第43話 雷の刻
【エリオルside】
「……オル……エリオル……おい、しっかりしろ!」
目を開けると、切羽詰まった表情のダンとケセフさんが覗き込んでいた。
「……ダ……ン……ケセフ……さん」
口を開いた瞬間、血の味が広がる。声は掠れてほとんど出ない。
意識が戻るにつれ、体のあちこちがズキズキと痛み、頭から血が流れ落ちる感覚があった。痛みで額には脂汗が滲む。
息を吸うと肋骨が軋み、ヒューヒューと変な音が鳴る。
「いいから喋るな」
ショーメルが出て行ってから、見張りの騎士に殴られ、蹴られ、致命傷にならない程度に剣で斬りつけられた。
暴行の途中で気を失ったらしく、どれほど時間が経ったのかもわからない。
周囲を見ると、牢屋の外には僕を痛めつけた騎士が倒れていた。二人が倒してくれたのだろう。
しかし、アリヤの姿がない。
「……アリ……ヤ……は?」
「アリヤとザハラは陽動として俺たちが忍び込むために動いてくれてる。早く合流しねえと、あっちも危ねえ」
その言葉で、僕はハッとした。
ショーメルの言葉が脳裏をよぎる。
――彼の狙いはアリヤだ。
僕を攫ったのは、ダンとケセフさんをアリヤから引き離すため……?
まずい!アリヤが危ない!
「アイツの……本当の狙いはアリヤだ!……このままだと……二人が危ない!」
ゴホッ、ゴホッ!
勢いよく話したせいで、血が込み上げてきた。
二人が顔を見合わせる。
「行くぞ、ケセフ!」
「ええ!」
ダンは僕を背負い、二人は地下牢を後にした。
*****
【アリヤ・ザハラside】
「なんなのよ!ちょっと張り切りすぎた?!」
アリヤとザハラは必死に街を逃げていたが、追っ手は減るどころか増えている気がする。
「ケレフ・バルド。氷の礫よ、天より降り注げ!」
アリヤが呪文を唱えると、雲ひとつなかった空に暗雲が立ち込め、大粒の雹が降り始めた。
「うわあ!なんだ急に!?」
「雹だ!痛え!」
騎士たちはパニックになるが、追撃の勢いは止まらない。
徐々に辺りが明るくなり始め、東の空がオレンジ色に染まり始める。
「まずい!日の出だ!」
「ここらが潮時ね。……サタル・アナン。神の白きベールよ、道を閉ざせ!」
濃い霧が一気に立ち込める。
「なっ!?今度は霧か!」
「ええい、魔女め!姑息な!絶対に見失うな!」
霧に紛れ、なんとか追っ手を振り切ることができた。
霧を抜けると、北の森の入り口が見えてきた。
「ハアッ、ハアッ……なんとか逃げ切れたみたいね」
「あっちも大丈夫だといいんだけど」
二人は木陰で息を整える。
その時――
「!?アリヤ、危ない!」
ザハラがアリヤを突き飛ばした。
尻餅をついたアリヤが振り返ると、赤髪の騎士がザハラの首筋に剣を突きつけていた。
「ショーメル!」
ショーメルとザハラは睨み合ったまま動かない。
「……ザハラ、そこをどけ」
「なんで!アンタの狙いはアタシでしょ!」
ショーメルは大きくため息をつく。
「……邪魔だ。どいてろ」
次の瞬間、剣の柄でザハラの腹を突いた。
「カハッ」
ショーメルはふらついたザハラを蹴り飛ばす。ザハラの体が地面を転がる。
「ザハラ!」
アリヤが気を取られた隙に、ショーメルが斬りかかる。
アリヤは咄嗟にザハラの落とした杖で受け止めた。
「ア……アリヤ……!」
「ザハラ、逃げて!」
「で、でも!」
ショーメルの力は凄まじく、アリヤの腕が震える。
「……くっ……ネシャル・ルアフ!」
突風が吹き、ショーメルの力がわずかに緩む。
アリヤは剣を弾き、距離を取った。
「ザハラ、早く逃げて!」
「ふざけないで!置いて行けっての?!」
「このまま二人でいたら共倒れよ!あなたまで庇えない!でも一人なら逃げられる!道はラヴィが教えてくれる!」
ザハラは上空のラヴィを見る。
「……死なないでよ」
「あなたの本を読むまで死ねないわよ」
ザハラはラヴィの先導で森へ走り去った。
「聡い小娘だな」
ショーメルが呟く。
「狙いが自分だと気づいて、あいつを逃したか」
「……あなた相手に死んだりしないもの」
「フッ……舐められたものだ!」
ショーメルが斬りかかる。
「セレク・ショレシュ!」
蔦と根がショーメルの手足に絡みつく。
だが一瞬で右腕の蔦を引き裂き、剣で次々と切り払った。
その一瞬で背後に回り込んだアリヤは、杖をショーメルの頭へ叩きつける。
しかし、剣で防がれてしまった。
「……今のはなかなかいい一撃だった」
ショーメルはニヤッと笑い、アリヤを蹴り飛ばした。
アリヤの体は吹っ飛び、木の幹に背中を打ちつける。
「ゴハッ……ゲホッ……」
痛みで動けないアリヤにショーメルが近づく。
「……マタル……マイム」
掠れた声で呪文を唱えると、空から大粒の雨が降り始めた。
「セレク・ショレシュ」
再び植物が絡みつくが、ショーメルは即座に切り裂く。
「舐めているのか?足止めにもならんぞ」
アリヤは睨みつけ、最後の呪文を放つ。
「バラク・ショハム!」
バゴーンッ!
閃光と轟音が森を揺らした。
ショーメルは何が起きたかわからないまま、地面に倒れた。
「……き……さま、何をした?」
痺れで動けない体を必死に起こしながら問う。
「雷よ。木があったからエネルギーは分散したけど、水で濡らしたからかなり効いたはず。しばらく動けないわ」
「くっ……」
その時――
「騎士隊長ー!」
騎士たちが走ってくる。
アリヤは立ち上がろうとするが、力が入らない。
「……どうやら、一手遅かったみたいだな」
あっという間に取り囲まれてしまった。
ショーメルは騎士たちに起こされる。
「この女を教会に連れて行き、即刻吊るし首にしろ。俺は赤髪の女を追う。その女、絶対に逃すなよ」
「「はっ!」」
ショーメルは騎士たちにそう命令すると森の奥へ消えていった。




