第22話 恐怖を超えて
「狼狽えるでない! こやつらの言うことなど根拠のない出鱈目だ! さっさと粛清せよ!!」
王冠を被った男が、城の上からこちらを見下ろしていた。
あれが――この国の王。僕らが戦っている相手。
「てめぇっ!! 何しやがる!」
ダンが怒鳴った瞬間、ひゅっと空気を裂く音がした。
頭上から矢が飛来し、ダンが反射的に剣で弾いた。
「何をしておる! さっさと殺せー!!」
王はダンの声など聞こえないかのように、騎士団へ命令を飛ばす。
だが騎士たちは動かない。ざわつき、互いに顔を見合わせるばかり。
オレフも俯いたまま、剣を構える気配すらない。
「ちっ……この役立たずどもが! 殺せと言っているのが聞こえぬのか!!」
王が再び弓を引き絞り、狙いをケセフさんに向けた。ダンが前に出て剣を構える。
「……どけ、ダン」
ケセフさんがダンを押しのけ、ふらつきながら立ち上がった。
ひゅっ
その時、また空気を裂く音が聞こえる。
カキンッ。
直後、ケセフさんは放たれた矢を剣で弾き飛ばした。その動きはぎこちなく、足元が揺れている。
「はぁ……はぁ……」
肩で息をし、剣を杖のようにして立っている。胸に刺さった矢が揺れ、痛みに顔が歪む。
ケセフさんは矢を掴み――
「ぐっ……!」
歯を食いしばりながら引き抜いた。
その瞬間、息が詰まるような苦しげな声が漏れる。傷口からは血吹き出し、地面にボタボタと滴り落ちた。
「おいおい、無茶すんなよ……!」
ダンが慌てて背中を支える。
「……私……たちの言うことが……で……たらめ……だと?」
ケセフさんは震える足で立ち直り、王様を見上げた。その目は鋭く、そして真っ直ぐ王様を捉えていた。
ケセフさんがすーっと大きく息を吸う。
「カヴォド王!あなたには、国民の苦しみの声が! この国の嘆きが! 聞こえないのかっ!!」
叫び終えた瞬間、ケセフさんは激しく咳き込み、口元から血がポタポタと垂れた。
「おいケセフ! いい加減にしろ!」
ダンが崩れ落ちそうな身体を肩で支える。
そのとき――
「ふははははっ!」
カヴォド王の高笑いが響き渡った。
「ケセフ! お前も落ちたなあ! どれほど愚民どもに慕われていようが、一人騒いだところで何も変わらん! 見ろ! ここにはお前たちの味方など誰もいないではないか!」
カヴォド王の嘲笑が胸に刺さる。
……確かに、署名は集まった。
でも、誰も来なかった。
“恐怖”は、それほどまでに人を縛る。
「おい、オレフ! さっさとこやつらを始末しろ! ……王命に背くとどうなるか、教えてやらねば動けぬか?」
「そ、それは……どういう意味ですか!」
俯いていたオレフが、バッと顔を上げてカヴォド王を見上げた。
「ふっ……そのままの意味よ。余の合図ひとつで、お前の大事な者の命は奪われる。全てはお前の態度次第だ」
「くっ……!」
「はっ! 自分の手駒さえ脅すのかよ」
ダンが吐き捨てるように言う。
オレフはゆっくりと剣を前に出した。
その手は震えていた。
「……申し訳ありません。ケセフ団長」
その声は、泣き出しそうなほど苦しげだった。
「……総員! 奴らを粛清せよっ!!」
オレフの号令と同時に、千の騎士が一斉に走り出す。地面が揺れ、鉄の足音が大地を叩く。
そのとき――
「ちょーっと待ったあー!!!」
僕らの背後から声が響いた。
振り返ると、大勢の人々がこちらへ歩いてくる。その中心には、手を振るカイさん。そして、その横には……おじいさんと、オレフの母親の姿があった。




