東部辺境軍務「ヤルバ・ルィクド森林の偵察」
皇都裁判で中央貴族から追放されてから一か月が経過した。目まぐるしくい日常の中、ようやく生活の基盤が整ってきた頃には東部国境前線の城塞から招集がかかっていた。分かってはいたが心が休まる暇がない…
初任務地はヤルバ・ルクィド森林と言う針葉樹林の密集する森林地域であった。吹雪が続いていたが今は天候が落ち着いており太陽も出てきたので雪はそこまで気にしなくてもいいと言われたが...
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「こ、こんなに積もってるなんて聞いてねえぞ...」
ネグルラは辺り一面の雪景色を見て絶望する。針葉樹が白い花を咲かせるがごとく枝や葉に雪を纏わせ並んでおり、地面には雪が降り積もっている。そこは地面は勿論、木の根すら覆い隠している白銀色に支配された世界だ。
「文句を言うな、ヤルバ・ルクィド森林は豪雪地帯としても有名な地域だ。本格的に冬になればこんなものでは済まない。野営地を設置するぞ」
ネグルラを咎めるのは帝国東部の関所を護る偵察兵士『ラルゥマクス・ビエリコフ』だ。エルフ領国との国境警備部隊において偵察の任を預かる兵士。下級貴族の出身らしいがこんな辺境に飛ばされているのを見るに「役立たず」か「問題児」の二択なのだろう
「ちょっと、ラルゥマクスさん?手伝ってくださいよ…この風の中で天幕はるのは一人じゃきついですって!」
「黙れ新入り、お前はまず文句を言う前に手を動かせ」
野営地は見晴らしの良い丘の上にある洞穴を軸に天幕と焚火を設置し視野の確保と防寒対策を両立させた場所に建てている。しかし、ラルゥマクスは洞穴の中で折り畳み式の木椅子を置き創作小説を読んでいる。
(クソ...新魔いびりか?かつて魔界を統べた大魔導師の名をもじっている癖にこの体たらくとは…名は体を表すなんて嘘だな。)
「ラルゥマ・カルド」異界から召喚されたという噂すらある大英雄の名前だ。星の外から降ってきたバケモノ「魔獣」によって奪われた魔界大陸領土の約7割をほぼ一人で奪還した大英雄だ。
魔界の古い言葉で『偉大なる道化師』の意味を持つラルゥマ・カルド...彼は俺の尊敬する者の一人なので今すぐにでも奴には改名をしてほしい
(うし、こんなもんか?野営地なんて久々に建てるな...なんだか懐かしい気分だ)
俺は入隊初日の頃を思い出していた。南部遠征で進軍中に先輩と一緒に野営地を建てた時は叱られ怒られ呆れられたりしたが、なんだかんだ楽しかったし認めてもらえた時は嬉しかった。諜報員としてそれなりの地位に着いてからは雑務も部下にやらせることが多くなっていたので久しぶりの野営設置は楽しかった
「ラル...先輩、設置終わりました。焚火の用意も出来たんで飯にしましょう」
俺は奴のことを名前で呼ばないことにした。『先輩』と呼べば奴も気を悪くはしないだろう。実際ヤツもまんざらではない様子だ
「よし、ご苦労。俺は食材を出すからお前は調理器具を出しておけ」
前線での食事は、はっきり言ってあまり良いモノではない。魔界の技術力は大陸でも最高峰の水準であり
特に軍事においては圧倒的だった。しかし食事に関しては他国のそれより一段劣る
(硬く乾燥させたせいでレンガみたいな硬さになったロク麦のパン、酒飲みしか喜ばない硬く塩辛いだけのブロック肉、コクとまろやかさという概念を知らない奴が作ったのかと疑いたくなるような粗悪なチーズ、何が美味いんだかよくわからないが一定のファンがいるシダキャベツの漬物...)
調理と言っても、肉を薄く切り漬物やチーズを木のボウルのような皿に盛り付けるだけの簡単な作業だ。
だが、俺は物足りないので湯を沸かしてソースと各種調味料を混ぜヤゴヤ大根を入れた超簡易的なスープを作る。ソースと大根は街で事前に買った品物だが、安い割には悪くない質だ
「おい、なんだそれは?何を作っているのだ」
少し興味深そうに先輩は俺の手元をのぞき込む。それまで奴は乾パンの硬さに苦戦していた
「スープを作っています、兵営拠点でトマトのソースが手に入ったのは僥倖でした。これなら美味しいスープが作れる」
俺は慣れた手つきで調味料とソースを混ぜ、大根を一口に収まるような適当な大きさに切り分けて鍋の中に沈める。下に沈殿したソースや調味料をかき混ぜて巻き上げてから様子を見て蓋をする
「ふ、ふん!前線で手に入る食料など質は知れているだろう?どんなに上手く調理しようとも粗悪なものは粗悪なままだ。くだらんな」
そういって強引にパンを食いちぎる先輩。実際に彼の認識は間違いではない、前線は戦況が常に変化するもので下手な補給経路などはすぐに寸断される。航空ドラグーン部隊の登場によっていくらかは改善されたが前線の兵糧の質が悪いのは事実だ
「でも、少しでも良くすることはできます。何事も一歩ずつですよ先輩」
それは自分に言い聞かせるような言葉でもあった。
そうだ、何事もはじめの一歩を踏み出すことが大事なのだ。帝国打倒の道のりは果てしなく長いがこうした些細な努力から始めることで見えるものも在るだろうと...
「お、良い感じだ」
蓋を開けて俺は思わず微笑んだ、予想以上に良い香りを纏わせた湯気が上がる。それはまるで作った俺に感謝を示すかのように頬を撫でていく。心地よい温かさが顔を包み、寒さで緊張状態にあった肌を優しくほぐした。
木のお椀によそい、香りを楽しみながら一口飲む。疲れた体に染み渡る嬉しい熱さだ、おれは口角を上げ頬を赤く染めながら堪能する
「ゴクリ...」
隣で先輩が羨ましそうな顔をしているのが分かった。俺は追い打ちをかけるように硬いパンを出来上がったスープに浸す。硬いパンがちぎった箇所からふやけてスープの色へと姿を変える。
「うまい...!なんだ、工夫すれば美味しいじゃないか」
少しわざとらしく笑いながら口へと運ぶ、先輩はもはや羨望のまなざしになっていた。
(さて、自慢するのはこのあたりにしておくか)
「先輩、よかったら先輩もどうぞ。少し作りすぎちゃったみたいで、まだまだ有るんです。」
お椀によそい、大根を一切れサービスしたスープを先輩へと渡す。先輩は嬉しそうな顔を一瞬見せてからつぶやく
「い、いいのか?これはお前が作ったものだろう...」
「良いんです。味の感想を聞きたいですし、何よりこういうのは皆で食べたほうがおいしいでしょう?」
「す、すまん。頂くぞ」
先輩は勢いよくがっついた。案の定、舌を少し火傷していたがおいしそうに食べていた。こういう反応は作り甲斐があるので料理した本人としても嬉しい
「う、美味いな...まさか前線でもこんな食事ができるなんて。あ...ありがとう、美味かった」
スープだけでなくシダキャベツの漬物や粗悪チーズ、塩辛肉もちゃんと食べている。彼が好き嫌いをせず完食したことや作った者への感謝を忘れなかったことが妙に嬉しかったので俺は少し彼を見直すことにした
「いいえ、お粗末様でした」
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ご飯を済ませた数時間後、兵営本部の拠点から通信が届く「珍しいな」と思った。
偵察員である俺たちから連絡を送ることはあっても、戦線が膠着状態のいま兵営本部から通信が届くのはまずない。だが少し嫌な予感はした、本部への急襲などよくある話だからだ。そしてその嫌な予感は当たった
「こちら北東前線基地本部、第067国境偵察部隊。至急応答せよ」
「こちら第067国境偵察部隊です。どうぞ」
先輩は真剣な顔で通信機に耳を当てながら応答した
「こちら北東前線基地本部、現在1000を超える魔獣の大群と交戦中。偵察員1名を残し全連絡隊こちらへ合流し戦闘支援せよ!繰り返す、現在1000を超える魔獣の大群と交戦中。偵察員1名を残し全連絡隊こちらへ合流し戦闘支援せよ!」
俺は険しい顔をする。魔獣、しかも千を超える大群となると正直、エルフの歩兵部隊よりも厄介だ
魔獣の体格や強さを示す等級が明言されなかったのは余裕がないのか、それとも数が多すぎて一括りにできないのか。どちらも勘弁願いたい状況だが切羽詰まっているのは明らかだ
「先輩は此処に残ってください。俺が行きます」
「待て、戻る途中にも魔獣は居るかもしれないんだぞ!?」
「分かってます。でも俺は器用なので平気です」
正直、俺は死にたくないので本部には戻りたくない。だが、この先輩は戻らせても確実に死ぬ。こんなことを口に出して言おうもんなら拗ねるかもしれないが間違いなく生き残れないだろう、魔族を視る目は鍛えているから間違いない。
「ほら俺って後輩ですし、いざとなったら逃げれるくらいには足の速さにも自信ありますから」
「そ、そうか?すまん...」
暗い顔をしている。自分の無力さでも感じているのかもしれないがフォローする余裕などないのであえて触れないという措置を取ることにする。
「必ず戻ります、此処はお願いしますね!!」
ブーツに刻んだ星魔印を起動させ、一気に走り出す。
突風のような速度で森林地帯の中を駆け抜ける。俺は普通の魔族よりも目が良く空間把握能力に長けているらしく、木々の間を縫うようにして走り抜ける。
「うわ、マジか...」
違和感を感じ、瞼に刻んだ星魔印を起動させレンズのように目の位置に陣が出現すると双眼鏡のように遠くの様子が見れた。十を超える魔獣が兵営本部の方角に向かって歩いている。俺は夜目が効く方ではあるが木々や岩場、雪が邪魔をして正確には分からなかった
(まぁ、なんにせよ一刻も早く何とかした方が良いな...)
エルフはもちろん、此処には魔族の暮らす集落も多い。戦闘が長引けばそれらも蹂躙されてしまうだろう。それだけは何としてでも避けねばならない
「さて、どうしたもんかね...」
『皇都中央貴族連盟』から追放されてから初めての戦闘、その初陣を知らせるかのように魔獣の遠吠えが森の中でこだました。




