第38話 赤髪の騎士
ザハラはアリヤと固い握手を交わしたあと、再び粘土板に近づいた。
「何してんだ?」
ダンが問いかけるが、ザハラは粘土板をあちこち見たり触ったりしていて、こちらを見向きもしない。
「……これ、何とか持って帰れないかと思って」
「持って帰るのか?!」
「だって、本にできたとしても証拠がなかったら誰も信じてくれないでしょ?」
「そりゃそうだけど……」
よいしょ、と小さく声を出しながらザハラが粘土板を持ち上げる。
脆くなった粘土板は、かすかに軋みながら地面から離れた。
「だいぶ脆くなってるから、丁寧に運ばないとね」
ザハラは荷物の中から大きな布を取り出し、粘土板を慎重に包み始めた。
「そのカバン、何でも入ってるのね」
「お父さんの手帳に書いてあったんだ。『遺跡には何があるかわからないから備えるに越したことはない』ってね」
手際よく包み終えると、ザハラは粘土板をそっと両腕で抱えた。
「これでよし。……じゃあ、帰ろうか」
僕らは洞窟を後にし、遺跡の入り口へ戻った。
――その瞬間。
そこには、どこから現れたのか、大勢の騎士が僕らを取り囲むように立っていた。
「なっ……こいつら、どっから湧いて出てきやがった!」
ダンとケセフさんが狼狽しつつも、咄嗟に剣を抜く。
空気が一瞬で張り詰めた。
「……やはりお前だったか、ザハラ。」
騎士たちの前に立つ男が兜を脱ぐ。
真っ赤な髪――ザハラと同じ色。
「……兄貴」
ザハラがその男を睨みつけながら呟いた。
「兄貴!?兄妹がいたのか!?」
僕らが驚く間もなく、男は淡々と続けた。
「ここには近づくなと言ったはずだ。」
「アンタに指図される謂れはない」
男は深くため息をつく。
「……その持っているものを渡せ」
「嫌だ」
「これはお前のためなんだ」
「ふざけるな!!今さら兄貴面しないでよ!アンタなんかに助けてもらわなくても、アタシは一人で生きていける!」
「……そうか」
男が手を掲げた。
「赤髪の女を捕えろ。……その他の奴は殺しても構わない」
男の号令と同時に、騎士たちが一斉に駆け出した。
地面が震えるほどの足音。砂埃が舞い上がる。
「……ちっ!てめぇら逃げろ!ここは俺とケセフで抑える!」
ダンとケセフさんが僕らの前に飛び出す。
「でも!」
「早く行ってください!」
その瞬間――
「……アーファル・クム。砂よ、立ち上がれ!」
アリヤの声が響いた。
直後、背後から強烈な風が吹き荒れ、砂が巻き上がる。
砂嵐が騎士たちを一瞬で飲み込んだ。
「うわあああ!」
「ま、前が見えない!」
風の轟音と騎士たちの悲鳴が混じり合い、視界が茶色に染まる。
「早く逃げるわよ!」
僕らは騎士たちに背を向け、一目散に走り出した。
*****
「ハアッ、ハアッ……ここまで来れば大丈夫ね」
がむしゃらに走り続けた僕らは、乾燥地帯を抜け、森の中へ逃げ込んでいた。
「……すまねぇな、アリヤ。あいつらの前で力を使わせちまって」
「仕方ないわ。ああしなければ、みんな死んでたもの」
「……ごめん、こんな事に巻き込んじゃって」
ザハラがぽつりと呟いた。
正座したまま俯いている。
「……あいつ、ほんとにお前の兄貴なのか?」
ダンの問いにザハラが頷く。
「……だけどアイツは、アタシたち家族を裏切ったの」
「裏切った?……どういうことだ」
ザハラはゆっくりと話し始めた。
「……アイツは、お父さんが教会に狙われてると気づいてた。それなのに、お父さんが調べた情報を渡す代わりに教会の騎士になった。……知らせていればお父さんは逃げられたかもしれないのに。……騎士になるのは兄貴の夢だった。アイツは!お父さんの命をダシにして、それを叶えた!アイツがお父さんを殺したも同然なんだ!」
太ももに置いた拳はギリギリと握られ、涙がぽろぽろと落ちる。
「……あんな奴、兄貴でも何でもない」
僕らは、そんなザハラに何も言えなかった。
重い沈黙がおりる。
そんな中、アリヤがハッとした顔をし、沈黙を破って話し始めた。
「……でも身内に騎士がいるなら、あの古本屋にいるのは危険じゃないの?あそこが家だったのは、彼も同じでしょ?」
「……それについては、大丈夫よ」
ザハラが涙を拭きながら、アリヤの問いに答える。
「アタシ、お父さんが死んだ後、一度あの家を出たの。思い出の詰まった家に居続けるのが辛くって……。アタシが家を出たのはアイツも知ってるわ。でも、お父さんの無念を晴らすため、真実を暴こうと決めて、あの家にまた戻ったの。戻ったのがバレないようにずっと地下室に閉じこもっていたし、これまで一度も騎士がやってきたことはないから、アイツはアタシがあの家に戻ったことに気づいてないと思う」
「そう。それならいいんだけど」
その後、僕らは思い沈黙の中、帰路についた。




