第42話 赤髪が揺れた時
次の日の夜明け前。
ダン、ケセフ、アリヤ、ザハラの四人はついにエリオル救出へ動き出した。
暗闇の中、四人はナザルアド大聖統教会の前の物陰に身を潜める。
入り口には騎士が二人、無言で見張りについていた。
「では、もう一度作戦を確認しますよ」
ケセフが小声で言う。肩にはラヴィが止まり、じっと騎士たちを見つめている。
「私とダンが入口横にスタンバイしたら、ラヴィの鳴き声で合図を出します。それが聞こえたら、入口前に出て騎士たちを誘い出してください。その隙に私たちは教会内部へ侵入します。陽動の期限は日の出まで。明るくなると見つかりやすくなる上、住人に被害が及ぶ恐れがあります。騎士たちを誘い出したら、全力で逃げてください。待ち合わせ場所は北の森の小屋です。アリヤさん、覚えていますね?」
「ええ。大丈夫よ」
「では、そのような手筈で。くれぐれも無茶はしないように」
「アンタたちもね」
四人は顔を合わせ、力強く頷いた。
ダンとケセフは暗闇に紛れて入口横へ移動する。
アリヤとザハラは静かにラヴィの合図を待った。
しばらくすると、物陰から羽ばたく音が響く。
「カァー! カァー!」
真っ白なカラスが暗闇の空を舞いながら鳴いていた。
「ん?こんな時間にカラスが鳴いてる」
「あれ見ろ。真っ白なカラスだ。珍しいな」
騎士たちがラヴィに気を取られた瞬間、外套のフードを深く被ったザハラが前へ躍り出る。
手には急造の木の杖。魔女らしさを演出しつつ、いざという時の武器にもなるように、急遽その辺の木の枝を適当に削り出して作ったものだ。
ザハラが杖を構えると同時に、影に隠れたアリヤが呪文を唱えた。
「ネシャル・ルアフ。風よ、夜を裂き、駆け抜けろ!」
突風がザハラの背後から吹き抜け、教会の入り口へ叩きつけられる。
「うおっ! 急になんだ!?」
騎士たちは顔を覆い、突風の勢いで扉がバンッと開いた。
ザハラのフードが風に煽られて外れ、真っ赤な髪が夜気に揺れる。
「そこの女! 何者だ!」
騎士たちが剣を抜く。
「ラアシュ・アダマ。母なる大地よ、怒りの鼓動を響かせろ!」
アリヤの呪文とともに、ゴゴゴゴゴ……と地響きが起こり、地面が激しく揺れた。
「今度はなんだ!?」
騎士たちは柱にしがみつく。揺れが収まると、教会内部の騎士たちも驚いて外へ出てきた。
その時――
「魔女だー! 赤髪の魔女だー!!」
物陰からケセフの声が響く。その叫びは瞬く間に騎士たちへ伝染した。
「魔女だって?!」
「あの赤髪、間違いない! この間の魔女だ!」
「魔女だー! 捕えろー!!」
騎士たちが一斉にザハラへ向かって走り出す。騒ぎを聞きつけた他の騎士たちも次々と建物から出てきた。
ザハラは教会と反対方向へ走り出し、アリヤも合流して逃げる。
「絶対に逃すなー!」
騎士たちが追いかけるのを確認し、ダンとケセフは入口から教会内部へ侵入した。
ある程度の騎士は陽動で外へ出たが、まだ数名が残っていた。
「!? 何者……!」
残っていた騎士たちを次々と倒しながら進む。
「アイツはどこにいるんだ!」
「おそらく地下牢です!前に図書館でこの教会の書物を読んだ時、見取り図がありました!」
「じゃあ地下に続く階段を探さねえとな!」
*****
【エリオル side】
捕まってからどれくらい時間が経っただろう。もう真夜中だと思う。
檻の前には変わらずザハラの兄が控えていた。椅子に座り、本を読んでいる。尋問も拷問もなく、ただ黙っている。
「ねえ。あなたザハラのお兄さんなんでしょ?」
退屈と不安で落ち着かなかった僕は、頭の中でぐるぐるしていた疑問をぶつけてみることにした。
問いかけに返事はない。顔すら上げない。
「お兄さんなのに、どうしてザハラを危険に晒すような真似をするの?」
沈黙。
僕は、彼と改めて対面して感じたことがあった。本当にこの人は騎士になりたいという粗末な理由で家族を裏切ったのだろうか?
思えば、遺跡で初めて対面した時も、彼はザハラだけは生け捕りにしようとしていた。
本当に家族を捨てたのだろうか?
何か別の思惑があるのでは――。
「どうして家族を裏切ったの? そうまでして騎士になりたかったの?」
僕が問いかけると、彼は本をバンッと閉じた。
そして数時間ぶりに顔を上げ、翡翠色の瞳で僕を射抜く。すごい殺気だ。
「……アイツを危険に晒しているのは、貴様らの方だろう」
「……どういう意味?」
彼は立ち上がり、檻へ近づく。
「正直、アイツのことも粘土板のことも、どうだっていい」
「!?」
僕の驚きを見て、彼は鼻で笑った。
「そうでなければ、わざわざ泳がせたりしないさ。アイツの居場所は最初からわかっていた。その気になればいつでも捕まえられた」
「……じゃあ、なんで捕まえなかったの?」
「どうでもいいと言っているだろう。アイツは真実とやらを明らかにすれば教会に仕返しできると思っているらしいが、甚だ滑稽だ。聖エハド教はこの世界の真理そのものだ。小娘の本一冊で揺らぐわけがない」
「……」
確かにその通り。でも、そんなことはザハラも百も承知だ。
損得じゃない。ただ父の無念を晴らすために彼女は戦っているんだ。
「……そう思ってるなら、どうして今さら僕を捕まえたの」
僕が睨むと、彼はニヤッと笑った。
「……貴様の仲間に白髪の女がいたな。あれが本物の魔女だろ?」
「!?」
僕の反応を見て、彼の笑みが深まる。
「図星のようだな」
アリヤのことがバレていた――。
じゃあ狙いは最初からザハラじゃなくアリヤ……?
「貴様ら、シェレト王国で随分大暴れしたそうじゃないか。なあ、カドモン王国の王子様」
「……くっ」
僕のことも調べていたのか。
「シェレト王国の騒動の後、“天の御使”から通達があった。“白髪の魔女とその仲間を捕えろ。生死は問わない”とな。遺跡で貴様らを見た時確信したよ。こいつらが通達の連中だと。……まさかアイツまで一緒にいるとは思わなかったがな」
彼の笑みが消え、鋭い視線が突き刺さる。
「アイツを危険に晒したのは貴様らだ。貴様らが近づかなければ、泳がせておけたものを」
そして再びニヤッと笑う。
「だが、アイツにも感謝しなければな。あの白髪の魔女を捉えれば、また出世できる」
そう言って踵を返した。
「待て!アリヤには手を出すな!」
僕の叫びには振り向きもせず、彼は地下牢を出ようとする。
「おい、これ以上無駄口を叩けないように痛めつけておけ。一応そいつは人質だからな。……殺すなよ」
去り際に、見張りの騎士へそう命じて、彼は地下牢を出て行った。




