第45話 いつかの家族
気がつくと僕は、暗闇の中にいた。
立っているのか、浮いているのかもわからない、不思議な感覚。
前にも、こんなことがあった気がする。
やがて遠くに光が見え、体がその光へ引き寄せられていく。
光に包まれ、目を開けると――そこは古本屋の隠し部屋、ザハラの部屋だった。
黒髪に眼鏡の男が椅子に座り、その周りには赤髪の兄妹が床にちょこんと座っている。
「……ザハラ?」
赤髪の女の子はザハラによく似ている。
ということは、男の子はショーメルだろうか。
そして男の人は――ザハラが見せてくれた写真の父親にそっくりだった。
僕は、いつかのザハラの家族を見ているのだろうか。
「おとーたん、なによんでるの?」
「これはね、昔のことを勉強する本なんだよ」
「むかしってどれくらい?」
「ずーっとずーっと昔さ。ショーメルやザハラが生まれるよりもね」
「そんな昔のこと勉強して何になるの?」
「確かに、過ぎ去った過去を知って何になるのかという人もいる。でもね、自分たちの成り立ち……ルーツを知ることで、今の自分たちの在り方を見直すきっかけになることもある。それに、人間は愚かにも過ちを繰り返す生き物だ。過去の人間が犯した過ちを知ることで、同じ失敗を繰り返さないようにできる」
「ザハラ、よくわかんない」
ザハラの父親はハハハと笑い、ザハラを抱き上げて膝に乗せた。
「そうだね。今はわからなくていい。……ただ一つ、先人たちが土の中に残した“生きた証”は、どれだけ時が経とうが、歴史を捻じ曲げようが変わらない。……それだけは覚えておいて」
ザハラは首を傾げ、ショーメルは真っ直ぐ父を見つめていた。
その時、目の前の光景が急に霞み、ゆっくり遠ざかり、再び暗闇に包まれる。
背後から声がし、振り返ると再び古本屋の地下室。今度はザハラの父親とショーメルだけがいる。
ザハラの父親は机に向かい、紙に何かを書き留めながらブツブツと呟いている。
その横にはショーメル。さっきより背が伸びている気がする。
「父さん!もうやめてよ!」
「……すまないショーメル。今父さん忙しいからあとに……」
ショーメルは父の手から本をもぎ取り、床に投げ捨てた。
「……ショーメル」
「教会が、父さんのやってる事に勘づき始めてる。……母さんもいなくて、父さんまでいなくなったら俺たちはどうすればいいんだよ」
泣き出しそうな顔のショーメルに、父は困ったように笑い、頭をポンポンと叩いた。
「……すまないな、ショーメル。お前にはずっと苦労をかけてしまって。だけど、これは父さんの役目なんだ」
ショーメルはその手を押し除けた。
「どうしてそこまでするんだよ!……そんなに真実ってやつが大事なのかよ!」
ザハラの父親はゆっくりとショーメルに向き直った。
「……確かに、真実を世に出すことは大切だし、父さんの役目だと思ってる。でもな、それ以上に……父さんは今が楽しくて仕方ないんだ」
写真と同じ、屈託ない笑み。
ショーメルは何か言いかけたが、俯き、それ以上は言わなかった。
また視界がぼやけ、光景が遠ざかる。
気がつくと、街の路地に立っていた。
「……お前、エレム博士の息子だな?」
振り返ると、ショーメルが騎士たちに囲まれていた。
ショーメルは逃げようとするが、腕を掴まれてしまった。
「まあ、待て。悪いようにはしない。取引をしよう」
「……取引だと?」
「お前の父親が調べている資料をこちらに引き渡してもらうか」
ショーメルは手を振り払う。
「は?誰がお前らになんか渡すかよ」
騎士たちはニタニタと笑う。
「お前、妹がいるな?」
「……それがどうした」
「大人しく言うことを聞けば、お前と妹は助けてやろう。逆らえば……どうなるかわかるよな?」
「っ!…………わかった」
騎士はショーメルの頭をポンポンと叩いた。
「聞き分けが良くて助かるよ。期限は3日。それまでにナザルアド大聖統教会まで持ってこい」
そう告げて騎士たちは去っていった。
残されたショーメルの背中は微かに震えていた。
また視界が霞み、遠ざかる。
今度は古本屋の前。夜になっている。
「お父さん!嫌だ!兄ちゃん、お父さんを助けて!」
叫び声のした方を見ると、ザハラが複数の騎士に押さえつけられている。
その視線の先には、連行されるエレム博士とその前に呆然と立ち尽くすショーメルの姿があった。
連行されるエレム博士とショーメルがすれ違う。
「……ありがとう。ザハラを頼んだ」
すれ違い様、エレム博士がショーメルにそう囁くのが確かに聞こえた。
その後、例の騎士がショーメルに近づく。
「いやあ、君の協力のおかげで異端者を無事に捉える事ができたよ!」
わざとなのか、周囲に聞こえるような大声て話す。
「……約束は守ってやるから安心しろ」
騎士はショーメルの耳元に顔を近づけるとニヤニヤと囁いた。
また目の前が霞み、暗闇に包まれる。
「……見てしまったのか、俺たちのいつかを」
振り返ると、暗闇の中にショーメルさんが立っていた。
「……なんでお前が泣いてるんだよ」
そう言われて顔に手をやると、いつの間にか涙が溢れていた。
「……だって……こんなのって……あなたはただみんなを……ザハラを護ろうとしただけなのに……」
震える声で言うと、ショーメルさんはフッと笑った。
「そんなのはどうだっていい。恨まれようが、憎まれようが、アイツが元気でいてくれればそれでいい。……結局、傷つけてばかりで上手くいかなかったがな」
「今からでも遅くないです!ザハラの誤解を解きに行きましょう!」
僕はショーメルさんの手を引くが、動かなかった。
「ショーメルさん!」
「……いいんだ、そのままで」
「じゃ、じゃあ、僕が誤解を解きます!今見たこと、ザハラに伝えます!」
ショーメルさんは笑い、首を横に振った。
「やめてくれ。騎士隊長ともあろう者が、実はただ妹を護るために右往左往してただけでしたなんて、今さら格好悪いだろ」
ショーメルさんは僕に近づくと、ポンッと肩に手を置いた。
「痛くして悪かったな。……俺の役目はここまでだが、アイツにはまだやるべき事がある。出来の悪い妹だが、どうか助けてやってくれ」
ショーメルさんの姿がぼやけ、暗闇に溶けていく。
「ショーメルさん?ショーメルさん!」
暗闇に向かって必死に叫ぶが、返事はなかった。




