第53話 侯爵の賭け
「どういうことだっ!!」
レヴナ公国の城内に、ギボル副団長の怒鳴り声が響き渡った。
アリヤの機転のおかげで、公国軍はなんとか城へ帰還することに成功した。そして、城に戻るなり、ギボル副団長はアリヤへ詰め寄った。
「貴様、あの時何をした!? 貴様は魔女なのか!?」
すかさずダンとケセフが二人の間に割って入る。
「副団長、落ち着いてください! 事情は説明しますから!」
しかし、ギボル副団長の勢いは止まらない。
「落ち着いてなどいられるかっ! 邪魔だ、どけっ!!」
ギボル副団長はダンとケセフを押し退けると、アリヤの両肩をがっしりと掴んだ。
「いたっ……!」
「おいっ!」
すぐにダンがアリヤに駆け寄るが、ギボル副団長の力は強く、引き剥がせない。
「お前が本当に魔女だというなら、俺たちは今まで何のために戦ってきたんだ!仲間が……仲間が大勢死んでいるんだぞ!何のために……!」
「……ギボル。そこまでじゃ」
その時、執事を従えたネオラ侯爵が城内から姿を現した。その姿を見た騎士たちは一斉に跪き、頭を下げる。
しかし、ギボル副団長だけはアリヤの肩を掴んだまま動かなかった。
「ギボル、彼女が痛がっておる。離してやれ」
ネオラ侯爵は歩み寄りながら、穏やかに言った。
「お言葉ですが、侯爵様!こいつはっ……!」
「知っておる」
ギボル副団長が目を見開く。
「知った上で、こやつらを同行させた。責めを負うべきはこやつではない。余じゃ」
ネオラ侯爵の言葉に、ギボル副団長はようやく手を離した。アリヤは肩を押さえながらその場に座り込む。
ダンとケセフが慌てて駆け寄った。
「……なぜですか」
ギボル副団長が俯いたまま呟く。
「なぜ魔女を庇うのですか……」
拳が震えていた。
「我々は大義のため、この国に命を捧げてきました。しかし、この女が魔女だというなら、この女を匿う我々は帝国の言う通りただの異端者に過ぎない。大義など……初めから存在しなかったということですか……」
絞り出すようなその言葉に、周囲の騎士たちも息を呑んだ。ネオラ侯爵はしばらく無言のままギボルを見つめる。
やがて、小さくため息をついた。
「……確かに、彼女は魔女だ。それは間違いない」
ギボル副団長がぐっと歯を食いしばる。
「しかしな、ギボル」
ネオラ侯爵は静かに続けた。
「お前はこの数週間、こやつと共に過ごしてきてどう思った?」
「どう、とは……」
「お前にはこやつが聖典に記されているような、民を誑かし、世界を破滅へ導こうと企む悪女に見えるか?」
ギボル副団長はアリヤへ視線を向けた。
「……しかし、私はこの目で見ました。あの力を。あれはまさしく魔女そのものです」
「だからと言って、なぜ悪だと決めつけられる?」
「っ……それは……!」
ギボル副団長は言葉に詰まった。それ以上、反論は出てこなかった。
「聖エハド教は、この世界のほとんどの人間が信仰する宗教じゃ。皆、生まれた時からそれが正しいものだと教えられて育つ。余もその一人じゃ」
ネオラ侯爵は静かに言う。
「……だが、その聖エハド教を管理している教会はどうだ?教えを盾に、逆らう者を異端者と決めつけ、虐殺して回る、そんな連中だ。……もしも聖典そのものが、教会に都合よく書き換えられていたとしたらどうする?」
「っ!?」
ギボル副団長が勢いよく顔を上げた。騎士たちの間にも大きなどよめきが広がる。
「そ、そんなことが……あり得るのですか? もし事実なら、この世界は根本からひっくり返ってしまいます」
ネオラ侯爵は首を横に振った。
「余も確証があるわけではない。何しろ聖エハド教が確立されたのは1,000年以上も前のことじゃ。運良く残った記録も少ない。……じゃが、余は帝国とことを構えるようになってから、各地の記録を調べ尽くした。証拠と呼べるものは見つからなかった。じゃが、調べれば調べるほど、拭いきれぬ違和感だけが増えていった」
ネオラ侯爵はゆっくりとアリヤたちを見る。
「そんな折に、こやつらの噂を聞いた。だから賭けたのじゃ。余の違和感が真か否かを確かめるためにな」
そしてニヤリと笑った。
「じゃが、どうやら余の勘は当たりだったらしい」
騎士たちの視線が集まる。
「こやつが戦場に出た途端、わざわざ“天の御使”マラアフが血相を変えて出張ってきた」
ネオラ侯爵はギボルを見る。
「お前に肩を掴まれてへし折られそうになるような、たった一人の小娘を捕らえるためにな」
沈黙。そしてネオラ侯爵は静かに言った。
「こやつらのことは、まだ信じられんでも良い」
ギボル副団長が顔を上げる。
「だから無理に信じろとは言わん。その代わり……余のことを信じてはくれないか」
ギボル副団長は深く頭を下げ、その場に跪いた。
「私はこれまで一度たりとも侯爵様を疑ったことはありません。我らレヴナ公国騎士団一同、この命、侯爵様に捧げる覚悟です!」
その言葉に周囲の騎士たちも一斉に姿勢を正し、頭を下げる。
「うむ」
ネオラ侯爵が満足そうに頷いた。
「これからも精進せよ」
「「はっ!!」」
騎士たちの声が城内に響いた。
ネオラ侯爵はアリヤたちへ視線を向ける。
「お前たちは後で謁見室へ来い。今回の戦の詳細を聞かせてもらう」
そう言い残すと、執事を従えて城の奥へと戻っていった。




