ゆうとくん?私、あのとき言ったよね。『本当のことは恥ずかしくて言い出せない』って。それを、千夏ちゃんに話しちゃったの?」
「せ、先生!ち、ちがうんです!これは、その……!」
「ううん、いいのよ。でもね、秘密をばらしちゃったお仕置きは、ちゃんと受けてもらわないとね」
麻衣先生は、いたずらっぽい笑みを浮かべて、一歩、また一歩と近づいてくる。ぼくは、後ずさりした。でも、後ろはもう壁だ。逃げ場がない。
「ま、待ってください先生!千夏ちゃんは信用できるんです!絶対に誰にも言わないから!」
「そういう問題じゃないの。ゆうとくんが、私の秘密を勝手に話したことが問題なんだよね~?」
麻衣先生の指が、ぼくのわきの下めがけて、するすると伸びてくる。
「ひっ……!」
「こちょこちょこちょこちょ!」
その瞬間、ぼくのわきの下に、麻衣先生の細い指がもぐりこんだ。そして、すごい速さでモミモミ、こちょこちょって動き出す。
「あははははは!せ、先生、待って、あはははは!」
「待たないよ~。金曜日の夜に、ゆうとくんの弱点はぜーんぶ調べてあるんだから」
麻衣先生の指が、わきの下のくぼみを正確に狙って、ぐりぐり、こちょこちょって動く。あの夜と同じ、いや、それ以上に激しいくすぐりだ。先生の指は、まるで意志を持っているみたいに、ぼくの体の上を自由自在に這い回る。
「あはははは!降参!降参しますってば!」
「だ~め。わき腹も、こちょこちょこちょ」
「ひゃあああ!そこ、やめてぇ!」
ぼくは、もう立っていられなくなって、その場にしゃがみこんだ。でも、麻衣先生も一緒にしゃがんで、くすぐりの手をゆるめない。むしろ、ぼくのことをくすぐりやすくなったのか、背中や腰のあたりまで攻めてくる。
「こちょこちょこちょ!お腹も、こちょこちょ!」
「あははははは!むりむりむり!お願い、ほんとに!」
ぼくは、涙を流しながら大笑いした。図書室の前にこんな姿をさらしているなんて、誰かに見られたらどうしよう。でも、もうそんな心配をする余裕もない。くすぐったさで頭の中がいっぱいで、何も考えられない。
そのとき、隣から声がした。
「あの、麻衣先生……!」
千夏ちゃんだった。
ぼくと麻衣先生のくすぐり合戦(というか、ぼくが一方的にくすぐられているだけだけど)を、じーっと見ていた千夏ちゃんが、おそるおそる口を開いた。
「こちょこちょ、すっごい上手いんですね!ゆうとくん、こんなに大笑いしてる!」
千夏ちゃんの目が、キラキラ輝いている。その顔は、新しいおもちゃを見つけた子どもみたいだった。
「あの、私も、やっていいですか?」
ぼくは、耳を疑った。
「ちょ、千夏ちゃ……あはははは!な、何言って……!」
「いいわよ、千夏ちゃん」
麻衣先生が、にっこり笑って言った。くすぐる手は休めないままだ。
「でも、ひとつだけ条件があるの」
「なんですか?」
「幽霊の正体が私だってこと、誰にも言わないって約束してくれる?」
千夏ちゃんは、勢いよくうなずいた。
「もちろんです!絶対に言いません!」
「よろしい。じゃあ、好きなだけくすぐっていいわよ、千夏ちゃん!」
「やった!」
千夏ちゃんは、ぴょんと跳びはねると、ぼくの前にしゃがみこんだ。その顔が、もう、ものすごく楽しそうで、ぼくは背筋がぞくっとした。
「ゆうとくん、覚悟してね。麻衣先生のくすぐりであんなに弱ってるところに、私のこちょこちょも追加されたら、どうなっちゃうのかな?」
「ま、待って、ほんとに、あははははは!」
千夏ちゃんの指が、ぼくのお腹をこちょこちょこちょってくすぐりはじめた。同時に、麻衣先生の指が、ぼくのわきの下を攻撃する。二人がかりのくすぐりだ。もう、何がなんだかわからない。
「あははははは!ふ、二人は反則だってばぁ!」
「反則じゃないもーん。ね、麻衣先生」
「そうね。これはお仕置きなんだから、反則も何もないのよ。こちょこちょこちょ~!」
麻衣先生の指が、ぼくの耳の後ろに伸びてきた。最大の弱点だ。
「ひゃんっ!そこ、だめ、ほんとに、あはははは!」
「ゆうとくん、耳の後ろが最強の弱点なんだね。私も覚えちゃった!」
千夏ちゃんが、うれしそうに言って、ぼくの反対側の耳の後ろをこしょこしょしてきた。もう、左右から同時に耳の後ろを攻められて、ぼくは声にならない声をあげるしかない。
「ひ、ひぃ……!も、ほんとに、むり……!」
「は~い、そこまで」
麻衣先生が、ぱっと手を離した。千夏ちゃんも、名残惜しそうに指を引っ込める。
ぼくは、もうぐったりと床に倒れ込んで、ぜえぜえと息をしていた。お腹がひくひくしている。涙で前が見えない。でも、不思議と嫌な気持ちはしなかった。むしろ、なんだかすっきりしたような、楽しいような、変な気分だった。
「ゆうとくん、大丈夫?」
麻衣先生が、心配そうにのぞきこんできた。さっきまでのいたずらっぽい顔じゃなくて、いつもの優しい先生の顔にもどっている。
「だ、大丈夫、です……」
「ごめんね、ちょっとくすぐりすぎちゃったかな」
麻衣先生は、そう言って、ぼくの頭をそっとなでてくれた。その手が、すごくやさしくて、あったかくて、ぼくはなんだか泣きそうになった。いや、もう笑いすぎて泣いてるんだけど。
「せ、先生……あの……」
ぼくは、床に座ったまま、麻衣先生を見上げた。
「一本橋こちょこちょの本って、ありますか?図書室に」
麻衣先生は、ちょっと意外そうな顔をして、それからふんわりと笑った。
「あるわよ。手遊び歌の本が、昔話のコーナーにあるの。ちょっと待っててね」
先生は立ち上がると、図書室の奥の方へ歩いていった。その背中を見送りながら、千夏ちゃんがぼくにささやいた。
「ねえ、ゆうとくん。麻衣先生って、ほんとにいい先生だね」
「……うん」
「くすぐりもすごいし、やさしいし。私、先生のこと、もっと好きになっちゃった」
千夏ちゃんは、そう言ってにこっと笑う。
やがて、麻衣先生が一冊の本を抱えて戻ってきた。表紙はちょっと古びていて、「日本のわらべうた」と書いてある。
「はい、これ。一本橋こちょこちょだけじゃなくて、いろんな手遊び歌が載ってるのよ。おすすめは、『お地蔵さんは笑わない』と『こちょこちょ電車』ね。どっちも楽しいわよ!」
「ありがとうございます!」
ぼくは、その本を大事に受け取った。表紙をめくると、中にはたくさんの歌と遊び方が、かわいいイラストと一緒に載っている。これを読めば、麻衣先生と一緒にくすぐり歌で遊べるかもしれない。
「ねえ、先生」
千夏ちゃんが、手をあげた。
「私もその本、読みたいです!それに、一本橋こちょこちょ、やってもらえませんか?」
「やってみる?」
「はい!本に書いてあるのを見るだけじゃなくて、実際にどうやるのか、見てみたいんです」
麻衣先生は、ちょっと恥ずかしそうに笑った。
「しょうがないわね~。じゃあ、ちょっとだけよ」
先生は、本をぱらぱらとめくって、「一本橋こちょこちょ」のページを開いた。そして、その場にしゃがみこむ。
「千夏ちゃん、ちょっと手を出してくれる?」
「はい!」
千夏ちゃんが、うれしそうに手のひらを差し出す。麻衣先生は、その手のひらに、自分の人差し指をそっと置いた。
「♪いっぽんばし こちょこちょ~」
「♪たたいて つねって かいだんのぼって こちょこちょ~」
先生が歌いながら、千夏ちゃんの手のひらをつんつん、ぺちぺち、そして最後に脇の下をこちょこちょってくすぐる。
「きゃはは!くすぐったい!」
千夏ちゃんが、手を引っ込めて笑った。
「これが一本橋こちょこちょよ。夜の見回りの時は、ずっと歌ってたの。はたから見たら変な人よね。」
麻衣先生は、ちょっと照れくさそうに言った。
「♪かいだんのぼって こちょこちょこちょ~」
「♪いちだんのぼって こちょこちょこちょ~」
先生が小さな声で歌うと、千夏ちゃんが手拍子を始めた。ぼくもつられて、一緒に手を叩く。
「ねえ、みんなでやってみようよ!」
千夏ちゃんが、明るい声で言った。
「いいわね~。じゃあ、まずは私が歌うから、ゆうとくんと千夏ちゃんで、手遊びしてみて」
「え、ぼくがやるの?」
「もちろん。さっきのお返しくらいしていいよね。はい、千夏ちゃん、手を出して」
麻衣先生に言われて、千夏ちゃんがぼくに手のひらを差し出す。
「ゆうとくん、お手柔らかにね」
「そ、それはこっちのセリフだって……」
ぼくは、おそるおそる千夏ちゃんの手のひらに指を置いた。
「♪いっぽんばし こちょこちょ~」
「♪たたいて つねって かいだんのぼって こちょこちょ~」
麻衣先生の歌に合わせて、ぼくは千夏ちゃんの手のひらをつんつん、ぺちぺち、そしてこちょこちょってくすぐった。
「あはは!くすぐったい!でも、楽しい!」
千夏ちゃんが、笑いながら手を引っ込める。その顔が、すごく楽しそうで、ぼくもつられて笑顔になった。
「次は千夏ちゃんがやってみて」
「はーい!」
千夏ちゃんが、ぼくの手のひらに指を置く。
「♪いっぽんばし こちょこちょ~」
千夏ちゃんの指が、ぼくの手のひらをつんつんってつついた。それが、なんだかくすぐったくて、ぼくは思わず笑ってしまう。
「あはは、ちょっと、くすぐったいって!」
「まだまだ!♪♪たたいて つねって かいだんのぼって こちょこちょ~」
千夏ちゃんが、最後にぼくの脇の下をこちょこちょこちょってくすぐった。その指が、脇の下のツボを狙っていて、これがもう、すごくくすぐったい。
「あはははは!こうさん、こうさんだってば!」
ぼくが手を引っ込めると、千夏ちゃんと麻衣先生が、顔を見合わせて笑った。
「ゆうとくんは、ほんとにくすぐったがりやさんね」
麻衣先生が、くすくす笑いながら言った。ぼくは、なんだか恥ずかしくて、でも、嫌な気持ちはしなくて、むしろ、この時間がずっと続けばいいのにと思った。
それからも、三人でしばらく手遊びを続けた。一本橋こちょこちょを何度もやって、次は『お地蔵さんは笑わない』をやって、その次は『こちょこちょ電車』をやった。どの遊びも、最後には必ずくすぐりが入っていて、ぼくはそのたびに大笑いした。千夏ちゃんも笑った。麻衣先生も、いつの間にか大きな声で笑っていた。
図書室の中に、笑い声が響く。本に囲まれた静かな部屋が、今日だけは、ちょっと特別な場所になった。
気がつくと、窓の外がすっかり暗くなっていた。
「あら、もうこんな時間。みんな、そろそろ帰らなきゃね」
麻衣先生が、窓の外を見て言った。
「えー、もう帰るの?」
千夏ちゃんが、残念そうに言った。
「もう暗くなっちゃったし、おうちの人が心配するわ。また明日、図書室においで。そしたら、他の手遊び歌も教えてあげる」
「ほんとですか!やった!」
千夏ちゃんが、ぴょんぴょん跳びはねる。
ぼくは、借りることにした「日本のわらべうた」の本をランドセルにしまって、立ち上がった。まだ体が笑い疲れているけど、心はすごくぽかぽかしていた。
「先生、ありがとうございました。本、大事に読みます」
「うん。でも、ちゃんと返してね。それと……」
麻衣先生は、ちょっとだけ真面目な顔になって、人差し指を口の前に立てた。
「今日のことは、二人とも、くれぐれも内緒よ。くすぐり幽霊の正体が私だって、恥ずかしくて絶対言えないんだから」
「大丈夫です!誰にも言いません!」
千夏ちゃんが、勢いよくうなずく。ぼくも、しっかりとうなずいた。
「絶対に言いません。約束します」
「よろしい」
麻衣先生は、にっこり笑って、ぼくたちの頭をポンポンと軽く叩いた。
「それじゃあ、気をつけて帰ってね」
「「さようなら!」」
ぼくと千夏ちゃんは、声をそろえてあいさつすると、図書室をあとにした。
廊下は、夕方の薄暗さにつつまれていた。窓から差し込む外灯の光が、床に細長い影を落としている。昼間はあんなににぎやかな廊下も、今はしんと静まりかえっていて、ぼくたちの足音だけが響いていた。
「ねえ、ゆうとくん」
階段のところまで来たとき、千夏ちゃんが口を開いた。
「今日、すごく楽しかったね。麻衣先生って、ほんとに面白い先生だね」
「うん。図書室であんなに笑ったの、初めてだよ」
「私も。また明日も図書室に行こうかな。手遊び歌、もっと教えてもらいたいし」
「そうだね」
そんなことを話しながら、ぼくたちは階段を降りはじめた。
一歩、一歩、階段を降りていく。
そのときだった。
下の方から、かすかに音が聞こえた。
パタン……パタン……
ぼくと千夏ちゃんは、同時に足を止めた。顔を見合わせる。千夏ちゃんの目が、驚きでまんまるになっている。
……パタン、パタン。
今度ははっきり聞こえた。足音だ。誰かが、階段をのぼってくる。
それだけじゃない。
遠くから、かすかに歌声が聞こえてくるような気がした。
「♪かいだんのぼって……こちょこちょこちょ……」
ぼくは、ハッとして振り返った。階段の下の方を見る。
誰かがいる。
暗くてよく見えないけど、階段の下の方に、白い影が立っているような気がした。
「……麻衣先生?」
ぼくがつぶやくと、千夏ちゃんがぼくの腕をぎゅっとつかんだ。
「ち、ちがうよ。麻衣先生は、さっき図書室に戻ってったじゃん。それに、あの歌……」
「麻衣先生が歌ってるとは、限らないってこと?」
ぼくたちは、もう一度顔を見合わせた。
足音が、近づいてくる。
パタン、パタン。
階段を、一段ずつ、誰かがのぼってくる。
かいだんのぼって……こちょこちょこちょ。




