平和な国
注意!
自転車が喋るけど気にしないで!
春の風が吹き抜ける、清々しい草原の上。
あまり整備されていない荒い道の上を、一輪の自転車が走る。
運転手の髪がなびき、その顔が顕になる。
この美しき顔は、本当に旅人なのかを疑うほど。
美しいのは顔だけではない。性格も美しいのだ。
そう、この運転手のように運転を誤って地面に叩きつけないのだ。
「シド、ごめんって。理想の像を作り出さないでよ。」
「ひどいや、メル!よそ見して転んで!」
「だって周りを見てごらんよ。とても賑わってるじゃん?」
「世界が横になって見えるんだけど。」
「今起き上がらせますよ〜っと。」
メルが起こしたら、シドはようやく少し落ち着いた。
「気をつけてよね。」
「ハイハイ。」
「テキトーだなぁ。」
そんな話を、とある国の中で二人はしていた。
賑わいのある、けれども人は多過ぎず。
いつもと同じような国の中だった。
「いらっしゃいませ〜。何名様でしょうか?」
「人一人と、自転車一台です。」
「分かりました。」
受付嬢がボードを見る。
おそらく宿泊者のリストだろう。
「……!すいません!ちょうど自転車ありの個室がなくなっていまして……。」
「あ、分かりました。」
「メル、外においてかないよね?」
「流石にそんなことしないよ。別の宿を探す。」
「本当にすいませんでした!」
「いえいえ、仕方がないですよ。では。」
そう言って、シドとメルは二軒目に向かった。
二軒目、三軒目、四軒目……どこを回っても宿は埋まっていた。
ついには十時を回ろうとしていた頃。
「メル〜まだ?」
「多分次はいけると思う。」
「それ今回で六回目だよ?」
「じゃあシドだけ外で野宿か。」
「それはやだ!」
そしてようやく、七軒目で宿に泊まれることになった。
「ラッキーセブン?」
「さあ?わからない。でもよかったねシド。」
その日は宿の近くのレストランで夕飯を食べて、宿で寝た。
疲れた後のご飯は格別に美味しかった。
朝、目覚めるとシドが倒れていた。
床にばたりと、動かない。
「シド〜?大丈夫?」
「だいじょばな〜い。」
「寝相悪いね。やっぱ。」
「わかりきったこと言わないで〜。」
よっこいしょと、日課のようにシドを起こして、1日が始まった。
宿の外に出ると、何やら賑わいが起きていた。
何人もの人が一ヶ所に集まって、何かを見ている。
「あれ何?メル。」
「さあ?珍しい物でもあるとか?」
少し耳を凝らしてみると、
「ハイ、2000!」「3000!」「3100!」「4000!」と、競りをしているようだ。
「何を競ってるんだろう?」
「見に行かないでねメル。こう言うのでこの前無駄遣いしちゃったんだから。」
「は〜い。」
そう言ってメルはトボトボと歩いて、シドを手で押して食糧の調達を始めた。
それは赤くて、そして大きいカブだった。
大きさはシドの車輪ぐらい。
まさに珍しいと言えるだろう。
「ねえ、メル。」
「ん?」
「買おうとしてないよね。無理だよ色々と。」
「知ってるよ〜。珍しいな〜って見てただけ。」
そのカブをまじまじと見ていると、店員が話しかけてきた。
「あら、旅人さん?」
「あ、はい。珍しいですね。このカブ。」
「でしょう?この店の裏の畑で採れたのよ。」
「へぇ〜……。こんなのがいつも採れるんですか?」
「いやいや、こんなのは初めてですよ。だからここに飾ってるんです。あ、もちろん買うこともできますよ。」
「なるほど〜。」
メルはそう言いながら、シドをチラッと見た。
「買っちゃダメだよ?」
「大丈夫。」
メルは名残惜しそうにカブを眺めてから、必要な食糧を買って店を出た。
「買おうとしてたよね?メル。」
シドが倒れてハンドルが少し曲がってしまったので、自転車修理屋にきた。
「すいませーん。ここやってますか?」
鉄の壁でできた、綺麗とは言い難いボロボロの店の中を除くと、奥の方に人影がある。
その人影は声に気づくと、ゆっくりと振り向いた。
サングラスをかけていて、怖い人というならこの人と言える男性だった。
その男は口を開いた。
「いらっしゃい。やってますよ。」
店員は笑顔で微笑み、シドの修理に応じてくれた。
翌日、メルとシドは国の外へと向かっていた。
「ねえ、昨日の商人の言ってたあの国に行こうよメル。」
「いや、修理屋の人が話してたあっちの国に行こう。」
「いやいやあの国に……」
「あっちの国のほうが……」
そんな言い争いをしながら、国を出て行った。
ゆっくりと、ゆったりと続く。




