第46話 残された者の道
「……オル……エリオル……エリオル!」
自分を呼ぶ声が聞こえ、ハッと目を覚ますと、心配そうに覗き込むダンの顔があった。
「……ダン……」
「痛むのか?!大丈夫か?!」
顔に手を当てると、涙が溢れていた。
「大丈夫……大丈夫だよ」
涙を拭い、微笑むと、ダンは安堵したようにふーっと息を吐いた。
横を見ると、倒れたショーメルの横で座り込むザハラと、その背中をそっと撫でるアリヤの姿があった。
ザハラは呆然とショーメルの遺体を見つめ、瞳からはポロポロと涙がこぼれている。
僕はゆっくりと立ち上がった。
「お、おいエリオル、無理すんな」
体のあちこちが痛む。
足を引きずりながら、ザハラとショーメルのもとへ近づいた。
「……ザハラ」
呼びかけても、ザハラはショーメルを見つめたまま動かない。
「……わから……ない」
やがて、ザハラがぽつりと口を開いた。
「……意味……わかんないよ……散々アタシのこと捕まえようとしてたくせに……今さら……こんなやつ死んだって……悲しくなんかない……はず……なのに……」
話すうちにザハラの顔はぐしゃぐしゃになり、最後はしゃくりあげながら言葉を続けた。
「なんで……なんで涙が……止まらないの……!」
そう言うと、ザハラはうわあーっと声をあげて泣いた。
「……ザハラ」
アリヤが泣きじゃくるザハラの背中をゆっくり撫でる。
「……っ……」
僕は口を開きかけて、再び閉じた。
迷っていた。僕が見たショーメルの本心を伝えるべきかどうか。
ショーメルは伝えるなと言った。その約束を守るべきか、それともザハラを救うために伝えるべきか。
どうすれば、この兄妹を救える?
その時――。
「いたぞー!あそこだー!」
遠くから声がして振り返ると、複数の騎士がこちらへ走ってきていた。
「ちっ!まだいたのかよ!」
「ひとまず今は逃げましょう!」
ダンが僕を背負い、アリヤを抱える。
「ザハラさん!早く!」
ケセフさんがザハラの手を引くが、ザハラは動かない。
「……すみません、失礼しますよ」
そう言うと、ケセフさんはザハラを抱き上げた。
僕らはショーメルの遺体を残したまま、その場を後にした。
*****
森を抜け、農村の外れにある空き家へなんとか忍び込むことができた。
だが、僕もザハラも重傷で、僕はその後高熱を出して数日寝込んだ。
応急処置はしてもらったが、本格的な治療が必要で、ダンとケセフさんが街まで医薬品を買いに行ってくれたらしい。
熱が下がっても数日は動けず、ダン、ケセフさん、アリヤが交代で看病してくれた。
ダンが看病してくれた時、僕はあの日見たショーメルたち家族の過去を話し、ザハラに伝えるべきか悩んでいることも打ち明けた。
ダンは黙って最後まで聞き、静かに口を開いた。
「……俺は伝えるべきじゃないと思う。アイツは泥被ってまで妹を護ることを選んだ。騎士として、兄貴として。その覚悟を俺たちみたいな他人が踏み躙っていいもんじゃねぇ。……それに、それを伝えたところで苦しむのはザハラだろう。アイツのことだ、何で気づいてやれなかったんだって、今以上に自分責めちまうんじゃねえか?」
ダンはふーっと息を吐いた。
「……誰も悪くねぇし、間違っちゃいねぇ。それが一番辛いな」
独り言のように呟いた後、続けた。
「……だが、これはあくまで俺の考えだ。実際に見たのはお前だ。伝えるかどうかはお前が決めろ」
僕は何も返事ができなかった。
*****
周囲の目を気にしながら、養生生活を続け、僕もようやく動けるようになってきた。
しかし、あれからずっとザハラの元気がない。今日も窓辺の椅子に座り、ぼんやり外を眺めている。
その姿を見るのは胸が痛んだ。
居た堪れず、僕はやっぱり伝えようと決意し、声をかけようとした時だった。
「……ザハラ」
後ろからダンの声がした。いつの間にか、僕の後ろに立っていたらしい。
ザハラは何も答えず、窓の外を見続ける。
ダンはため息をつき、話し始めた。
「あの日……お前を護ろうと敵に立ち塞がったアイツは、紛れもなくお前の“兄貴”だった。……アイツがどういうつもりで今まで生きてきたのか、本当のところは誰にもわからねぇ。だが……アイツが兄貴としてお前を護ったように、お前も妹としてやれることがあんじゃねえのか」
話し終えると、ザハラがゆっくり振り返った。
ものすごい剣幕でダンを睨みつけているが、目からは大粒の涙がこぼれている。
「勝手なこと言わないでよ。……最後の最後、兄貴面して死んでいったからってなんなのよ。……もうアタシは……どうすればいいのか……わからない」
ザハラの声はどんどん小さくなる。
「……いいかげんにして!」
怒鳴り声が響き、振り返るとアリヤが立っていた。
スタスタとザハラに近づき、次の瞬間――パンッと乾いた音。
アリヤがザハラの頬を叩いていた。
呆然とするザハラに、アリヤは怒鳴りつける。
「いつまでそうやってるつもり?!」
状況を理解したザハラが睨みつけ、低い声で言う。
「……なにすんのよ」
しかし怯まず、アリヤはザハラの両肩を掴み、自分の方へ向き直らせた。
「あなたのお兄さんは、自分がすべきと思ったことを全うしたの。どういう思惑があろうと、あなたは彼に護られて、生き残った。その結果は変わらない。だったら、あなたはあなたのすべきことをやらないと。それが、残された者が唯一できることよ」
ザハラは俯いたまま何も言わない。
「あなたのすべきことは何?……私は、こんなところで中途半端で終わらすためにあなたに協力したわけじゃない!」
アリヤが言い終えると、ザハラはアリヤの手を振りほどき、勢いよく立ち上がった。
「アンタに言われなくても、わかってるわよ!」
俯いたまま叫ぶ。
「……アタシ、悔しい。……一人でやってやるって息巻いて、結局、憎んでたはずのアイツに助けられて。何にもできなくて……」
涙を拭いながら続ける。
「……アイツは勝手にいなくなって、勝手にアタシを護って死んでった。……だったら、アタシも勝手にする!お父さんの無念を必ず晴らす!それでアイツの墓の前で、どうだ、やってやったぞって見せつけてやるんだ!」
アリヤがザハラの手をそっと両手で包む。
「……やっぱり、あなたはそうでなくちゃね」
ザハラは涙でぐしゃぐしゃの顔に、精一杯の笑顔を浮かべた。




