第39話 満月の下で
それから、重い空気の中、僕らは何とかザハラの古本屋に戻ってくることができた。
古本屋に入り、粘土板を慎重にカウンターへ置いたザハラは、くるっとこちらを向いた。
両手を腰に当て、ほっぺをぷくっと膨らませている。
「……もうっ、みんなどうしたの?そんなお葬式みたいな顔して」
さっきまで怒りで震えていたザハラとは別人のようで、僕らは思わず困惑した。
「……いや、だって、あんなことがあったばかりだし……」
ザハラはフッと困ったように笑った。
「……アイツとの確執は今に始まったことじゃないし」
そしてパンッと手を叩いた。
「それに、今は本を書くことに集中しないとね。アンタたちにも手伝ってもらうから、よろしくね」
「……手伝うったって、俺たちに出来ることなんかあるのか?」
「もちろん!参考文献を集めなきゃだし、エハド記とアリヤの一族の伝承の照らし合わせもしたいし、本を出すための資金集めもしなきゃだし、とにかくやることは山ほどあるわ!」
「本を集めたり、伝承との照らし合わせはわかるが、資金集めも俺たちがやるのか?……俺たちだって資金繰りには手を焼いてるのに」
「お願い!……資料をまとめなおせば、アンタたちの旅の助けにもなるかもしれないし!」
ザハラが両手を顔の前で合わせて懇願する。
僕らは顔を見合わせ、フッと笑った。
「別にやらねぇとは言ってねーぜ」
「私たちは手段は違えど、目的は同じですから」
「いつ教会に見つかるかわからないし、ザハラ一人では危ないよ。みんなで協力して、必ず真実を見つけよう」
僕はそう言ってザハラの手を取った。
ザハラはにっこりと笑った。
「みんなありがとう。……よーし、やるぞー!」
盛り上がる僕らを、アリヤは少し離れた場所から静かに眺めていた。
*****
それからは、ザハラが本を書き上げる手伝いをするため、奔走する日々が一ヶ月ほど続いた。
僕とダンとケセフさんは、図書館でザハラが指定した本を探したり、エハド教の情報を集めたりした。
そうそう、ザハラと出会ったあの日に落としてしまった本は、たまたまそばにあったパン屋の店主が拾ってくれていて、無事に図書館へ返すことができた。
資金繰りのために街の人の依頼を受けることも増えた。
最初は困っている人に声をかけて報酬をもらっていたけれど、いつの間にか噂になってしまったらしく、今では街の“何でも屋”みたいになっている。
あまり目立つのは困るけれど、幸い教会や騎士たちにはまだ僕らの存在はバレていないようだ。
アリヤは、あれからずっとザハラに付きっきりだった。
二人で本や資料を眺めながら、何やら真剣に議論している。
そんな日々のある日。
僕とダンとケセフさんは、街の人から頼まれた雨漏りする家の屋根を修理していた。
屋根の上で板を打ち付けながら、ダンが言った。
「……そういや、アリヤは“最果ての地”の意味は知らねぇのか?」
*****
遺跡から逃げ帰った日の夜。
みんなが寝静まる中、僕の頭の中ではアリヤの言葉がずっとぐるぐると回っていた。
あの時は事実を飲み込むので精一杯だったけれど、冷静になった今、疑問が次々と湧いてくる。
エハド教の経典では、神はお隠れになり再び姿を現すとされている。
それが偽物の神だというなら、本当の神はどうなったのか?
昔、エハド教をでっちあげた奴と今の教会は繋がっているのか?
“最果ての地”とはどこなのか?その意味は?
……アリヤはその答えを知っているのだろうか?
疑問と同時に、あの時のアリヤの表情が浮かぶ。
淡々としていたけれど、どこか遠くを見るような、他人事のような――そんな顔だった。
アリヤは自分を守るために嘘をついていたと言っていた。それは本当だろう。でも、それ以前に、本当は話したくなかったんじゃないか?
アリヤの一族はずっと教会に狙われてきた。これまでもアリヤの口から家族の話を聞いたことがない。もしかしたら、過去に何か辛いことがあったのかもしれない。言い伝えを話すことで、それを思い出させてしまったのかもしれない。
「はあー」
僕は大きくため息をついて起き上がった。
頭がモヤモヤして眠れそうにない。
気分転換に、みんなを起こさないよう気をつけながら店の外へ出た。
夜風は涼しく、満月の光が街を照らしていた。
階段に座って空を眺めていると、店の中から誰かが出てきた。
振り返ると、それはアリヤだった。
「……眠れないの?」
「うん……まあ、ちょっと。……アリヤも?」
「……そんなとこ」
アリヤは僕の隣に腰掛け、持っていた毛布を僕にかけてくれた。
「夜は冷えるから」
「ありがとう」
アリヤも毛布を被る。
しばらく黙ったまま、二人で空を見上げた。
「……黙ってたこと、本当にごめんなさい」
「ううん。事情が事情だから、そう判断した気持ちもわかるよ。……僕らのほうこそ、ごめん」
「なんでエリオルが謝るの?」
「……もしかしたら、本当は話したくなかったんじゃないかと思って」
アリヤは驚いたように目を見開き、ふっと笑った。
「……エリオルと話してると、時折心の中を見透かされてるような気分になるわ」
「ごめん」
「責めてるんじゃないの。むしろ、その逆よ」
「逆?」
僕が聞き返すと、アリヤは小さく頷いた。
「……私は、力のこととか……言い伝えのこととか、ずっと隠して生きてきたから、何でも隠す癖がついちゃって。気を張って、隠さなくてもいいことまで隠して……自分の気持ちを伝えるのが苦手なの。だけど、エリオルはいつも私の気持ちを汲み取ってくれる。嘘偽りなく、真っ直ぐぶつかってきてくれる。だから……話してるとすごく……楽なんだ」
アリヤはにこりと笑った。
僕も照れくさくなって、えへへと笑った。
「だからこそ、エリオルには話さなきゃね」
「何を?」
「……“最果ての地”の場所について」
「!?……知ってるの?!」
アリヤはコクリと頷いた。
「前にケセフさんが言ってたとおり、“最果ての地”は今は“約束の地”と呼ばれていて、教会が守護してる」
「そう……なん……だ」
「なんで黙ってたか気になる?」
アリヤがイタズラっぽく聞いてくる。
僕は正直に「うん」と頷いた。
「……そこに、私の故郷があるの」
「え」
「……エリオルからその言葉が出た時、驚いたし、困惑した。黙っていても、いずれエリオルは“最果ての地”にたどり着く。わかってはいたけど、言い出せなかった。……行きたくなかった。……嫌なことを思い出してしまうから」
僕はアリヤから目が離せなかった。
「……でも、私も覚悟を決めたわ。私もエリオルと一緒に行く。遺跡で私の代わりに本気で怒ってくれて嬉しかった。あなたなら、もしかしたら何か変えてくれるかもしれない……なんてね」
アリヤは微笑んだ。
でもその笑顔はどこか寂しげで、諦めたような影があった。
「ありがとう。……ねぇ、“最果ての地”の意味を聞いてもいい?」
「……大した意味はないわ。……行けばわかることよ。さっ、そろそろ中に入りましょう。もう夜も遅いし、寝なくっちゃ」
「……うん。そうだね」
僕らは店の中へ戻った。
*****
「遺跡から帰ってきた日の夜、アリヤに聞いてみたんだけど……意味までは知らないって。だけど、場所は前にケセフさんが言ってたとおり、教会の本部が護る“約束の地”で間違いないって」
ダンの問いに僕はそう答えた。
「……そうか」
「意味は気になるところですが、ひとまず目的地ははっきりしましたね」
ーー僕はこの日、初めて嘘をついた。




