第31話 夕暮れに走る影
なんとかナザルアド王国に密入国できた僕らは、ケセフさんが見つけてくれていた、今は使われていない作業小屋で休むことになった。
「つ……疲れたあ〜」
小屋に着くなり、僕は床に突っ伏した。長年使われていなかったらしく、床板は毛羽立ち、砂でザラザラしていたが、そんなことどうでもいいほど疲れていた。
ダンとアリヤも壁を背にして座り込み、ぐったりしている。
「皆さん、本当にお疲れさまでした」
「そんで、お前はこの数日間どうしてたんだよ」
ダンがぶっきらぼうに言った。疲れと、さっきの喧嘩のせいで機嫌が悪いのだろう。
しかしケセフさんは、いつもの穏やかな笑みのまま答えた。
「もちろん、サボってなんかいませんでしたよ」
そう言って、一枚の紙を広げる。地図だった。
「ここから東へ行くと、この国の中心部である城下町があります。そこに王立図書館がありました。調べ物をすれば、エハド記やその歴史について何かわかるかもしれません」
「すごい!もうここまで調べたの!?」
僕は感動しながら地図を覗き込んだ。
「城下町までしか行けませんでしたが」
「十分よ。目標に近づける場所がわかってるなら、明日さっそく行ってみましょう」
「待ってください」
ケセフさんが急に真剣な声を出した。
「んだよ。なんか問題でもあんのか?」
「ここは宗教国家“ナザルアド王国”です。しかも王立図書館は中心部にあります。つまり……」
「つまり、教会の騎士も信徒も多いってことね」
アリヤが続け、ケセフさんが頷く。
「全員で動くのはリスクがあります。顔が割れていない私を中心に、ローテーションで行きましょう」
僕らはその提案に頷いた。
「それで、明日は誰が行くのかしら?」
「……僕、行ってもいいかな?」
おずおずと手を挙げると、ダンが笑った。
「いいんじゃねえか。お前が知りたいってんでここまで来たんだ。気になるもん、片っ端から調べてこいよ」
「じゃあ、明日は私とエリオルで図書館へ行きましょう。借りられそうな本があれば持って帰ってきますね」
*****
翌日、僕とケセフさん、そしてラヴィは街へ向かった。歩いて二時間ほどで到着した。
「うわあ〜」
街は人で賑わい、建物は歴史を感じさせつつも立派で美しかった。
「あれが王立図書館です」
ケセフさんが指差した先には、街の中でもひときわ大きく立派な建物がそびえていた。
中に入ると、本がずらりと並んでいた。
「ここにある本の半分以上はエハド記に関する書物のようです。まずは気になるものを集めてみましょう」
二手に分かれて本棚を見て回る。
壁一面にそびえる本棚には本がぎっしり詰まっていて、どれから手をつければいいのか迷ってしまう。
ふと、一冊の本が目に入った。
“こどもと読むエハド記“
僕はその本を手に取り、机に座って開いた。
……なんとか読めそうだ。
僕はもともと読み書きができなかったが、ダンやケセフさんに教えてもらい、最近は簡単な文章なら読めるようになっていた。
「……人と人との争い……神の声を聞く人……」
指で文章をなぞりながら読み進める。
しかし、ある一文で指が止まった。
「えっと……これどういう意味だろう?」
「……ここにいましたか」
声がしたので顔を上げると、大量の本を抱えたケセフさんが隣に座ろうとしていた。
「何かいい書物はありましたか?」
「ここ……どういう意味?」
僕が指差すと、ケセフさんが小声で読み上げてくれた。
「『人を騙し、大地を汚した娘を、人は魔女と呼んだ』」
「魔女……!」
その瞬間、あの夜の言葉が蘇った。
“……私は魔女よ“
追っ手から逃れるために入った洞窟で、アリヤはそう言っていた。
「魔女は……悪いやつなの?」
「エハド記の中の魔女は、人々を惑わせ、争いを助長し、神に逆らう者の象徴として描かれています。……エリオルの言う通り、悪者です」
僕は本を見つめた。
ここに書かれている魔女がアリヤだって?
冗談じゃない。同じなのは“不思議な力を使う”という点だけだ。
でも、アリヤはその力を私利私欲のために使ったことは一度もない。いつだって、誰かを助けるために力を使っていた。
「……もう少し見てみましょう」
僕らは閉館まで書物を探し、いくつかを借りて小屋へ戻ることにした。
外は夕暮れで、空はオレンジ色に染まっていた。
街はまだ賑わっていたが、店先にはランタンが灯り始めていた。
通りを歩いていると、突然ダンッと何かにぶつかった。
抱えていた本で前が見えず、僕は尻餅をつき、本が散らばった。
その時、またあの耳鳴りがした。
「……真実を!真実を知りたい!」
「エリオル!大丈夫ですか!?」
ケセフさんの声で、我に帰る。また……声が聞こえた。僕にしか、聞こえない声。
横を見ると、僕にぶつかったらしい人が倒れていた。
「大丈夫ですか?すみません、前を見てなくて……」
手を伸ばすと、その人は勢いよく起き上がった。
外套のフードが外れ、夕陽に照らされた真っ赤なウェーブの髪があらわになる。
女性は僕を鋭く睨んだ。
その時――
「いたぞー!こっちだ!」
通りの奥から声がした。見ると、騎士がこちらに向かってきていた。
赤髪の女性はすぐに立ち上がり、細い路地へ走っていく。
騎士たちが僕らの横を駆け抜けた。
「魔女め!絶対に逃すなー!!」
その言葉に、僕とケセフさんは顔を見合わせた。
魔女……!?
アリヤと同じような力を持つ人が、他にも……?
「ケセフさん!」
「ええ!追いかけてみましょう!」
僕らは散らばった本もそのままに、女性の後を追って走り出した。




