第52話 天の御使、来襲
ネオラ侯爵の命を受け、レヴナ公国での初陣を果たしたアリヤ、ダン、ケセフの三人は、帝国軍に勝利したはずなのに、どこか晴れない気持ちのまま城へ帰還した。
帰還した三人は休む間もなく、服だけ着替えさせられ、そのまま侯爵との謁見に臨むこととなった。
足を組み、頬杖をついて玉座に座る侯爵の前で、三人は跪き首を垂れる。
「見事に余の命を果たしてくれた」
声変わり前の甲高い声で、侯爵は三人を労った。
「約束通り、エリオルに会わせてください」
ケセフが顔を上げ、そう言った。
侯爵がニヤリと笑う。
「……誰が、追い返すのは一回だけだと言った?」
「なっ!?」
ケセフだけでなく、アリヤとダンも思わず顔を上げた。
「話が違うじゃねえかっ!」
「口の利き方」
「っ!」
ダンを睨みながら、侯爵がピシャリと言い放つ。
「……まあ良い。奴らもしつこくてな。何度追い返しても懲りずにやって来る」
侯爵は深いため息をついた。
「こちらの戦力も徐々に削られておる。実際のところ、かなり厳しい状況だ。使えるものは使わねばならん。……それに、この戦いは貴様らの目的を果たすことにも繋がると思うぞ?」
「どういう意味だ……ですか」
「それは今後のお楽しみじゃ」
そう言うと、侯爵はぴょんっと椅子から飛び降りた。
「引き続き精進するがいい。頼りにしておるぞ」
侯爵は年相応の少年らしい笑顔でそう言った。
*****
その後、三人は結局エリオルと会うことができないまま、公国騎士団と共に辺境を飛び回ることとなった。
戦況はまさに一進一退。
勝つこともあれば、撤退を余儀なくされることもあった。
三人はなんとか生き延びていたが、公国の騎士たちは戦いを重ねるたびに数を減らしていった。
そんな日々が続いていたある日。
辺境の村の近くで帝国軍と交戦していた時だった。
ゴーン。ゴーン。ゴーン。
激しい怒号と剣戟の音をかき消すように、低く重い鐘の音が戦場に響き渡る。
それはシェレト王国で、カイ陛下の戴冠式に割って入ったあの音と同じだった。
「っ!?この音は……!」
ダンが敵兵を斬り伏せ、辺りを見回した。
帝国領の方角から、真っ白な一団が凄まじい勢いで駆けて来る。
白地に剣と翼が描かれた旗が、激しくはためいていた。
「あの旗は……“天の御使”マラアフだ!」
近くにいたケセフが叫ぶ。
その声を聞いた公国軍がどよめいた。
「“天の御使”だって!?」
「まさかマラアフが出てくるなんて!」
「教会最高位“エハドール”直属の軍勢だぞ!」
公国側の士気が目に見えて下がっていく。
「くっ……流石に相手が悪すぎるか……!」
戦況を見たギボル副団長が指示を飛ばす。
「総員撤退!!撤退だー!!」
だが、マラアフは恐ろしい速度で迫り、撤退する暇もなく追い詰められてしまった。
「……少々度が過ぎたようだな」
一人の騎士が軍勢の中から進み出る。
馬上のまま、公国軍を見下ろしながら続けた。
「つまらぬ小競り合いだと捨て置いていたが、貴様らはやり過ぎた。“五つの光”は大変お怒りである」
「てっ……テメェは!?」
その顔を見たダンが目を見開いた。
「ダン、知り合いか?」
ケセフが尋ねる。
「……なんで……お前が……」
しかしダンは答えず、騎士を見つめ続ける。
「……誰だ、貴様」
「なっ……!?」
騎士はダンを一瞥し、冷たく言い放った。
「て、テメェ!俺は――」
「貴様らに選択肢をやる!」
騎士がダンの言葉を遮り、大声で宣言する。
「大人しく降伏し、帝国にくだれ。さすれば命までは取らん」
一度言葉を切った。
「だが、なお反抗を続けるというのならば……神への叛逆とみなし、この場で全員処刑する」
騎士の言葉に、公国軍が再びどよめく。
その時――。
カラン、と乾いた音が響いた。一人の騎士が持っていた剣を落としていた。
「い……嫌だ……俺はまだ死にたくない」
「おい!」
ギボル副団長が叫ぶ。
「お……俺も……」
「マラアフ相手なんて無理だ……」
次々と騎士たちが剣を落としていく。
そして一人が逃げ出した。それに釣られ、次々と騎士たちが背を向け始める。
「レヴナ公国騎士団誓条第三条ッ!!!」
その時、腹の底を震わせるような怒号が響く。
声を聞いた騎士たちの足がピタリと止まった。
「如何なる理由があろうとも、敵前にて背を向くべからず!」
ギボル副団長が吠える。
「誓条に背きし者は騎士たる資格なし!!」
副団長は部下たちを振り返った。
「お前たちは何のためにここにいるのだ!」
鋭く部下たちを睨み据える。
「権威の前にひれ伏し、逃げ出すなど……それでも誉れ高きレヴナの騎士かっ!!」
その時。
パチパチパチパチ――。
乾いた拍手が響いた。
「……素晴らしい」
先ほどのマラアフの騎士だった。
「我々を前にしてなお抗おうとするとは」
馬鹿にするような眼差しを向ける。
「貴様、名は何という」
「……レヴナ公国騎士団副団長、ギボルだ」
「サー・ギボル。貴様の度胸に免じて、別の条件を出してやろう」
「何……?」
騎士はニヤリと笑って続けた。
「貴様らが匿っている魔女を差し出せ。そうすれば、この場だけは特別に見逃してやろう」
「魔女……?何のことだ?」
ギボル副団長は怪訝そうに眉をひそめた。
アリヤの力のことをネオラ侯爵は知っていたが、その他の者には知らされていない。
「ふむ。貴様らには知らされておらんか」
騎士はダンとケセフを指差す。
「だが、そこの二人は知っているようだぞ」
公国軍の視線が一斉に二人へ向いた。
「どういうことだ……まさか、あの娘が……?」
ギボル副団長がハッとする。
まずい。
アリヤの正体がバレる。
二人が顔をしかめた、その時だった。
突然空が暗くなり、雷鳴が轟く。
そして大粒の雹が降り始めた。
「な、何だ!?」
戦場が騒然となる。
その時、公国軍とマラアフの間に、白い人影が現れた。
「アリヤっ!」
ダンが叫ぶ。
「ほう。貴様が噂の魔女か」
騎士は冷たい目でアリヤを見る。
「……サタル・アナン。神の白きベールよ、道を閉ざせ」
アリヤが呪文を唱える。
刹那、濃霧が辺りを覆い尽くした。
マラアフたちの姿がみるみる霧の中へ消えていく。それを見たケセフがギボル副団長の肩を叩いた。
「副団長っ!」
「総員撤退!!」
呼びかけられたギボル副団長が頷き、叫ぶ。
霧の向こうからマラアフたちの怒声が聞こえてくる。
しかし、公国軍はその混乱に乗じて、辛くも戦場から脱出することに成功した。




