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第10話 国を支えるもの

 僕らは、重い足取りで帰路に着いた。厚い雲に覆われた空は太陽の光を遮り、まだ夕方でもないのに、あたりは薄暗く沈んでいた。


 僕はおじいさんの家には入らず、家の裏にある墓へ向かった。


「エリオル?」


 アリヤの声が背中に届く。僕は墓の前で立ち尽くした。


 昨日の夜、あれほど大見得を切ったのに――何も、できなかった。拳を握り締めることしかできない自分が、悔しくて仕方なかった。


「……エリオル」


 その時だった。


「あーあ。あのおじいさん、あれだけ言ったのに、結局直してしまったのですね」


 バッと振り返ると、見慣れぬ男が立っていた。外套のフードを深く被り、顔はよく見えない。


 僕はアリヤを庇うように前へ出た。


「……あなたは誰?」


「そちらこそ何者ですか? この辺では見ない顔ですね」


「……僕らは、この家のおじいさんにお世話になった者だ。見返りとして、この墓を直すよう頼まれた」


「……そうですか」


 フードの下から覗いた金色の瞳が、鋭くこちらを射抜いた。思わず身構える。


「てめえ、ここで何やってんだ!」


 家から飛び出してきたダンが、男に剣を向けた。


「ダン!」


「てめえ、何者だ」


 すると――


「君は……ケセフか?」


 ダンの後ろにいたおじいさんが男に声をかけた。


「……お久しぶりです、アモスさん」


 男はフードを外した。後ろで一つに束ねた長い金髪が、風に揺れる。


「ああ、久しぶりだねえ。元気にしてたかい?」


「おかげさまで」


 先ほどまでの鋭い目つきとは違い、穏やかな笑みを浮かべていた。


「じいさん、こいつ知り合いなのか?」


「ケセフは、孫の友達じゃよ」


「ええ。ナーヴと私は幼馴染なのです」


「わざわざ来てくれてありがとう。とりあえず、中に入んなさんな」


 僕らは家の中でハーブティーを飲みながら一息ついた。五人も入ると、さすがに狭い。


「今日はもともとここに来る予定だったのですが、街の大通りで一騒ぎありましてね。そこに、こそこそとした見慣れない連中がいたので後を追ってきたら、この家に辿り着いたというわけです」


「……大通りからずっとつけられてたのか」


 僕は自分の甘さを痛感した。ケセフさんがおじいさんの知り合いだったからよかったものの、これが騎士や追っ手だったら――今頃、三人揃って牢の中だ。


「……ところで、さっきあなた『あれほど言ったのに直してしまった』って言ってたけど、どういう意味?」


 アリヤが尋ねた。


「……改めて自己紹介しましょう」


 ケセフさんは立ち上がった。


「私は、シェレト王国騎士団の団長。崇敬なる王様の一の剣、ケセフと申します」


 うやうやしく頭を下げる。


「!? 騎士団長だって!?」


 僕らは勢いよく立ち上がり、椅子が倒れた。ケセフさんはフフと笑う。


「安心してください。友人に祈りを捧げてくれた人たちを捕まえるような真似はしませんよ」


 そう言って再び座り、僕らにも座るよう促した。


「……ほう。騎士のくせにダチの墓が部下に壊されるのを黙って見てたってわけか」


 ダンが椅子に座りながらそう言った。僕らも、さっき倒した椅子を起こして再び座る。


「墓がなぜ壊されたのか、アモスさんから聞いたのですね。……私だって、大切な友人の墓がこんな風に捨て置かれるのを見るのは辛いですよ」


 ケセフさんは、カップを持ち上げるとお茶を一口飲んだ。


「……ただ、私は騎士団長として、王を、国を、騎士団を護る義務がある。……たとえそれが、民の幸せに反することだとしても」


 そう言うと、ケセフは困ったように笑った。その笑みが、僕にはおじいさんの表情と重なって見えた。


「……あなたは、それでいいんですか?」


 気づけば、言葉が口をついていた。


「それは、どういう意味ですか?」


「……僕には、あなたが自分の本当の想いを押し殺しているように見える」


 ケセフさんの表情が、一瞬曇った……ような気がした。


「アモスさん、お茶おいしかったです。また来ますね」


 しかし、ケセフさんは僕の質問には答えず、それだけにこやかに告げると、玄関へ向かい、ドアノブに手をかける。そこで、ピタリと止まってこちらに振り向いた。


「……次におかしな行動をすれば、私も庇いきれません。大人しくしていてくださいね」


 そして、そのままドアを開け外へ出て行こうとした。


「待って!」


 僕は思わず呼び止めた。


「……いくら王様が偉くても、それを支える民がいなければ、国は成り立たないんじゃないの?」


 ケセフさんは振り返らなかった。そのまま静かに家を後にした。



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