第48話 森影の襲撃
ナザルアド王国を出て、1ヶ月が過ぎた。僕らは相変わらず、人目につかないよう、街道から外れた林道を進んでいた。整備された道ではないので時間はかかるが、のんびりと、しかし確実にエハド教会の本拠地――エハド教徒、ひいては全人類のための国、“約束の地”ベイト・エル聖国へと近づいていた。
だが、目的地こそ決まっているものの、真実を明らかにし、エハド教の支配をひっくり返す方法は依然として見えていない。
また、ベイト・エル聖国に到着したところで、これまで各地で散々騒ぎを起こし、教会に追われている僕らがすんなり入れるはずもない。目的ははっきりしているのに、それを遂行する手段が思いつかない――そんな状況が続いていた。
ザハラは、あれから無事にシェレト王国へ到着したようだ。到着してすぐに一度、そして二週間後にもう一度、ザハラからラヴィを通じて手紙が届いた。
ザハラはカイ国王陛下の庇護のもと、城の中で過ごしているらしい。シェレト王国にはあの一件以降、教会所属の騎士が多く駐在しているため、なかなか城の外には出られないそうだが、カイ国王陛下とオレフさんが色々と配慮してくれているようで、不自由なく過ごせているようだった。
二週間後に届いた手紙には、オレフさん主導のもと、シェレト王国の精鋭騎士たちによる“資料回収作戦”が行われたことが書かれていた。
作戦は無事成功し、全てを持ち帰ることはできなかったものの、一番重要な粘土板は回収できたらしい。今は大急ぎで本の執筆を進めているとのことだった。
その日も、森の中の適当な場所で野営することになった。いつものライ麦パンとスープを食べていると、突然耳鳴りがして、不快なノイズが聞こえてきた。
「……っ……」
思わず頭を押さえる。
「大丈夫か、エリオル」
ダンが心配そうに声をかける。
「うん……大丈夫……」
ここ数日、こんな調子が続いていた。
「具合が悪いなら、早く寝たほうがいいですね」
ケセフさんにも促され、この日は先に休ませてもらうことにした。
その夜、手洗いに行きたくなって目が覚めた。パチパチと音がする方を見ると、ダンが焚き火に薪をくべながら見張りをしている。僕に気づいたダンが顔を上げた。
「どうした?調子悪いのか?」
「ううん、ちょっとトイレに行ってくる」
「気をつけろよ」
寝床から起き上がり、野営地から少し離れた場所で用を足す。近くを流れる小川で手を洗った。
雲ひとつない夜空に三日月が浮かび、月明かりが川面に反射してキラキラと光っていた。
川の流れる音を聞きながら、僕はショーメルたちの過去を思い返していた。
結局、ザハラにショーメルの真意を伝えることはできなかった。
でも、それで良かったのかもしれない。
ザハラの手紙には、いつか自分が書き上げた本を持ってショーメルの墓参りに行きたいと書かれていた。
自分ならザハラを救えるだなんて、一瞬でも思った自分が情けない。ザハラは僕なんかよりずっと強く、一人でまた立ち上がっていった。
でも、クヨクヨ後悔ばかりしていても仕方ない。今度ザハラに会う時、胸を張って会えるように――僕も強くなろう。
川面から水を両手で掬い上げて顔を洗う。冷たい水が気持ちを引き締めてくれた。
立ち上がって戻ろうとした、その時だった。
ドッ……!
胸に鋭い痛みが走った。見ると、小さな針が刺さっていた。
次の瞬間、視界がぐにゃりと大きく歪む。足の力が抜け、その場に座り込んだ。
「……気持ち悪い……」
吐き気とともに視界が揺れ、僕は意識を失った。
*****
焚き火の前に座るダンが、コクリコクリと船を漕いでいる。
「…………おおっと、あぶねえ……」
頭がガクッと落ち、ダンはハッと目を覚ました。
「寝るとこだった」
目をこすりながら辺りを見回す。
エリオルが寝ていた場所が空のままなのが目に入った。
「まだ戻ってきてねえのか?」
寝ぼけ眼で呟いたダンだったが、徐々に状況を理解し、一気に冷や汗が吹き出す。
「あれから、どれくらい時間が経った?!」
急いで立ち上がり、エリオルの寝床に触れる。すっかり冷え切っていた。
「エリオル!エリオルどこだ!」
ダンは慌てて周囲を探す。しかし、エリオルの姿はどこにもない。
「エリオル!返事しろ!」
「……ダン、どうかしました?」
ダンの声にケセフとアリヤも目を覚ます。
「エリオルがいなくなった!」
その一言で、二人は一気に目を覚まし、立ち上がった。
「いつから?」
「しばらく前にトイレに行くって言って離れてから戻ってこねえ」
「ひとまず、周囲を探してみましょう」
三人は手分けしてエリオルを探す。
すると、小川の近くを探していたアリヤが、木の幹に突き刺さった矢を見つけた。矢には紙が結ばれている。
紙を取り、中を見たアリヤの顔が一気に青ざめた。
「ダン!ケセフ!こっち!」
二人が駆けつける。
「どうした!」
「これを見て!」
紙に目を通したダンとケセフは、顔を見合わせた。
「アイツ……油断しやがって」
「とにかく、日が昇り次第、急いで行きましょう」
三人は夜明けと共に野営地を後にし、森の中をひたすら走り続けた。
森を抜けるとたかい城壁が見えてきた。
「あれがそうか?」
「ええ。あれがマルクド帝国領、レヴナ公国です」




