↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
72/1520

68 姫御前

(作者註)

 今回は、通常どおりゾイア側の目線です。ご面倒をおかけしますが、作者のお遊びに、今しばらくお付き合いのほどを。

 その少し前。

 自分から片手で木剣を持つと提案しながら、役人に「では、そうしろ。但(ただ)し、木剣を持つのは利(き)き腕ではない方の手だ」と告げられ、ゾイアは困惑(こんわく)した。

 同じスカンポ河の滸(ほとり)でも、ここより随分下流の方でウルスと出会って以来、そのようなことを考える暇(ひま)など、一度もなかったのだ。

 もし、充分に時間の余裕があるのなら、これを契機(けいき)として、ゾイアが自(みずか)ら無意識の裡(うち)に封印(ふういん)している問いかけ、即(すなわ)ち、「自分は何者なのか?」という疑問に触(ふ)れざるを得(え)なかったであろう。

 だが、今もまた闘(たたか)いの直前であり、ゾイアの意識はスルリとそこを通り抜けた。

 ゾイアは両手を自分の顔の前に出し、手を開いたり握ったりして、どちらが利き腕か調べてみた。若干(じゃっかん)だが、右の方が力が入る。

「うむ。たぶん右が利き腕のようだ。であれば、左で木剣を持とう」

 それでも、先程(さきほど)の疑問が頭の片隅(かたすみ)に残っており、普段のゾイアよりも力が抜けていた。

 本当に手強(てごわ)い相手なら、或(ある)いは危なかったかもしれない。

 しかし、拍子抜(ひょうしぬけ)けするほど、相手が弱かった。

 特に太った男の方は、普段から剣を持ったことなどないようだった。

 木剣の握(にぎ)り方(かた)が甘く、ゾイアの後ろ回し蹴(げ)りで、簡単に弾(はじ)き飛ばされた。

 腰砕(こしくだ)けになった黒髭(くろひげ)の男の方も、ダメ押しする必要もなさそうだ。

「このようなもので、如何(いかが)だろう?」

 ゾイアは役人に尋(たず)ねたが、相手は口を開けたままだ。

 向こうでは、ロックが、「いいぞ! おっさん!」と歓声を上げている。

 ところが、座り込んでいた黒髭の男が「ちょっと待て!」と言って立ち上がった。

「卑怯(ひきょう)だろ! 片腕で闘(たたか)うって言ったじゃねえか!」

「それは違うな」

「何が違う!」

「われは、木剣を片手で使う、と言っただけだ。したがって、剣の間合(まあ)いなら木剣を使い、腕が届く範囲(リーチ)なら拳を使う。武器に拘(こだわ)らないのが、われの流儀(りゅうぎ)でな」

 その時、床台(テラス)の奥の部屋から「おまえの負けよ、ペテオ。いい加減(かげん)で負け犬の遠吠(とおぼ)えはお止(や)めなさい」という、若い女の声が聞こえて来た。

 ぺテオと呼ばれた黒髭の男は愕然(がくぜん)としている。

 と、奥の部屋との間(あいだ)を仕切(しき)る布幕(カーテン)がスルスルと左右に割れ、中から赤い甲冑(かっちゅう)を身に着けた人物が現れた。

 面頬(めんぼお)を下(お)ろしているため顔は見えない。

 口を開けっぱなしだった役人が慌(あわ)てて口を閉じ、体を二つに折(お)るように頭を下(さ)げると、「こ、これは大変見苦しいところを。も、申し訳ございません、マーサ姫!」と謝(あやま)った。

 マーサ姫と呼ばれた赤い甲冑の人物は、兜(かぶと)を脱ぎ、応募者の名簿が乗ったままの机の上に置いた。

 同時に、兜の中で纏(まと)められていた見事な金髪がバサッと拡がった。

 エメラルドグリーンの瞳をした美しい娘(むすめ)だが、その表情は実に厳(きび)しく冷たいものであった。

「随分手抜(てぬ)きをしたものね。それとも、心ここに非(あら)ずという状態だったのかしら?」

 ペテオが「いえ、決して手抜きなど」と言いかけると、マーサ姫はピシリと「おまえに言ってるんじゃありません」と告げた。

「ならば、われの方だな」

 ゾイアは笑顔でそう言ったが、マーサ姫は表情を緩(ゆる)めず「何故(なぜ)?」と畳(たた)み掛けた。

「うむ。別に手を抜こうと思った訳ではない。利(き)き腕のことを訊(き)かれたのでな」

「利き腕?」

「ああ。考えたこともなかった」

「よく意味がわからないけど、北方警備軍を馬鹿にしているの?」

「おお、そのようなことはない。われはただ、連れのロ、いや、レックスと一緒に雇(やと)って欲しいだけだ」

 マーサ姫の顔に、嘲笑(あざわら)うような表情が浮かんだ。

「なるほど、恋仲(こいなか)ってことね」

 これにはロックが黙っていられず、「冗談(じょうだん)じゃねえ。万が一、おっさんの方がそうでも、おいらが断る!」と叫んだ。

 ゾイアも苦笑(にがわら)いし「そういうことだ」と述(の)べた。

「じゃあ、いいわ。わらわが認めてあげる。今日からあなたたち二人は、北長城の一員よ。但(ただ)し、わらわに勝ったらね」

 マーサ姫はスラリと細剣(レイピア)を抜いた。

 同時に、始めてニッコリと笑顔を見せた。

 ゾイアも笑顔になり、「今度は、いや、今度こそ手抜きはせん」と、木剣を片手のままレイピアのように構えた。

 それを見たマーサ姫は、「誰(たれ)か、この者にレイピアを渡してやれ」と命じた。

「いや、これぐらいが丁度(ちょうど)よい不利益(ハンデ)だろう」

 ゾイアのその言葉を聞いて、マーサ姫の体からメラッと殺気(さっき)が立ち昇(のぼ)った。

「ほざいたな!」

 甲冑の重さを感じさせない動きでテラスから飛び降(お)りると、マーサ姫はゾイアの顔に向け、空気を切り裂(さ)くように鋭(するど)くレイピアを突き出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。