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龍崎蕾は窓辺にいる〜愛知県警特殊怪異捜査室〜  作者: 月草(梅雨之草)


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2024年4月『入れない現場』7

「ご苦労さま。どうだった?捜査一課でのお仕事は」

「そちらは問題なくこなせると思います。ただ、」

「分かってるよ。その目のことだろう。君たちが戻って早々に、龍崎君が殴り込みに来たから」


 ある程度仕事の片付いた、終業間近。浅井は古塚に呼び出されていた。

 夕焼けに赤く染まった室内で笑う古塚の本心は、やはり読めない。ただ、この色彩が限られた空間にはよく馴染む顔だと、ぼんやりと思った。


 殴り込みに来たという割には堪えた様子もなく、古塚は飄飄とした笑みのまま肩をすくめてみせる。


「ごめんね?初日からこんな事件引くとは思わなかったんだよ。もう少し薄らぼんやりしたの見て、こういう世界が隣にあるんだなーぐらいの認識して貰えたらって思って、ね?」

「失礼に当たるかもしれませんが……無断で押しつけた段階からの謝罪をいただきたいです」

「ごめんごめん。けど、「コレを持っていればオバケが見える」なんて言ったところで信じないだろう?」


 そう言われてしまうと、浅井には反論できない。古塚の言うとおり、信じることなどしなかっただろう。

 

 だが、古塚が押しつけた変化は、一朝一夕で慣れるようなものではない変化だ。

 祖母が亡くなってからがらんとしていた我が家は、昨夜から正体の分からぬものが蠢く知らぬ家になってしまった。帰ってもまた、あれらに頭を悩ませることになると思うと気が重い。

 ポケットの中の勾玉が酷く冷たく感じた。知ってしまった以上持ち続ける他ない、重く煩わしいもの。


「さて、謝罪はするけど、辞令は辞令だ。君が何を思おうが、君の配属は変わらない。警察組織の一員である限りは当然従って貰う。分かるよね?」

「はい、承知しております」

「今後も、君には龍崎君の下で訳の分からないものに向き合いながら、なんとか調書に残せるよう落としどころを模索してもらう。そのあたりは龍崎君の得意分野だから、君はサポートに回るだけでいい。大事なのはもう一つのほう」


 古塚が指を1本立てる。そこに吸い込まれてしまったかのように、古塚の顔から笑みが消えた。


「浅井咲希巡査部長、君は龍崎蕾警部補があちら側に行ってしまわないように、人の側に立ち続けるように見張ってもらう」


 その無機質な声が、ひやりと氷を押し付けられたかのような錯覚を起こす。


「今日見てもらった通り、龍崎君は優秀だがいろいろなことに無頓着だ。何でもないかのように触れられるはずのないものに触れ、見えるはずのないものを見て、不条理を人の法に基づく世界に落とし込めるように交渉してみせる。彼女の能力は我々警察にとって有益だ。だが、向こう側の方が正しいと彼女が考えてしまったら、事態は逆転してしまう」

「だから、監視をしろと?私に、見えなかったものを見させてまで?」

「まあ、そうなるね」


 すっと、指が降ろされる。まるで潮が満ちるように、古塚の目が再び笑みをかたどる


「そんな怖い顔しないでくれ。僕だって龍崎君が職務放棄するとは考えてない。ただの万が一の保険だよ」

「ですが、」

「君だって「また」目の前で誰かがいなくなるのは嫌だろう?」

「……っ!」


 その言葉に、カッと頭に血が上るのが、浅井自身にも分かった。

 いやに自分の経歴を洗っていて、わざわざ怪異が見えない人間を見えるように仕立て上げてまでこの人事を通していることに違和感はあったが、この脅しを使うためだったようだ。


「龍崎君の意思の有無に関わらず、彼女の在り方や能力は神隠しにあう可能性を排除しきれない。だから、少しでも前兆がないか見張っている必要があるんだよ」


 神隠し。そうだ、弟の手を引いていった男は誘拐というにはあまりにも違和感のある消え方をした。見ていたのは浅井だけ。目撃者もなければ、不審車両の報告もなく、二人の足跡すらなかった。それ故に捜査は難航し、ついには失踪宣告という形で事件の幕は落とされた。


 今でも夢に見る。今でも、考えてる。どうしたら弟はいなくならなかったのだろうか、自分はどうすれば良かったのだろうかと。


 故にそれを防ぐ手立てがあるように語る声は、酷く甘く、拒みがたいものだった。


「よろしくね、浅井咲希巡査部長」


 赤に染まる部屋の中、古塚の声だけが響いた。


*****


「お帰りなさい。大丈夫でしたか?ハラスメント行為等はありませんでしたか?」

「はい、大丈夫です」

「何かあったらすぐ言ってくださいね」


 捜査一課に戻ると、龍崎は窓辺のヒヤシンスの水を替える手を止めて、心配そうに声をかけてきた。大丈夫だと言ってもややしかめっ面したままであるあたり、古塚はよほど信用がないらしい。

 

 その後ろのまだ薄紅の窓ガラスをみて、先ほどまでいた部屋が異様であったことに気がつく。


 それを知らされないまま部屋を出されたことに、ため息が出てしまう。これが、これからの浅井の見る景色であり、慣れていかなければならない日常なのだと思うと、業務内容以上に重荷に感じた。


 それでもだ。


「龍崎警部補」

「はい、なんでしょうか?」


 改めて、龍崎と向かい合う。


 窓の外で揺れる木は外へと招かんとする手のようで、その傍に立つ龍崎は、朗らかな雰囲気が徒となりなんとも危うい印象を与える。


 彼女は常に境目にいる。窓の外に怪異をみながら、それでもなお窓辺に腰掛け、声をかけ続けている。


「私では貴女の見ている世界に、少しずつしか慣れていけないかもしれませんが」


 故に、これは職務であると同時に、浅井の意思だ。


「今後もご指導よろしくお願いいたします」


 今日より、浅井はこの危うい上司の傍に立ち、錨となろう。


 

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