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最果てのアリヤ  作者: 霜月兎灯
シェレト王国編
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第21話 王の矢

 一週間はあっという間に過ぎていった。


 武器の調達のために街を歩いていると、周囲の人々がふと足を止め、揃って空を見上げた。つられて僕も視線を上げると、頭上で何かがヒラヒラと舞っている。それは、僕らが作ったデモを呼びかけるビラだった。


 アリヤが風を操り、ビラを街中へ散らしているのだろう。風に乗った紙片は光を反射しながら遠くへ飛んでいく。確かに、これならアリヤ一人でも広範囲に周知できる。


 派手なビラ配りをしても、街を堂々と歩いても、騎士団の姿は一度も見なかった。

 ケセフさんの読み通り、騎士団はデモ当日に備えて力を温存しているようだ。


 そして――とうとう運命の日がやってきた。


* * *


 デモ当日の朝。アリヤ、ダン、ケセフさん、僕。そして隠れ家にいた男性陣五名。計九名が革命隊として城門前に立った。


 対する城の前には――


 一千の騎士が、壁のように並び立っていた。


 鎧が朝日を反射し、剣の刃が冷たく光る。規律正しく並んだその姿は、まるで巨大な鉄の生き物のようで、息を呑むほどの威圧感があった。


 そして、そこに国民の姿は一人もなかった。


「とうとう、運を使い果たしちまったようだな」


 ダンが軽口を叩くが、その声はわずかに震えていた。笑っているのに、目だけが笑っていない。


「作戦失敗ね……でも、ここまで来たらもう引き下がれないわよ」


 アリヤも剣を抜き、目前の敵を睨みつける。風が止まり、空気が張り詰めた。


「まだ署名があります。あとは……我々の口の巧さ次第ですね」


 ケセフさんは腰の剣に手を添え、臨戦態勢を崩さない。しかし額には汗が滲んでいた。


 みんなが次の手を考える中、僕は拳を握りしめ、俯くことしかできなかった。


 ……悲しかった。

 演説はあんなに上手くいっていたのに。

 署名だって、いっぱい集まったのに。


 それでも、誰も来てくれなかった。


 やっぱり、長年の恐怖には勝てないのだろうか。 ……所詮、僕みたいな嫌われ者には、何も変えられないのだろうか。


 顔を上げると、剣を構えた騎士たちが、今にも襲いかかってきそうな距離にいた。


「……この状況をひっくり返すなんて無理だよ」


 気づけば、心の声がそのまま口から漏れていた。自分でも呆れるほど弱々しい声だった。


 そのとき――


「我は、シェレト王国騎士団団長、オレフ! 貴様ら恩知らずな反逆者どもの粛清を、国王様より仰せつかった!」


 城門前の騎士たちの中心に立つ男が、腹の底から響く声で怒鳴った。


「オレフ……」


 ケセフさんが目を逸らさずに呟く。


「知り合いか?」


 ダンも視線を外さずに問う。


「私の直属の部下で、一番目をかけていた後輩です。……良くも悪くも騎士団随一の頑固者。簡単には絆されませんよ」


「粛清を執行する前に問う!……ケセフ団長、いや、元団長! なぜ我々を裏切った!」


 オレフは剣を真っ直ぐ構え、ケセフさんを射抜くように睨んだ。


 ケセフさんは答えない。ただ、まっすぐオレフを見返す。


「……あなたは言った! この国を護ることが我々の使命だと! あなたを信じていたのに……なぜだ! 答えろ!」


 オレフの声が震えていた。


「そうだな。確かに私は、お前たちにそう教えてきた」


 ケセフさんは静かに息を吸い、声を張った。


「では問おう、オレフ。お前の言う“国”とはなんだ!」


「なっ……!」


 オレフは一瞬怯んだが、すぐに怒りを取り戻した。


「国とは、王が治める土地だ! 王とは六百年前、我々を侵略から護り、この国を誕生に導いた偉大なる一族の末裔! 我々国民はその恩に報いるため血税を捧げる! それが、シェレト王国のあり方だ!」


 オレフが剣を掲げると、千の騎士が一斉に剣を掲げ、雄叫びを上げた。


「「うおぉぉぉーーっ!!」」


 空気が震え、地面が揺れるほどの音圧。

 胸が押し潰されそうで、膝から崩れ落ちそうになる。


 それでもケセフさんは一歩も引かず、前を向いたままだった。


「そうだ。それが“偉大な王”であったはずだ。だが今はどうだ! 六百年前に護られた民は、今やその王自らの手で虐げられている! これが誉れ高きシェレト王国の姿だとでも言うのか!」


「それはっ!……民が恩に逆らい反逆を――」


 ケセフさんは反論を許さなかった。署名の束を高く掲げる。


「見ろ! これは現王に異を唱える国民の署名だ! すでに国民の四分の一が我々に賛同している! 時間をかければ、もっと増える! ……これを見てもまだ、そんな戯言を言い続けるのか!」


「ふっ……そんな紙屑が何の役に立つ!」


 オレフが嘲笑した瞬間、ダンがケセフさんが掲げている署名の束をひょいと取った。


「紙屑かどうか、読み上げてやろうか?」


 ダンが名前を読み上げるたび、騎士たちがざわめき始める。


「父ちゃん……署名したのかよ……!」

「俺の家族の名前もある……!」


「騒ぐなっ!!」


 オレフが怒鳴るが、ダンがある名前を読み上げた瞬間、オレフの動きが止まった。


「か……母様……?」


 僕はダンが読み上げた名前に覚えがあった。それは、息子が騎士団に所属しているから署名できないと言っていたあの女性の名前だった。


「ここに署名した人たちは、王の暴虐を許せない者だけじゃない。お前たちがこれ以上、手を汚さないよう願っている者たちもいる!」


 ケセフさんの言葉に、騎士たちは誰も反論しなかった。

 あれほどの威圧感が、嘘のように静まり返る。


 ――いけるかもしれない。


 そう思った瞬間。


 ひゅっ。


 風を切る音と同時にドスッという鈍い音がした。


 反射的に音がした方を見る。ケセフさんの胸に、矢が突き刺さっていた。


「あ゛っ……!」


 ケセフさんが膝から崩れ落ちる。


 全てがスローモーションのように見えた。

 声が遠くなる。

 足が動かない。


「ケセフ! おい、ケセフ! しっかりしろ!!」


 ダンが駆け寄る。


 そのとき、頭上から声が響いた。


「狼狽えるでない! こやつらの言うことなど根拠のない出鱈目だ! さっさと粛清せよ!!」


 見上げると――

 王冠をかぶり、弓を構えた男がこちらを見下ろしていた。

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