第27話 天の御使
カヴォド元国王の処刑から一週間が経った。あれから国全体は新体制の樹立に向けて慌ただしく動いていたが、国民の表情は明るく、希望に満ちていた。この短期間で体制を整えられたのは、国民の支持と協力があったからだ。
そして今日、王城にてカイ新国王の戴冠式が執り行われている。 盛大な拍手と歓声が響く中、王城のバルコニーには王冠を戴いたカイ陛下と、その隣にオレフさんが立っていた。
「皆さま、本日はお集まりいただき誠にありがとうございます!」
新国王のスピーチが始まる。 僕らはカイ陛下に招かれ、バルコニーへ続く控えの間からその姿を見守っていた。
「この国は長きにわたり、暴虐と理不尽に晒されてきました。皆、自らの身を守ることで精一杯で、未来を思い描く余裕すらなかった。……俺も同じでした。見て見ぬふりをし、自分さえ良ければいいと考えていた。しかし、その苦しみが、大切なものを護るために立ち上がる強さを教えてくれました。諦めず声を上げ続ければ、必ず誰かに届くのだと気づかせてくれました。……この二十年間で犠牲となったすべての方々の想いを無駄にしないためにも、俺は前を向いて進みます。まだまだ経験も知識も足りない自分に力を貸してください!この国を必ず“みんなが笑い合える国”にしましょう!」
「「うおおおおおっ!!」」
割れんばかりの拍手と歓声が上がる。
「……二人とも、立派になりましたね」
ケセフさんがしみじみと呟いた。
カイ陛下とオレフさんは、忙しい合間を縫ってケセフさんのお見舞いとこれからについての相談をしに来ていた。最初は、不安そうな顔をしていたが、今バルコニーに立つ二人は堂々としていて、とても頼もしく見えた。
その時だった。 背後の扉が勢いよく開き、一人の騎士が駆け込んできた。
「た、大変です!」
カイ陛下とオレフさんも振り向く。
「き、教会の騎士が……“天の御使”がこちらに――」
ゴーン ゴーン ゴーン。
騎士の言葉を遮るように、低い鐘の音が響き渡った。歓声は一瞬で消え、国民は静まり返る。
窓の外を見ると、白い外套をまとった騎士たちが白馬に乗り、整然と王城へ向かっていた。 彼らが通る道だけ人々が割れ、跪き、頭を垂れる。
聖エハド教会の聖騎士団――天の御使“マラアフ”だ。
「シェレト王国の新しき国王陛下に、ご挨拶申し上げる!」
先頭の騎士が声を張り上げた。
「此度の“聖戦”、誠に大義であった!教会の“五つの光”も、そなたらの働きを大いに喜んでおられる!」
騎士は腕を掲げ、文書を示す。
「ここに“五つの光”より祝辞を預かっている!新国王陛下に謁見を願う!」
「……はっ。祝辞なんぞとは笑わせる」
ダンが冷ややかに呟く。
「要は、事の顛末を根掘り葉掘り聞き出し、あわよくば新国王に成り上がった若造に代わってこの国の実権を握りたい……そういう腹だろ」
「ただ、表向きは挨拶である以上、拒む理由もありません」
ケセフさんが続けた。
「お三方は逃げてください。城の抜け道を使えば隠れ家の近くの森へ出られます。そこで落ち合いましょう。私はこのまま謁見に立ち会います」
ケセフさんはカイ陛下に向き直る。
「陛下と大臣は、どうか堂々と。ここで隙を見せれば、これまでの努力が水泡に帰します」
カイ陛下とオレフさんは力強く頷いた。
*****
謁見の間。 玉座にはカイ陛下が座し、両脇にオレフとケセフが控える。 対面には二人の騎士が跪き、その後方に小柄な騎士が控えていた。
「お初にお目にかかります。聖エハド教会 五光議会直轄騎士団 団長、ディナエルと申します」
「同じく、副団長のラハムです」
「……面を上げよ。よく参られた」
二人は静かに頭を上げた。
「ラハム、祝辞を陛下へ」
ラハムは跪き、祝辞を差し出す。 そこには形式的な文言が淡々と綴られているだけだった。
「……“五つの光”と名高き聖エハド教会最高位の“エハドール“の御方々より祝辞を賜るとは、光栄である」
「民を虐げ、教会に仇なす“悪魔”を討ち果たしたこと、“五つの光“も大いにお喜びでした。陛下のお言葉、このディナエルが必ずやお伝えいたします」
ディナエルは恭しく頭を下げたが、すぐに顔を上げ、悲しげな表情を浮かべた。
「しかしながら、“五つの光“は同時に憂えておられます。悪魔を討ったとはいえ、この地には深い傷が残りました。残党が潜んでいる可能性もある。若き王が治めるには、あまりに重い負担……陛下が戦後もなお辛苦を背負うことを、心より案じておられます」
「……そこで、我らより一つご提案がございます」
ラハムが前に出る。
「教会を復興し、各地に区域を設け、統治の一助を担わせていただきたく存じます。復興費用はすべて教会が負担いたします。また、治安維持のため、教会騎士を派遣いたします」
カイ陛下はケセフへ視線を送る。
「……寛大なお心遣い、痛み入ります。ありがたい申し出、ぜひお受けしたく存じます。ただし、条件を二つ申し上げます」
「どうぞ」
ケセフの問いかけにディナエルはにこやかに答えた。
「一つ、区域づくりにはオレフを同席させること。二つ、派遣される騎士は我が国の騎士団と共に行動すること。……以上でございます」
張り詰めた沈黙が流れる。
「……ええ、もちろんですとも」
ディナエルは微笑んだ。
「大臣が加わるのであれば心強い。指揮系統も統一したほうが動きやすいでしょう。そちらの意向に従うよう、騎士たちへ指示いたします」
「感謝いたします」
ケセフは小さく息をついた。
「……そういえば」
ディナエルが続ける。
「貴国に“奇妙な力を使う少女”がいたとの報せが届いております。何かご存知でしょうか?」
三人に緊張が走る。
「……いいえ、そのような情報は入っておりませぬ」
オレフが答えた。
「そうですか。では、何か分かり次第ご一報を。その少女は、我らが追う“魔女”の可能性が高い。……神に仇なす者を捕らえるため、もちろんご協力いただけますな?」
穏やかな声のままだったが、目だけが鋭く光り、真っ直ぐケセフを捉えていた。
「……ああ。情報が入り次第、必ず伝えよう」
カイ陛下が答えると、ディナエルは表情を和らげた。
「ご助力、感謝いたします。では、我々はこれにて失礼いたします。今後については文官より改めて連絡いたします」
マラアフの三人は一礼し、謁見の間を後にした。




