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最果てのアリヤ  作者: 霜月兎灯
ナザルアド王国編
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第37話 魔女の正体

「……少し長い話になるわ。ゆっくりいきましょ」


 そう言って、アリヤは静かにその場に座り込んだ。

 僕らは顔を見合わせ、同じように腰を下ろす。


 アリヤは全員の顔をゆっくりと見渡し、深く息を吸った。


「……あなたたちは“神”が一体どういう存在だと思ってる?」


「どうって……」


 ダンが言いかけて黙り込む。

 沈黙が落ち、次に口を開いたのはケセフさんだった。


「……万物を創造した全知全能の唯一神。お隠れになった後も、我々を見守る慈悲深い存在……でしょうか」


「あと、エハド記には『神は自らに似せて人間をつくった』ってあるから、人と同じ姿形なんでしょうね」


 ザハラが続ける。

 アリヤはゆっくり首を振った。


「……そう。それこそが、エハド教が創り出した“偽物の神”なのよ」


「どういうこと?」


「元々“神”はそんな万能でも優しくもなかった。形すらなかった。……“神”とは、自然そのものだったのよ」


「……自然……そのもの……」


「そう。雨が降って大地が潤い、太陽が植物を育てる。それは“神”の穏やかな側面。一方で、嵐が川を荒らし、日照りが大地を干上がらせる。それは“神”の荒ぶる側面。“神”に善悪はない。そして“神”は草木、水、風……自然の至る所に存在する。……それが、本来の“神”の在り方だった……そうよ」


 アリヤは一度、目を閉じて息を整えた。


「“神に愛されし一族”っていうのは、そんな“神”に祈りを捧げていた一族。春には豊作を祈り、秋には実りに感謝する。そうやって“神“を祭る代わりに“神”の力の一部を借りることができた。昔はどこにでもいた……らしいわ。私はその生き残り。今話したのは、伝承で伝わっていたものよ」


「……つまり、アリヤの力って、“神に愛されし一族”が使っていた“神の力”の一部ってこと?」


 ザハラが問う。


「そうよ。でも万能じゃない。“神”が自然そのものなら、この力も自然の延長線上。……世界の理を変えることはできない」


「古代文字の読み方も伝わってたの?」


「……そうよ」


「……でも、どうしてエハド教は“神”の在り方を変えたんだろう?」


 僕が尋ねると、アリヤは少し目を伏せた。


「……さあ。……エハド記の半分が事実なら、昔、本当に自然を喰い潰して天変地異が起きたんでしょうね。そして、その喰い潰しを主導してた奴がエハド教を創り上げた。政治に利用するために。……人間は弱ってる時に“救い”をちらつかされると縋ってしまう生き物だから。でも、救ってるふりをしてる奴が実は苦しめてる張本人でした、なんて体裁が悪い。だから悪者を仕立て上げた。……それがたまたま“神に愛されし一族”だったってところかしら」


「……何だよそれ。じゃあ、アリヤもアリヤの先祖も何も悪くないのに、ただ都合が良かったってだけで悪者にされて……ずっと追われてるっていうのかよ」


「……そうよ」


「っ……何だよそれ!」


 僕は岩の地面を殴った。拳がヒリつき、血が滲む。でも痛みなんてどうでもよかった。


 そんな理不尽が許されていいはずがない。

 教会が存在する限り、アリヤはずっと隠れて生きるのか?

 アリヤの子供も、子孫も、永遠に?

 そんな未来、あってたまるか。


「……どうして、言ってくれなかったんですか?」


 ケセフさんが静かに尋ねた。

 アリヤはフッと自嘲気味に笑う。


「言ったところで信じた?エハド教は世界の統一宗教よ。こんな小娘が喚いたって誰も信じない。……下手すれば異端者として即首吊りよ」


 その言葉に、胸が締め付けられた。

 誰にも信じてもらえない孤独。誰にも見てもらえない苦しさ。その辛さを僕は誰よりも知っている。

 ……いや、僕はまだマシな方だ。僕にはダンがいてくれた。でもアリヤは、ずっと一人で耐えてきたのだろう。


「……そっか。お父さんが書いてた“魔女は本当は存在しない”って、そういう意味だったんだ」


 ザハラが小さく呟いた。

 そして、強く拳を握りしめる。


「……うん……決めた。アタシ、本を出す。お父さんが残した原稿に、アリヤが教えてくれたことを全部まとめて……真実を世の中に知らしめる!」


「おいおい、マジで言ってんのか?そんなことしたら、お前もタダじゃすまねぇぞ」


「それでもだよ。……だって、こんなのあんまりだ」


「……そんなことしたって一蹴されて終わるだけよ。……あなたも、無駄死にしたいの?」


 アリヤの声はとても冷たかった。


 ザハラはアリヤを真っ直ぐ見つめ返す。その瞳は真っ直ぐで揺るぎない決意が宿っていた。


「無駄じゃない。お父さんの死も、アタシが死ぬことになっても。……確かに、アタシ一人じゃ世界は変えられない。でも、湖に落ちる一滴の雫にはなれる。その波紋は広がって、やがて全てを飲み込む大波になる。……時間はかかるかもしれない。でも絶対に無駄にはしない」


 アリヤはしばらく黙ってザハラを見つめ、そして、ふっと微笑んだ。


「……ほんと、呆れた人たちね。……いいわ。やれるものなら、やってみなさいよ」


「言われなくてもやるわよ」


 ザハラが手を差し出す。

 アリヤは一瞬戸惑ったが、そっとその手を握り返した。

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