2024年4月 ある仏間にて
帰ってきたら、何もかもがなくなっていた。
母親が殺されていた。あれほどしっかりしていた弟の手によって。
弟が死んだ。母親を殺したその足で、自ら命を絶った。
被害者家族であり加害者家族。当事者でありながら、何も知らないうちにすべてが終わってしまった除け者。
嘆いても慰める人はいない。詰ろうにも、その相手はいない。宙ぶらりんの状態で、私一人が生きていた。
それでもなんとか一通りの葬祭を終えて、私は今一人、仏前に座っていた。
周りからよく思われていないことは知っている。詮索ばかりで実りのない、疎ましい近所付き合いから距離をおくにはちょうど良かったので今までは母に任せきりだったが、これからは違う。
葬儀で向けられた好奇、憐憫、軽蔑。余計なお世話から分かりやすいおべっかまで。今後はすべて私に、毎日のように降り注ぐ。
涙はとうに涸れ果てた。悲しみも怒りも使い果たし、やるせない乾いた感情だけが重なり、重苦しく呼吸を遮る。
喪主としてやるべきはやったのだ。もう、重苦しい現実から逃れたかった。私も、どこかに消えてしまいたかった。
ふと横を見れば窓の外が、茫洋とした光に満ちている。柔らかな声が、私の名を呼んだ気がする。
あちらに行けば、私は楽になれる。ふと、そんな確信を抱いた。
柔らかや光が、手招きしている。私を慰めようと、手が伸びてくる。
私は誘われるがまま、その手に縋りつこうとして
「行かないで」
バシャリと、頭から冷水を被ったかのように身体が震え、我に返る。
窓の外は黒に塗りつぶされている。当然だ。まだ真夜中なのだから。
では、今のはなんだったのか。そう考えるより先に、ぶぶっとスマートフォンが揺れた。
見れば、メッセージアプリに東京の友達からメッセージが届いていた。事件のあった日にも一緒に遊んでいた子だ。
アプリを開けば、「SNSにいないけど生きてるー?」という軽い文言とともに、アニメキャラクターのスタンプがつけられていた。
そのいつもと変わらない文言に、久方ぶりに笑いがこみ上げた。
何もかもが無くなってしまった。どこかに消えてしまいたかった。
ならばいっそ、私は別のところに「これから」を探しに行くべきなのかも知れない。
メッセージアプリの通話機能を起動する。三コールもしないうちに「やほやほー」と軽い声が聞こえる。
彼女にも、事情を説明しないといけない。心配かけた謝罪をしないといけない。
けれど、先に口に出たのは別の言葉だった。
「ねえ、前に誘ってくれたルームシェアの話だけど、今からでもやってくれる?」
窓の外からは、もう誰の声も聞こえなかった。




