第28話 黒鉄の門の向こうへ
僕らは騎士さんの案内で抜け道を通り、城から脱出することができた。
「カイさんたち、大丈夫かな?」
「ケセフが付いてんだ。下手な真似はしないだろうよ」
「でも、もうこの国にはいられないわね。出発の準備を進めておきましょう」
隠れ家に到着した僕らは、ケセフさんの帰りを待ちながら旅の準備を進めていた。 日が落ち、辺りが暗くなり始めた頃、ケセフさんが一人で戻ってきた。
「謁見はどうでした?」
姿を見るなり、心配でたまらなかった僕は真っ先に尋ねた。
「……ひとまずは大丈夫そうです」
ケセフさんはにこりと笑ったが、その笑顔はどこかぎこちなく、疲れが滲んでいた。
「詳細は後ほどお伝えします。ひとまず、私たちは国を出た方がいいでしょう」
「そう思って、もう準備は済ませてあるわ。……少し休んだらすぐに出発しましょう」
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準備を終えた僕らは、黒い鉄の門の前にいた。ここは国の西側にある門で、入国した時とは反対側だ。
「どうか、お気をつけて」
門番に見送られ、シェレト王国を出ようとした時だった。
「……ギリギリ間に合ったようじゃな」
振り返ると、そこにはアモスおじいさんが立っていた。
「おじいさん!?」
「大臣がおぬしたちが国を出ると早馬で知らせてくれてな。騎士様に連れてきてもらったのじゃ」
おじいさんの後ろには、栗色の馬と騎士が控えていた。
「おぬしたちには色々と世話になったからな。見送りの一つくらいせねば、孫に怒られてしまうわい。……ほら、これを持っていきなさい」
おじいさんは茶色の皮袋を僕に渡した。ずっしりと重く、中には金貨がぎっしり詰まっていた。ざっと見ただけで三ヶ月は生活できる額だ。
「こ……こんな大金、受け取れないです!」
返そうとしたが、おじいさんは首を横に振るばかりだった。
「おぬしたちに受けた恩を考えれば、少ないくらいじゃ」
「でもそれは、僕たちが勝手にやったことでーー」
「それでもじゃ」
おじいさんは僕の言葉を遮った。
「……わしは、諦めたフリをしていたんじゃ。馬鹿な気を起こして殺されでもすれば、孫や息子が悲しむと自分に言い聞かせて、何もしない言い訳にしていた。……本当は、孫を殺したこの国が憎くて憎くて仕方なかった。この国はいずれ滅ぶ。滅ぶならいっそのこと全部壊れてしまえばいいと、そう思っとった」
おじいさんは長く息をついた。
「……でも、そんな老人の醜い願望は、おぬしらが吹き飛ばしてくれたよ」
おじいさんは僕らを見て微笑んだ。
「おぬしらを見ていて思ったんじゃ。……憎しみは奪うばかりで何も生まん。……おぬしらに出会わなければ、孫と同じ運命を辿る人たちを傍目に、この国が滅びてゆく様を喜んで見ていたことだろう。奪われる苦しみを誰よりも知っているはずなのに、誰かの幸せが奪われるのを喜んで見ている外道に成り下がるところじゃった。……そんなわしを、この国を、救ってくれて本当にありがとう」
おじいさんは僕の手を両手で包み込み、涙を浮かべながら何度もお礼を言った。
「……君たちがこれからどこへ行くのか、何をしに行くのか、わしは知らない。……でも、これだけは言える。君たちの進む道は、誰が何と言おうと正しいはずだ。わしは、いや、この国の皆がそう信じておる。だから、胸を張っていきなさい」
「……はい!」
僕はおじいさんの手を握り返し、力強く返事をした。
僕らはおじいさんに礼を言い、この国を後にした。おじいさんは僕らが見えなくなるまで手を振り続けてくれた。
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シェレト王国を出てすぐ暗くなったため、僕らは森の川辺で野営することにした。 夜ご飯を食べながら、ケセフさんからマラアフとの謁見の話を聞いた。今日の夕食はライ麦パンとチーズの塩煮込みだ。
「案の定、彼らは国の実権を握ろうと画策していました。一応こちらの条件は飲んでもらえたので、丸々乗っ取られることはないでしょうが……あとは陛下とオレフ次第ですかね」
「そんな状態で置いてきて良かったんですか?……やっぱり今からでも戻ったほうがーー」
「その必要はありません」
ケセフさんはきっぱりと言った。
「短い間でしたが、彼らには色々と仕込んできましたし、陛下もオレフも馬鹿ではありません。きっと上手くやっていけるでしょう」
「それもだが、奴らがアリヤの存在に気づいてたことも気になる」
ダンが続けた。彼のお椀はすでに空になっていた。
「あの国の奴らがチクったとは考えにくい。そもそもアリヤの力を見られねえよう、俺たちも気を配っていたからな」
「となると、教会は最初からスパイを潜り込ませていた……と考えるのが妥当でしょうね」
ダンは小さく頷いた。
「それが俺たちを捕まえるためか、国の情勢を探るためか、その両方かはわからねえがな」
「なんにせよ、ここから先は常に見張られていると思って行動したほうがよさそうですね」
沈黙が落ちた。それを破ったのはアリヤだった。
「……というか、ここから先どうするつもりなの?」
僕らは一斉にアリヤを見た。
「だって、シェレト王国に寄ったのは近かったし、逃げるのに都合が良かったからでしょ?今その国を出ちゃったわけだから、次の潜伏先を探さないと」
そうだ。僕らはカドモン王国と教会から逃げている。より安全な場所に隠れるのが得策だ。 だけど、僕にはどうしても気がかりなことがあった。
「……僕、やりたいことがあるんだ」
僕が言うと、みんながこちらを見た。
「前にも言ったとおり、僕には僕にしか聞こえない声が聞こえる。それは気づいた時からで、カドモン王国に閉じ込められている間、ずっと聞こえていた言葉があるんだ」
「……あれか。“世界の果てに向かえ”ってやつ」
「そう」
ダンが代わりに言ってくれた。
「世界の……果て……」
アリヤが小さく呟いた。
「何か知ってるの?」
アリヤは一瞬固まったが、すぐに首を横に振った。
「……いいえ……何も」
「もしかして……“約束の地”のことですか?」
「ケセフさん、何か知ってるんですか?」
「いや、知っているというほどでもないが、“約束の地”のことを昔は“果ての地”と呼んでいたと聞いたことがあるような気がして」
「そもそも“約束の地”ってなんですか?」
「沈黙した神が再び民の前に姿を現すと言われている場所だ。そこは聖地でもあり、今は聖エハド教会の本拠地がある場所だ」
ダンが答えた。
「よくわからねえが、仮にそこがお前の言う“世界の果て”だとして……まさかそこに向かおうって言うんじゃねえだろうな」
僕はすぐには答えられなかった。 でも、シェレト王国の一件で確信したことがあった。
「……僕はこれまで、僕に聞こえる声について半信半疑だったんだ。閉じ込められておかしくなって聞こえるようになった幻聴なんじゃないかって。……でも、最後のおじいさんの話を聞いて思ったんだ。この声には、ちゃんと意味があるんじゃないかって」
僕は息をついて続けた。
「おじいさんと出会った時、声が聞こえなければ何か行動しようとは思わなかったかもしれない。そうしたら、ケセフさんと出会うことも、シェレト王国を救うこともできなかったかもしれない。……だから、確かめてみたいんだ。“世界の果て”にたどり着いた時に何があるのか」
重い沈黙が落ちた。 めちゃくちゃなことを言っている自覚はあるし、みんなを危険に晒す行為だってこともわかっている。……でも、あの言葉に本当に意味があった時、ここで行動しなかったことをいつか後悔する気がして怖かった。
「……では、こうするのはどうでしょう」
沈黙を破ったのはケセフさんだった。
「まだ“世界の果て”が“約束の地”であると決まったわけではありませんし、仮に関連していたとしても、我々はエハド記に詳しいわけではありません。ある程度調べる必要があります」
ケセフさんは軽く咳払いをした。
「なので、まずはこの付近で最大の宗教国家である“ナザルアド王国”を目指すのはどうでしょうか」
「……そんな教会のお膝元みたいな場所に行くのは危なくねえか?」
「どこに行ってもリスクはあります。しばらくはオレフたちが誤魔化してくれるでしょうし、それに……」
「それに?」
「それに、そのエリオルさんが聞こえた声に救われた身としては、信じてみるのも悪くはないかと」
ケセフさんは僕を見て微笑んだ。
「ちっ。しゃーねえな。どうせ危ねえって言っても聞かねえんだろ。なあアリヤ」
ダンがアリヤを見る。しかしアリヤは何か考え込んでいるようで、呼びかけに答えなかった。
「アリヤ?」
「……え?……ああ、そうね。……そんなに気になるなら、ひとまず調べるだけ調べてみればいいんじゃない?」
「では、決まりですね」
ケセフさんがパンッと手を叩いた。
「明日も早いですし、今日はもう休みましょう。ひとまずは私が見張りをしていますから、ゆっくり休んでください」
こうして僕らは、次なる目的地――ナザルアド王国へ向かうことになった。
「シェレト王国編」これにて完結です。
次の話から新章がスタートします。
お楽しみに!




