2024年4月『入れない現場』6
その言葉を黙って受け止めて、その真意を読み取ることに集中する。
その顔はやや精彩に欠く様子で、リビングを見てた。
「これは、あくまでも推測、いえ、私の妄想に過ぎません。それを前提に聞いてくれますか?」
「はい、うかがいます」
今日の目的は捜査と同時に『この視界に慣れること』。そして『互いに互いの思考パターンを知ること』だと、行きの車内で打ち合わせた。ならば、どんな荒唐無稽な推測であったとしても『龍崎蕾』の思考は聞いておくべきだ。
「『容疑者は息子である』『殺害理由は金銭目的である』『容疑者は姉に犯行をなすりつける気であった』ここまでは共通認識ですよね?」
「はい、そうです」
「では、ここからが私の推察です『容疑者は姉に対し、悪印象、あるいは嫌悪感を持っていた』。引きこもりと見なしていたなら、この部屋の姉の趣味の品を見ても親の金で遊んでいるって思うんじゃないでしょうか。わざわざ凶器をペンライトのストラップにするぐらいには」
指さしたのは、テレビの前の用途不明の太い棒。警棒に似ていると思って見ていたそれは、かけらもペンの形状をしていないがペンライトと言うらしい。そのあたりに明るくないので初めて知った。
「『だからこそ、切羽詰まった状態になったときに親を頼れなかった。プライドを捨てきれず親から金を借りるではなく、殺害に至ってしまった』」
急に話が飛躍した。混乱を表に出さないように隠しながら、続きを待つ。
「それほど切羽詰まっていて、お門違いな怨嗟を持っていたとして、その前提を崩すものを見てしまったら、その人はどうなると思いますか?」
「え?」
いきなり話を振られて、変な声が出てしまった。だが、言わんとしていることはなんとなく汲み取れた。
ゆっくりと、その考えを租借し、自分の言葉として口にする。
「龍崎警部補はその前提が崩れた結果、犯人はもう死んでいる──自殺している。そうお考えなのですね?」
「はい、そういうことです」
あれほど褒めて伸ばす言動をしていた龍崎にしては素っ気ない肯定であった。
それほどに、自分の導き出した推測をよくは思っていないのだろう。
ただし、浅井から見ればこれが単なる龍崎の妄想である可能性は、十分にある。何故そこまで切羽詰まっていたのか、犯行に至る前提条件を崩すほどのものとは何か、それを何故見つけたのか。そこからどうして自殺につながるのか。穴だらけもいいところだ。
だが、龍崎にはあって浅井にはないものがある。すなわち、刑事の経験則、あるいはカン。そういうものは浅井には備わっていない。
「龍崎警部補! 警察署に長女から連絡が来ました!」
それを肯定するように、事件は収束に向かって動き出した。
*****
「次のニュースです。昨夜未明愛知県K市の住宅でこの家に住む60代の女性が倒れているのが見つかり、その後死亡が確認されました。消防や警察が駆けつけたところ、首に締め付けた跡があったことや、金庫が荒らされていたことから強盗殺人事件として捜査を続けています。また、この女性の息子が同日早朝、O市山間部で車内に倒れている状態で発見されています。車内には盗まれた現金と通帳の他、遺書らしきものが発見されており、警察は自殺とみて捜査を続けています。また、車内には金品の他女性の遺品と思われる古い手紙が残されており……」
そこまで聞いたところで、浅井はスマートフォンの画面を切り替える。
真相は、これからつまびらかになっていくだろうが、ここからは所轄の刑事や強行係のの仕事だ。現場に入れるようにするためだけに呼ばれた浅井たちは関われない。上がってきた調書を読む機会が巡って来なければ、報道以上のことはわからないだろう。
ただ、自殺しているという予測は当たっていた。それが、浅井にとっては重要であった。
「何が妄想にすぎないですか。分かっていたんじゃないですか」
苦言は、誰もいない部屋に吸い込まれて、なかったことになった。




