表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/8

『鉄環の記憶』

朝の空気が、ひんやりと指先をなぞった。


アヴェルは庭先で干し草を運びながら、自分の右手――いや、“義手”を見つめていた。




 




かつて、この手で人を救おうとした。


そして、この手で人を壊した。




 




「……ルア」




 




家の中で、まだ眠っているであろう少女の名を、心の中で呼ぶ。




 




彼女の右腕に刻まれた呪刻。


その痕を見たとき、遠い過去が脳裏に蘇った。




 




 




* * * 




 




 




焼け焦げた地面。


呻き声。


崩れかけた瓦礫の向こう、少年が一人、呪いの瘴気に包まれていた。




 




「またか。……君が制御するしかない」




 




背後から、誰かの声。


カンデラ祈療連盟。


呪いに蝕まれた者たちを“救う”と称していたその医療団体は、当時、俺にとって世界のすべてだった。




 




目の前の少年は、まだ十五にも満たない。


皮膚は青黒く変色し、呼吸は浅く、目に光はない。




 




けれど――生きていた。


まだ、生きていたんだ。




 




「……これを、つければ、少しは楽になる」




 




俺はそう告げて、鉄環を取り出した。


魔力を込めた拘束具。


瘴気の暴走を抑え、命を保たせる――そう教えられていた。




 




それが、どれほど冷たいものかも知らずに。




 




少年は何も言わなかった。


ただ、こちらを見ていた。


感情の宿らない瞳。


それでも、俺は――




 




嵌めた。




 




震える手で、鉄環を少年の腕に。


その瞬間、空気が変わった。




 




――ギィイイイッ!




 




鉄環が軋む音。


少年の体に走る痙攣。


そして――呪いが、逆流する。




 




「止まれ……っ!」




 




俺の叫びは届かず、次の瞬間、眩い光と黒煙が爆ぜた。




 




視界が歪む。


右腕に、灼けるような痛み。




 




吹き飛ばされた俺は、土と血の匂いの中で、ただ震えていた。


右腕は――もう、なかった。




 




 




* * * 




 




 




「……お兄ちゃん、ごめん、ごめんなさい……」




 




うわごとのように繰り返していたあの子の声。


泣きながら、俺のことを見ていた。


俺を傷つけたことすら、理解できていなかった。




 




それでも――




 




「お前のせいじゃない」と、言ってやれなかった。




 




数日後、俺は知った。


俺たちの鉄環は、ただの“治療具”ではなかった。


カンデラ祈療連盟。


表向きは呪災救済の医療団体。


だが裏では、黒鎖連邦と結託していた。




 




俺が救ったと思っていた子どもたちは、


“呪導体”として兵器にされた。




 




……それでも、俺はまだ、自分が正しかったと信じたかった。


じゃなきゃ、壊れそうだった。




 




 




* * * 




 




 




ルアの寝息が、かすかに聞こえる。




 




彼女の右腕にも、あの時の少年と同じ呪刻がある。


鉄環はない。


けれど、あの目だけは……変わらない。




 




「無」――感情を殺した目。


生きる意味すら奪われた者の目だ。




 




俺の右腕は、もう戻らない。


けれど、この手はまだ使える。




 




「……もう二度と、同じことは繰り返さない」




 




呪いしか知らなかったあの子が、


ほんの少しでも“人間”になれるように。


今度こそ、自分の意志で――




 




この手で、救う。

気に入って頂けたら、ブクマ、レビュー、感想是非よろしくお願い致します!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ